青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
S35.7.24K夕 比叡山バス転落事故

(昭和35年7月24日付京都新聞夕刊)

S35.7.25K 比叡山バス転落事故

(昭和35年7月25日付京都新聞)

事故を取り上げるのは、正直どうなのだろうかと迷ったのですが、負の歴史も歴史ですし、忘れてはいけないことだと思いましたので、今後の交通の安全を祈念して、あえて取り上げました。

1960(昭和35)年7月24日、51年前の今日、午後12時25分頃、開通してから2年余りの比叡山ドライブウェイで、その事故は起きてしまいました。

記事によると、その日、神戸市葺合(ふきあい)区(1980年以降は中央区の東部)の葺合遺族会の一行は、2台の全但バスに分乗して、延暦寺根本中堂(こんぽんちゅうどう)、近江神宮を巡る旅行をしていたようです。

奇しくも、今年の7月24日は昭和35年と同じ日曜日、涼しい比叡山は、観光日和だったことでしょう。

事故に遭ったのは2台目のバスでした。比叡山頂から、比叡山ドライブウェイの本線につながる交差点(西尊堂前、無動寺バス停付近)で、根本中堂方向から来て一旦停止していた三条京阪行きの京阪バスに衝突して、ガードレールを突き抜け、谷底に落下したのです。乗客44人中、子どもを含む28人が亡くなるという大惨事になってしまいました。
その割には、時代が古いせいか、インターネットで調べても、僅かしかヒットしません。




因みに、新聞記事画像はUPしていませんが、7月25日付京都新聞によると、京阪バス側でも、乗客4人が軽傷だったとのことです。

↓比叡山頂から、交差点に下る道筋から見た琵琶湖。その日も、こんなふうに天気が良かったのでしょうか。

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滋賀県民である私でさえ、息を呑むような美しい景色に、神戸の一行も、心躍らせたのでしょうか?

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しかし、バスは、速度を落とせないまま、事故現場にどんどん近付いていきます。

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ここに定期路線を持つ京阪バスや京都バスをはじめ、通り過ぎる各観光バスの運転手さんはかなり気をつけていらっしゃるのだろうと思います。

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こんなところでブレーキが利かないなんて、乗客たちはどんなに恐ろしかったことでしょう。思わず、手を合わせました。

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地図やネットでは全く掲載がありませんでしたが、きっと慰霊碑があるはずだ、と思っていたら、それらしい石碑が、無動寺バス停近くにありました。交差点の真正面です。

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最近は、五十回忌どころか、三十三回忌くらいで、「弔い上げ」(戒名を過去帳に記し、これ以降年忌供養をしない)するのが普通ですが、最近も、ご遺族の方などが訪れているのか、少し古くなっているものの、献花されていました。
確かに、50年も経つと、故人を直接知っているひとはかなり少なくなると思いますが、新聞を見ておりますと、当時高校生だった方が母親を亡くされていたなど、ご遺族がご存命と思われるケースはまだ少なからずあり、そういう方にとっては、この事故に終わりがないのだろう、と思われました。

↓無動寺 延暦寺方面バス停から見た、比叡山頂への道。

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↓慰霊碑付近から見た、交差点。51年前の今日、12時25分頃、ここにこうして立っていたら、私も巻き込まれていたかもしれません。

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↓ふと視線を転じて根本中堂の方向を見ると、比叡山頂行きの京阪バス。全但バスが衝突したのは、三条京阪行きで、車体の左前部ということでした。7月26日付京都新聞によると、比叡山延暦寺が、比叡山自動車道株式会社役員会に、この三叉路の拡張を要望した、とのことでしたので、事故当時は右折レーンなどなかったと思われます。

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↓ガードレールは、私が見た限りですが、この付近は特別に頑丈にされているように見えました。
7月25日付京都新聞によると、

高さ五十二センチのガードレールを突き破っているうえ、同レールをささえる約六十センチ四方の頑丈なコンクリートブロックまで根こそぎ倒されている。



とのことなので、いかに強い衝撃だったかが分かります。

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慰霊碑に向かって、改めて手を合わせて、田ノ谷峠方面の無動寺バス停脇から、下に下ります。これが、先に画像で示した、7月25日付京都新聞の図に載っている「山道」につながります。

IMG_0432.jpg

ここには画像としては載せていませんが、7月25日付滋賀日日新聞によると、

衝突した全但バスは北側ガードレールを突き破って転落、約二十メートル下の人道(根本中堂-坂本ケーブル中堂駅)に一たん落ちて大きくバウンド、更に百三十メートル下の通称南谷に回転しながら転落、傾斜面に逆立ちとなった。



位置関係から考えて、この辺りかと思いました。

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ふと上を見上げます。これでもひとを傷つけるのに十分すぎる高さなのに、更に100メートル以上下の谷に落ちたなんて、信じられません。

観光客やハイカーは、何も知らずに、通り過ぎていきます―――




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↓この辺りだろうか、と思って見た谷。

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IMG_0442.jpg

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写真ではうまく伝わらないのですが、この周辺の、主にヒノキと思われる木は、どれもまっすぐ伸びているのに、この一角だけ、曲がって伸びているものが多いのです。木の樹齢などを考えると、51年前にバスが転落した時に衝撃でねじ曲がって、そのまま伸びた、としても変ではないような気がしてきます。

こんな急傾斜地なのに、意外に救出活動は早く、当日の16時ころには、生存者の救出と、遺体の搬出作業は終わったそうです。

ご遺族の方や、亡くなった方がどう思われるのか分かりませんでしたが、本当は花を持ってこようと思っていました。でも、家を出た時間帯ではまだそういう花が売っているような店は開いていなかったので、思いついて、あとで東塔バス停の自動販売機でお茶を買って、本当にピンポイントでこの場所なのかははっきりしませんが、撒きました。

比叡山は、麓と比べると、5-6度も気温が低く、驚くほど涼しいのですが、それでもやはり夏。のどは渇くので、亡くなった方も、のどが渇いているような気がして仕方なかったのです。




平地では朝晩しか鳴かない蜩(ひぐらし)が、いつまでも鳴き続けていました。



       §                     §


翌日には早速現場検証が行われています。

S35.7.26 K 比叡山バス転落事故現場検証

(昭和35年7月26日付京都新聞)

上の記事によると、ギアはセカンドに入れるべきなのに、サードになっており、また、ブレーキを使いすぎではなかったか、と書かれています。

私は、オートマ車しか運転しませんが、それでも、恐らく普通のひとよりできるだけこまめに、坂道でセカンドやローを使って、なるべくフットブレーキを踏まないようにしています。使いすぎると過熱して、利かなくなると雑誌で読んだり、ひとから聞いたりしたからです。でもこの当時は、車を運転するひと自体が少なく、そういうこともあまり知られてはいなかったのかと思われます。

バスそのものが「1953年式の旧型」とも報じられています。7年しか経っていなくて旧型なら、京阪バスで今比叡山に登っているB-1208は平成16年式なので、もう旧型ということになってしまいます。平成16年から19年頃にかけて、旧型のエアロスターKのB車が盛んに置き換えが行われる前は、もっと車齢の高い車両が多く使用されていたと思いますが、現在と当時とでは、技術力が全く違うので、「7年」の持つ意味が違うのでしょう。

7月26日付の京都新聞の記事の左には、

「叡山パラダイスを題材に よい子の作文と写生」

という見出しで、

本社(引用者注:京都新聞)では暑さ知らずの別天地として公表の叡山パラダイスを題材にした〝よい子の作文と写生″を募集しています



との記事。よりによって事故の記事のすぐ隣に……パラダイスどころじゃないだろう、と当時の読者も思ったのではないかと思います。

更に、

「びわ湖 ヨットの女二人遭難?」「青柳浜で青年水死」

といった見出しの記事も見られます。

夏は、ひとが行動的、開放的になる、楽しい季節ですが、反面悲しい事故もしばしばです。

ただ、ある程度は本人や周囲の注意で防げる水難などと違って、バスや鉄道の事故は、乗客が気をつけても防げません。きっとこうした事故の経験を踏まえて、交通関係各社の方々は、安全対策に万全を期されているのだろう、と思いますが、改めて、こんな恐ろしい事故が二度と起きないことを願い、亡くなった方のご冥福を祈り、帰りのバス車中でもう一度手を合わせて、比叡山を後にしました。
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コメント
この記事へのコメント
No title
こんにちは。

比叡山ドライブウェイでこんな大事故があったのですね。
全然知りませんでした。

たしかに西尊堂前の三叉路からケーブルへの遊歩道へ
落ちただけでも、大惨事はまぬかれないのに、さらに
あの急坂の斜面を百何十メートルも落ちればひとたまりも
ないでしょう。

今まで気楽にドライブしたり、ハイキングに出かけたり
してましたが、今度比叡山に登った時は、現場で手を
あわせたいです。
2011/07/25(月) 21:58:05 | なかっちょ | #4RB3NX36[ 編集]
Re: No title
なかっちょ様

コメントありがとうございます。

> 比叡山ドライブウェイでこんな大事故があったのですね。
> 全然知りませんでした。

ええ、私も新聞記事を見るまでは知らず、驚きました。
古い新聞を読んでいると、こんなところでこんな事件・事故が?もうみんな、忘れてしまっているのだろうな…、と思うことがよくあります。

「交通の安全を祈念して」と書いているそばから、中国では、バスではありませんが、高速鉄道の大事故が起きました。日本の新幹線は、速さより、開通から47年経っても、乗客が亡くなるような重大事故が起きていないということこそ、世界の誇りだと思いますので、もっとそれを前面に出して欲しいですね。

件の中国の事故では、あろうことか早速に運転席を解体して埋めた、などとも報じられております。

その点、日本では、新幹線すらまだない50年以上前の時代、急斜面という悪条件でも、翌日には早速専門家を呼んで現場検証したり、ブレーキの状態など、詳しく調べられているのがせめてもの救いです。

改めて、交通の安全を願わずにはいられません。
2011/07/25(月) 22:41:46 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
No title
この事故の件は、当時小学生低学年でしたが、はっきり覚えております。事故を起したバスは昭和28年製のコンドル形のバスで、当時でも見るからに古めかしく、よくこんなバスで比叡山を登ったなあと思いました。その意味では「旧型」という表現は正解です。

今のバスは大事に使えば20年は持ちますが、昭和40年代頃までは普通10年位で代替しておりました。

宇都宮の関東自動車、静岡鉄道等、地方のバス会社は15年使用しており、廃車直前のバスを見ると、随分古く見えました。

昭和55年頃たったと思いますが、京都市バスが財政難のため使用年限を10年から11年に延長するという記事が新聞に掲載され、実態を確認したところ、各車庫に11年経過した車両を申し訳程度に2~5台程度予備車で配置するという有様で、要するに11年使用しているというポーズを示しているだけでした。

京阪バスは冷房化を進めている時は僅か8年で廃車にした車両もあります。一方阪急バス等は、盛んに冷房改造をしておりました。
2011/07/26(火) 21:34:58 | T.F | #-[ 編集]
Re: No title
T.F様
いつも何かとお世話になり、ありがとうございます。

> この事故の件は、当時小学生低学年でしたが、はっきり覚えております。事故を起したバスは昭和28年製のコンドル形のバスで、当時でも見るからに古めかしく、よくこんなバスで比叡山を登ったなあと思いました。その意味では「旧型」という表現は正解です。

コンドル形、というのが調べてもよく分からなかったのですが、モノコック型の一種なのでしょうか。

> 宇都宮の関東自動車、静岡鉄道等、地方のバス会社は15年使用しており、廃車直前のバスを見ると、随分古く見えました。

今、15年目というと、大津のB-1904、1905などですね。新しくはないですが、パッと見た感じはさすがにボロボロという感じまでは至っていません。やはり寿命自体はだいぶ延びているのでしょうね。

> 昭和55年頃たったと思いますが、京都市バスが財政難のため使用年限を10年から11年に延長するという記事が新聞に掲載され、実態を確認したところ、各車庫に11年経過した車両を申し訳程度に2~5台程度予備車で配置するという有様で、要するに11年使用しているというポーズを示しているだけでした。

難しいところですね。
「実態は11年使用しているふりをしているだけ!」なんて暴露記事を書くマスコミと、万一10年目過ぎてから大きな事故が起きて、「財政難を言い訳に老朽化した車両を走らせていた」なんて騒ぐマスコミとは、きっと同じでしょうから。
世の中どっちに転んでも何かしら問題が粘りついて、なかなかサクッと黒か白、とはいきませんね。そんな、多元多次方程式の中でも、最も安全で、理に適った解を導き出す判断力が、経営者には求められるのだろうと思います。

> 京阪バスは冷房化を進めている時は僅か8年で廃車にした車両もあります。一方阪急バス等は、盛んに冷房改造をしておりました。

確かに京阪バスが、法定耐用年数を過ぎ、減価償却が終わっているであろう車両を多く抱えるようになったのは割と最近で、以前は結構な早さで更新されていましたね。
2011/07/26(火) 22:49:28 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
はじめまして、きうりと申します。

比叡山のバス事故の記事を探していたところ、こちらのブログに行き当たりました。

僕はアマチュアの物書きをやっておりまして、電子書籍サイト「パブー」で『事故災害研究室』という本を書いております。

今回『事故災害研究室』のバス事故の項目でこの事故を取り上げるにあたり、こちらのブログについて引用・紹介をさせて頂きたいと思い、コメントさせて頂きました。

お返事を頂ければ幸いです。
よろしくお願い致します。

『事故災害研究室』
http://p.booklog.jp/book/8921/chapter/16542
2012/03/10(土) 23:24:12 | きうり | #-[ 編集]
Re: タイトルなし
きうり様、初めまして、コメントありがとうございます。

> 比叡山のバス事故の記事を探していたところ、こちらのブログに行き当たりました。

山形県にお住まいなのに、そんな事故のことをよくご存知でしたね。私でもはっきり知ったのは新聞記事でだというのに。

> 僕はアマチュアの物書きをやっておりまして、電子書籍サイト「パブー」で『事故災害研究室』という本を書いております。

ええ、何かで拝見したような気がします。すごいことをされていますね。

そちらでお書きになっている通り、本当にどこで何が起きているか分かったものではありませんね。

古い新聞を徹底的に検索しているので、本来の路線バス関係の記事以外に、よく知っている地域で、思いもよらぬ事件、事故の記事を発見して驚くこともしばしばあります。ネットで検索してヒットしないからと言って忘れ去られているとは限りませんが、ほとんどのことは何もヒットしません。

でも、住んでいる方に無用の恐怖感や驚きを与えるだけでなく、プライバシー保護や地価への影響が出ることも特に事件はわざわざネットでは出さないつもりでいます。

> 今回『事故災害研究室』のバス事故の項目でこの事故を取り上げるにあたり、こちらのブログについて引用・紹介をさせて頂きたいと思い、コメントさせて頂きました。

私のような拙いブログで宜しければ、せっかくのご縁ですので、是非宜しくお願い致します。
2012/03/11(日) 01:17:57 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
早速のお返事、どうもありがとうございます。
そして『事故災害~』も見て下さっているとのこと、嬉しい限りです。

それでは近日中に、僕のブログと『事故災害研究室』において記事を公開させてもらいます。

その際に、こちらの記事をご紹介させて頂きますので、その時にまたコメント欄にてお知らせしますね。

もし何か問題が生じたら遠慮なく仰って下さい。
よろしくお願い致します。
2012/03/11(日) 07:14:09 | きうり | #-[ 編集]
Re: タイトルなし
きうり様、こちらこそご覧頂き、ありがとうございます。
記事のUPを楽しみにしております。
2012/03/11(日) 09:49:40 | 喜撰猿丸 | #-[ 編集]
掲載完了しました!
こんばんは。
ブログ記事と、『事故災害研究室』での掲載と引用をさせて頂きましたので、お知らせいたします。

ブログhttp://blog.goo.ne.jp/nuta1980/e/a99aebf48eb32e4cbca75869b23cd15d

事故災害研究室http://p.booklog.jp/book/8921/page/960823

最初にブログで下書きを掲載して、それから手直しをして事故災害研究室に掲載するという流れになっています。
ですので、ブログ掲載からご連絡までちょっと間が空いてしまいました。

実を言えば、事故災害ルポでの図版掲載は今回が始めてなので、今後もちょこっと手直しをすることがあるかも知れません。

今回は本当にどうもありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします!
2012/03/17(土) 19:44:44 | きうり | #-[ 編集]
Re: 掲載完了しました!
きうり様、お世話になります。
記事、拝見しました。正直、思っていた雰囲気とはかなり違っていましたが、きうり様の運営の方針がありますから、たくさんの方が読まれて、少しでも知って頂ければと思います。

また何かありましたら宜しくお願い致します。
2012/03/17(土) 21:06:52 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
詳しく知ることができました。深謝。頓首
55年前の今日、私の祖母(父方)の妹(私からすれば大叔母)が、このバス事故で死にました。昨日、入院中の老父を見舞い、この事故のことを話題にしたところでもありました。比叡山にはまだ行ったことがない私であります。お写真等を拝見、拝読し、何かしら胸に迫るものがありました。心から感謝申し上げます。頓首
2015/07/24(金) 11:25:43 | 山本英二 | #-[ 編集]
Re: 詳しく知ることができました。深謝。頓首
山本英二様 初めまして。ご遺族の方からこのようなもったいないおことばを頂き、お礼をさせて頂くのはこちらの方です。私も、頂戴したコメントが胸に迫りました。
記事をUPしてから数えても、もう4年経ってしまい、事故は55年前のできごとになってしまったのですね。
風化させるまいとしても、実は語り継げるものなどごく僅かなのだろうと思うのですが、その僅かなものでも引き継げる一助となり、関係者の方が何らかの感慨を持たれるなら、この小さなブログも続けていてよかったと思います。こちらこそ、ありがとうございました。
2015/07/24(金) 23:59:29 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
初めまして、比叡山のバス事故の記事を探していたところ、こちらのブログに行き当たりました。
約十年前になりますが、約二年間延暦寺に出入りしている土木会社に勤めておりました。かなりの老舗の会社だったのですが、その会社の作業員に当時救出作業に関わった方がおられました。
私と一緒にその付近で作業しているときの休憩中に、このバス事故の件が話題になり「救出作業が大変だったろうな」と話したところ、「あのときは大変やった」と言われ、ドンだけこの会社ではたらいているの?とびっくりしたのを覚えております。
当然、あの時代のことですから設備等もなく皆、負傷者や遺体を背中に担ぎ助け出したと言われておりました。中には、救出中そのまま背中で亡くなられた方もいたようでした。
現在の土木作業員にはおそらくそんな体力はないと思います・・・当時の(今のような重機や作業機械がない時代)の土木作業員だったから出来たんだろうと、その作業員と話をした記憶があります。
2015/12/02(水) 22:13:11 | kees | #fqmVP8P6[ 編集]
Re: タイトルなし
kees様、初めまして。

>比叡山のバス事故の記事を探していたところ、こちらのブログに行き当たりました。

ご覧頂き、ありがとうございます。

> 約十年前になりますが、約二年間延暦寺に出入りしている土木会社に勤めておりました。かなりの老舗の会社だったのですが、その会社の作業員に当時救出作業に関わった方がおられました。

10年前の段階では、事故は約45年前、当時20代の方ならあり得なくはない話ですね。でも確かに、もう歴史上の出来事のように思われることを実際に経験しているひとを目の前にすると、驚きますね。

> 当然、あの時代のことですから設備等もなく皆、負傷者や遺体を背中に担ぎ助け出したと言われておりました。中には、救出中そのまま背中で亡くなられた方もいたようでした。

それは辛い体験でしょうね。読んで、思わず息を呑みました。

> 現在の土木作業員にはおそらくそんな体力はないと思います・・・当時の(今のような重機や作業機械がない時代)の土木作業員だったから出来たんだろうと、その作業員と話をした記憶があります。

今の学生が部活動でスポーツをやって体を鍛えている、などというのがほんのお遊びにしか見えないくらい、昔のひとは鍛えられていると思います。

ある競技にだけ特化しているということでなく、何事も手足を動かしてしなければならないので、全身がくまなく鍛えられている気がします。食事も全く違うでしょう?粗食でも本当に重要な栄養素が含まれ、環境ホルモンや農薬に汚染されていないきれいな食べ物だけを食べていて、現代人なんかよりずっと骨密度が高くて、ただ表面的に筋肉をつけました、ていうことではなく、身体の芯から健康に鍛え上げられているのではないかと思います。
拙稿外畑ボート乗り場【石山外畑線24】http://contrapunctus.blog103.fc2.com/blog-entry-290.htmlでも書きましたが、恐らく現代人なら、トライアスロン選手など一流アスリートでも耐えられないのではないかと思います。

話が逸れましたが、厳しい現場で救助に当たられた方がいらっしゃったこともまた、忘れてはいけませんね。
2015/12/03(木) 00:43:07 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
比叡山のバス転落
昔、観光バスで比叡山へ登った時に、バスガイドさんがこの事故について話していました。
下り坂てフットブレーキを使いすぎて、ブレーキが焼けて利かなくなったのが原因だったそうです。
また、この事故を契機にブレーキの研究が進み、エァブレーキが開発され、装備が義務付けられたそうです。
2016/01/21(木) 16:12:48 | お茶碗あとむ | #-[ 編集]
Re: 比叡山のバス転落
お茶碗あとむ様、初めまして、コメントありがとうございます。

> 昔、観光バスで比叡山へ登った時に、バスガイドさんがこの事故について話していました。

登った時にこの話されたらちょっと怖いですね。

> 下り坂てフットブレーキを使いすぎて、ブレーキが焼けて利かなくなったのが原因だったそうです。

ええ、私も新聞記事を読み返しましたが、そのようですね。

> また、この事故を契機にブレーキの研究が進み、エァブレーキが開発され、装備が義務付けられたそうです。

そうだったんですか?
大の苦手な分野ですがまた調べてみます。よく分からないのですが、排気ブレーキとはまた別にエアブレーキというのがあるんですね。
2016/01/21(木) 22:56:14 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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