青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
内畑系統が明日、「34歳の誕生日」を迎えます。

内畑は、正式には大津市石山内畑町と言い、現在は20世帯あるかどうかの小さい集落です。川沿いにある外畑に対して、山手にあるから内畑と言うのだろうな、と思うのですが、昔から兄弟村として関係の深い集落だったと言われています。膳所藩が成立した時は、まとめて「畑村」と呼ばれ、後に分離したそうです。

路線バスの開通は、外畑が、京阪バス全体でも最古級の由緒があり、大正にまでそのルーツを遡ることができるのに対し、内畑は1976(昭和51)年と、圧倒的な若さです。

開通の記念式典の写真などは、新聞記事には載っていませんでしたが、1976(昭和51)年9月28日付京都新聞大津市民版によると、自治会が長年にわたって路線バス乗り入れを要望しており、7:04の始発に先立って、市の助役、京阪バス専務なども出席して、6時半から開通式を行う旨が書かれております。

新路線は、京阪バスが外畑モーターボート乗り場(石山外畑町)まで一日十四往復運行しているうちの四往復だけ、内畑町まで延長することになった。



もちろん、この当時は今のような大石小学校始発のフィーダー路線ではなく、石山駅から通し運行、経路番号は外畑、大石小学校と同じ「2」が割り振られていました(大石小学校は後に現在の「4」になる)。開通当初は分かりませんが、フィーダー路線化される前は「2 外畑・内畑」と表示されていました。

1日4本ということは、今の平日ダイヤの半分ですが、石山駅まで直接行けたのは大きなメリットだったと思います。また、2キロ離れた外畑までわざわざ歩く必要もなくなったというのも、地元のひとにとって、嬉しいことだったでしょう。

1976年に開通した、と言っても、その後、さまざまな変遷を経ております。

○1987(昭和62)年4月8日 
大津市立南郷中学校開校に伴う、旧53号経路(石山駅-南郷中学校-大石小学校前-内畑)の開通

(同じ日か分からないが、この頃に)
2A号経路(内畑⇒大石小学校前⇒石山駅)の運行開始
 

○1993(平成5)年6月20日
大津営業所移転に伴うダイヤ改正で曽束、外畑、内畑各系統のフィーダー路線化

○2008(平成20)年11月1日
フィーダー路線化後も唯一残っていた南郷中学校行き直通便の廃止、南大津大橋・曽束経由の4F号経路の設定

こうして書き連ねると、歴史が浅い終端部分である割に、時代の変遷に翻弄されているような印象を受けます。

写真は、廃止直前の「南郷中学校行き」。先述のダイヤ改正により、外畑始発になり、土曜日の運転がなくなりました。08.10.11 内畑

「誕生日」を記念し、明日もちょっとした特集を組もうと思います。

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