青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
一昨年2011(平成23)年の今日1月17日、大雪の影響で石山駅-岩間寺間の臨時便は全便運休となりました↓

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この他に、豪雨災害直後の2012(平成24)年8月17日も、土砂崩れで運休となりました↓

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しかし、少なくとも今からちょうど30年前の1983(昭和58)年1月17日には、少なくともそれまでの1年余りの長期間、この臨時便が運休していました。

「岩間寺 “参拝バス”いつ走る 進まぬ市道復旧に悲鳴」という気になる記事が載ったのは、1983(昭和58)年1月21日付の京都新聞滋賀版です。
「観光大津を代表する有名寺院のひとつで」
という記事の文言ほど有名か分かりませんが、西国十二番札所ということで全国から信者が集まる岩間寺。毎月17日に運行される直通バスが、
「一年以上もストップしたままになっている」
というのだから驚きです。

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(参道から本堂を望む)

よく私たちは西国三十三箇所(さいごくさんじゅうさんかしょ)といいますし、特に関西人にはなじみが深いと思いますが、結局それが何なのかは私も含めてよく分からない方が多いと思います。近畿2府4県プラス岐阜県に点在する33か所の寺院を巡礼参拝すると、現世で犯した罪が消滅し、極楽に行けるという伝承です。
「三十三」という数字は、観音菩薩が衆生を救うとき三十三の姿に変化するという信仰に由来していて、仏教では聖数とされます。

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(護摩焚きの光景)

起源まで書き始めると結構大変なのですが、簡単に言うと、奈良の長谷寺を開基した徳道上人が718(養老2)年、今でいう一種の「臨死体験」をして、閻魔大王から、「あまりにも地獄に行くものが多いから、三十三か所を巡礼したら罪を滅ぼせる」と言われて、起請文(きしょうもん)と三十三の宝印を授かった、ということに始まります。それがその当時は信用されなかったので、石櫃に入れて宝塚の中山寺(なかやまでら)に収められ、そのまま忘れ去られたそうです。
その270年ほどのち、花山院が那智山で参籠していた時、熊野権現から徳道上人の三十三の霊場を再興するようにという託宣を受けて、世に知られるようになった、ということです。
ただ、歴史的に見ると、この説は間違いではないかということです。

なぜ『17日』なのか?ですが、これは本尊の千手観音の縁日が17日とされているからということのようです。

記事に戻りますが、1981(昭和56)年とその翌年と2年連続で台風による道路損壊があり、1981年の時は国からの補助金で工事を進めたものの、その工事の最中に再び災害が起きたため、他の大きな災害の処理が先行し、岩間寺は後回しで、乗用車が通るのがやっとの状態で放っておかれ、バスは何と1981年10月17日から運休したままだというのです。参拝客は、
「国鉄石山駅からタクシーを利用するか、近くのバス停から一時間近くも歩かねばならず」
とありましたが、「一時間近く歩く」バス停はもはや「近くのバス停」ではありません。上千町のことを言っているのでしょう。

この後、いつ道路が復旧してバスの運行が再開されたのかは私が新聞記事を見た範囲では分かりませんが、私が物心ついた頃には走っていたはずなので、どこかで何とかしたのでしょう。

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(今は亡きA-1912 平成23年8月の貸切化以前数年はA車の運用がかなりあった)


(B-3969 平成21年11月17日)

岩間寺系統は、大阪の「飯盛霊園」線とともに京阪バスを代表する臨時路線でしたが2011(平成23)年8月17日の運行から貸切化され、詳細は分かりませんが、路線としては廃止又は休止となって、50年ほどの歴史に幕を閉じました。

しかし、私の中では「17日といえば岩間寺行き」と定着していて、逆にバスや、駅の行列を見て、
「ああ、今日は17日だったんだ」
と思うので、岩間寺行きの走らない17日は物足らない気がしてなりません。そんな状態が1年以上も続いていたことがあったことなど、もう覚えているひともほとんどいないのでしょう。
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コメント
この記事へのコメント
17日
お久しぶりです。
家の前の道路を何度もバスが通れば「ああ 今日は17日か。。」 。。そう私もそんな風に思っていた一人です。

ところが、1981年から運休していた事 気づいていませんでした。
頻繁に通れば「ああ17日」と思うのに「17日やのにバスこーへんな」とは思わない。。 実際に利用しない者にとってはこんなものなのかもしれません。

いつしか 岩間寺行は赤川から登っていくのではなく、野々宮の交差点を入っていくようになり、千町バス 岩間寺行バス、観光バス すべてのバスは私の家の前を通らなくなりました。。

そして。。 その岩間寺行のバスが廃止されたという事にも気づかないままでした。

2013/01/17(木) 21:55:08 | yume | #/eG2YYas[ 編集]
Re: 17日
yume様、久しぶりのコメントありがとうございます。
やはりあのバスを見て17日だと思う方、南郷や石山では結構いるかもしれないですね。

> 頻繁に通れば「ああ17日」と思うのに「17日やのにバスこーへんな」とは思わない。。 実際に利用しない者にとってはこんなものなのかもしれません。

住んでいると確かに乗らないですね。ただ、中千町で乗降するひとも見たことがあるので、地元の方が「リフト」代わりに乗っているのかな、と思ったりしました。

> いつしか 岩間寺行は赤川から登っていくのではなく、野々宮の交差点を入っていくようになり、千町バス 岩間寺行バス、観光バス すべてのバスは私の家の前を通らなくなりました。。

恐らく、20年前の大津営業所の移転のタイミングか、間もなく26年経つ南中系統の開通のタイミングで通り道を変えたのだと思います。また調べられる限り調べてみます。

> そして。。 その岩間寺行のバスが廃止されたという事にも気づかないままでした。

ええ、貸切化ということは、廃止ですね。走っていないということではないので、機会があったらお乗りになることをお勧めします。
2013/01/18(金) 00:24:51 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
岩間寺
小学生の頃、岩間寺の住職さんの子どもが同級生にいました。思えばすごい場所から通学していたんだなと記事を読んで思い出しました(ちなみ毎日ふもと?の南郷まで送り迎えして貰ってたようです)。
岩間寺行のバスがあるというのは知っていて、17日運行なのが不思議でしたが、17日であることの理由も納得です。
2013/01/19(土) 23:44:16 | れお | #-[ 編集]
Re: 岩間寺
れお様、コメントありがとうございます。

> 小学生の頃、岩間寺の住職さんの子どもが同級生にいました。

子どもがいるとか、話には聞いたことがありますが、本当だったんですね!住所は内畑(石山内畑町)なので、確かに南郷小学校に通わないといけませんね。

>毎日ふもと?の南郷まで送り迎えして貰ってたようです)。

えーっ!?まあ、お寺だから「お父さん」はいることが多いでしょうけど、大変ですね。自分が親ならうんざりしますわ。当時はまだ土曜は半ドンか、隔週休みだから、夏・冬・春休みと日曜祝日を除いても年間230~240日くらい通学しないといけないわけで、あの道を500回近く上り下りするわけでしょう?「千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)」やないねんから。
学校行事や曜日によって帰る時間もまちまちでタイミングを学校もそれで良しとしていたのでしょうか。一応徒歩が基本でしょうからね。

> 岩間寺行のバスがあるというのは知っていて、17日運行なのが不思議でしたが、17日であることの理由も納得です。

人生の中で何百回も「17日」を経験しているのだから、子どもの頃もちゃんと見ておけばよかったなあと思います。
2013/01/20(日) 00:09:31 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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