青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
明日からもう7月、早いですね。
今から54年前の今日、1958(昭和33)年6月30日付の朝日新聞滋賀版には、夏を先取りする記事が掲載されていました。

S33.6.30A 京阪バスの水泳バス・納涼バスb

(現在の目で見ると、差別的と考える方もいらっしゃりそうな表現がありますが、時代背景を考え、原文を保つことを優先し、そのままにしております)
GNPが戦前の水準に回復したことから、『経済白書』が「もはや戦後ではない」と結ばれ、それがそのまま流行語になったのは、この2年前のことです。世の中が全体に上向き基調で、明るい兆しに満ちていた時代かと思われます。観光客の絶対数はきっと今の方がずっと多いのだろうと思いますが、記事の内容は賑々しいです。今、夏が来たからと言って、こんなに「さあ、夏だ夏だ!」とアップテンポな記事が載るかな、と思います。この当時はネットや携帯がないのは当然のことながら、テレビの普及率が大きく拡大する今上天皇(当時の皇太子)の結婚以前で、他の情報源があまりないということも関係しているのかもしれません。

内容を見ますと、交通関係では、江若鉄道が「特発列車」を出すとあります。

各水泳場駅にしか停車しない特発列車の運転と青柳浜(あおやぎがはま=筆者注)、近江舞子南口、白ひげ浜の三停留所を同シーズン中開設する。



京阪バスは京都-近江舞子間の水泳バスの運転!時代により、大阪からも出ていたという記録や、京阪電車とセットの乗車券があったという資料もありましたので、また時系列的に整理してみたいです。

夏が来る度に拙ブログでも取り上げておりました、「納涼バス」に関する記述もあります。そういえば記事中にもある通り、比叡山ドライブウェーが開通した年なんですね。開通した年にもう早速納涼バスが企画されていたということは興味深いです。

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