青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
今日、1952(昭和27)年9月8日は江若交通・仰木線(堅田-上仰木間)が開通して満60周年です。

黒字の路線は1つもないという江若交通(平成22年度大津市若手職員によるまちづくり委員会「第1節 路線バスの現状と課題」『公共交通についてみんなで考えてみませんか?』第4章「路線バスの維持活性化」P45 2010)。路線バスが全国的にどんどん廃止されていく中で、60年走り続けるというのは、並大抵のことではありません。同じ大津市内でも、仰木には何の縁もなく、下在地「江若バス史料館」~春の仰木②で書きました昨年のGWの散策の時が、まともに足を踏み入れた最初ですが、還暦に敬意を表し、簡単ですが取り上げたいと思います。

1952(昭和27)年9月7日付滋賀日日新聞↓

S27.9.7S 堅田‐仰木間にバスb

この頃は「仰木村」なんですね!
当時は、仰木道から堅田町内をひとめぐりする路線設定だったようです。京阪バス京都今津線の項で、詳細に取り上げる予定ですが、京都今津線も、江若交通浜大津線も、もともとは堅田町内を回っていました。だから未だに堅田町内線の正式路線名は、あくまでも「浜大津線」なのです。ウソだと思う方、江若交通公式サイトの時刻表をよくご覧下さい。

現在、仰木線の平日ダイヤは1日8往復、休日は3往復、驚いたことに、当時のダイヤは、今の休日ダイヤとそっくりで、始発はだいぶ時間がずれていますが、2本目、3本目はそれぞれ当時の5分前、2分後の発車です。もっとも、今の堅田駅は影も形もなく、当時は今の本堅田に当たる位置が堅田駅として起点だったのだと思われます。

60年前の今日は何と無料で多数運転とあることに驚かされます。

↓仰木の高台から見た、雄琴方面。遠く琵琶湖の向こうに近江富士が見えます。

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バス停は8カ所とのことですが、「仰木道」から数え始めると、どう考えても当時は絶対にない「仰木台東口」、「レークピア北口」を除けば、現在、「十王堂前」「下仰木」「平尾」「仰木小学校前」「辻」「札場」「上仰木」と、ちょうど8カ所ありますので、これらを指しているのかと思われます。
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「松茸あります!!」 
行った時はちょうど松茸のシーズンでした。「!」(エクスクラメーションマーク)2つならべて「松茸あります!!」と言われても、普通に、お金ないし。誰の胃袋に収まったんだろう。

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やっぱりあの辺だと獲れるのかな?因みに、南郷も元々は松茸の産地なのだそうです。ていうか、山さえあれば昔は松茸くらい普通に獲れたんでしょうね。

↓「仰木」という地名の由来が書かれています。私としては最後に書かれている、「横川(よかわ)の霊木を仰ぎ見る地」というのが一番分かりやすくてしっくりと来ますが、皆様いかがでしょうか。

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↓このポストは、このお宅のポストではなく、収集が来る普通のポストです。仰木も奥の方まで来るとだいぶ道が狭いです。もう休日ダイヤの終バスが行ってしまった後で、夕暮れのこの時間、バスはありません。こんなに家があるのに本当にそんなのでいいのかな、と思います。

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↓終点の「上仰木」

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南郷や大石も、大津市内全体の中ではどちらかというと「わざわざ行く」という土地ですが、それでもまだ宇治や信楽に通り抜ける道があって、それなりに通過する交通が多くあります。しかし仰木は奥比叡ドライブウェイ通過時以外はほとんど行き止まりで、南郷以上に「わざわざ行かなければならない」土地で、私も最近まで全く様子を知りませんでした。

最近リニューアルされた江若交通公式HPの歴史資料館でさえも忘れられている、60年前の今日この日はどんな日だったのだろうか?何人のひとが無料のバスを味わったのだろうか?と思いながら、夕暮れの仰木を後にしました。
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