青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
前々回に続き、帝産の話題です。頂いたコメントと、それに対する私のレスとを再構成しながら、進めて参ります。

K2様のコメントより

> ②「湖南高校」行きは字の色が赤字でした。同じパターンで「湖南アルプス」という幕がありましたが、実際に使われたシーンはみたことがありません。どういう場面で使ったのでしょうね。

湖南高校は特定輸送で、①②③……といくつかのコースがあったように記憶しています。
またどこかで詳しく書きますが、京阪バスの石山団地系統が、昭和40年代初めはあまりに本数が少なくて、住民の猛烈な批判が営業所に殺到しており、当時既に湖南高校の特定輸送を行っていた帝産バスが、「うちで石山団地の路線を運行しようか」と検討を始めたほどだったそうです。
湖南アルプスの同様の幕の存在は知りませんでした。

>アルプス登山口行きってありましたよね。

とも書いて下さっていますが、もちろん、現在もあります。

ssIMG_6437.jpg

現在はどちらかというと、登山口近くまで開発された「もみじが丘」の通勤路線ですね。

>そこで郵便貯金通帳を拾い、交番に届けました。お礼の手紙か、お金が届くかとワクワクしましたがなにもなく、子供心に傷ついた気折があります。(額面は千円でした。)

やっぱりそういうちょっとした一言って大事ですね。気に入っても、入らなくても、何でも黙っていて、ちゃんと面と向かってコミュニケーションを取ろうとしないひとが最近多いような気がします。

>そのころ、帝産の料金表示器はすでにデジタル式で、幕式だった京阪に比べ、進んでいると思いました。どうした京阪!でも、帝産バスは路線の距離が長いので当然だったのでしょうか。

距離が長いというか、対キロ制で整理券が多かったからでしょうね。近江も、車両は80-90年代は京阪より数年-10年くらいは更新が遅れているように見えましたが、運賃表はデジタルでしたね。

それどころか帝産はもう、LCD画面を入れている車両があります↓帝産バスに乗ったのは人生の中でも本当に片手の指で数えられるほどの回数なので、もちろん、中で画面を見たことはありませんが、すごい高機能のようです。
京阪も、ICカード導入を機に、やればよかったのに、と思うのですが。 

ssIMG_6680.jpg

> ③「太子線」「東レ線」といった幕があったように思います。

太子線は4月2日付拙稿「日電前 都築紡 大津署前」でチラッと触れましたが、謎です。

「太子にお住まいの方、ご出身の方など、何かご存知でしたらお知らせ頂けると幸甚です。」と、ダメ元で書いたら…やっぱり書いてみるものですね!滋賀は第2の故郷様が、太子選出の市議の影響ではないか、というすごい情報を寄せて下さいました。ただ、石山駅発、太子経由の田上車庫行きとその逆便の幕は当時から別にちゃんとあったので、どこからどこまで走っていたのか気になります。

「東レ線」という幕は私も知らないですね。幕は「東レ循環線」でも、アナウンスは、「アパート経由東レ線です」といった具合に「東レ線」で統一されていたと思います。 「アパート経由」でない、ただの「東レ循環線」もあったと思うのですが…。
「東レ循環線」の幕は今も残っています。こういう時に限って、幕回しのシーンが見られない。いつもお世話になっているまんたろう様が1989(平成元)年8月12日に撮影された、現役時代の東レ線の幕の写真がありました。許可を頂き、掲載させて頂きます。まんたろう様、いつもありがとうございます。

ssH1.8.12 石山駅 帝産

これは多分、「アパート経由」ではない方ですね。

開発した業者の名前をとった、「永大団地」行きなんて言うのもありましたね。

それにしても「アパート」て…(爆)。子ども心に、この停留所名は不満でした。一応、子どもながらにも、バス停は、地名か、公共施設名であるべきというこだわりが、早くからありました。因みにこの「アパート」が東レの社宅だということを知るのはだいぶ後です。本当に、いわゆる「アパート」をイメージしていました(汗 。
尚、和歌山バスにもずばり「アパート前」というバス停があります。

ssIMG_6447.jpg

> ④石山駅で乗車口が開くと「○○行きです。ありがとうございます。」とエンドレスで音声が流れていましたが、あれはどういう仕組みだったのでしょう?

「お待たせ致しました。このバスは、稲津、黒津、太子より、関津(せきのつ)経由田上(たなかみ)車庫前行きです。ありがとうございます。足元にご注意願います。危険物の持ち込みは、固くお断りします」
でひとまとまりで、またこれを繰り返すんですね。

(我ながら下らんこと覚えているな……と思っていたら、友だちにも指摘されたw)

アルプス登山口みたいに、路線により「このバスは」が抜けているのもあったと思いますが、確かにあのエンドレスはすごかったです。合成音声じゃないのに、なぜあんなことができるんでしょう? いや、エンドレスでなくても、なぜタイミングよく、外用は外、車内用は車内でうまく流れたんでしょう?(たまに間違いもあったけど)
ドアが開いたら、スタートは、前に切れたところからでなく、またちゃんと最初から流れるし…。

京阪バスでは、私が知る限り、浜大津での名神大津行きだけ、
「このバスは、大津駅から名神大津行きです」
のエンドレスでした。

> ⑤学校の図書館でみた古い年鑑には帝産バスの記事には「湖南交通」と書いてあったはずです。湖南交通が帝産グループ?に吸収されたのでしょうか。

はい、それは1963(昭和38)年2月20日付産経新聞と滋賀日日新聞にはっきり書かれています。京都-信楽間開通時点では、帝産傘下ではなかったということになります。

石山駅で撮影をしている時にふと見上げると、ツバメの巣↓。ツバメの巣があるところは、ひとがよく来る縁起が良いところ、と言われます。実際は、ひとが多いと、カラスなど、天敵が寄ってこないので、わざとひとの多いところに巣を作るのだそうで、人間が思っていることとは逆ですが、賑わいのある石山駅であり続けて欲しいと思います。

ssIMG_6439.jpg

関連記事
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
帝産バス
丁寧なコメントレスありがとうございます。
私が子供の頃の帝産湖南交通(以下帝産バス)は、バスの種類も少なく変化に乏しかったのですが、成人後、一時期は京阪よりバラエティに富んでいたように思います。塗装も変わりました。
料金表示器は進んでいましたが、系統番号は導入を始めても、なかなか新しい幕が全車両に行きわたらず、数日で入れ替わった京阪(大津管内)バスとはえらい違いでした。そのアンバランスさが魅力?でした。
以前も書き込んだ(違うサイトでしたっけ?)のですが、私が子供の時、湖南高校線のバスにはねられて重傷を負いながらも、帝産バスに対して、何らトラウマのようなものが残らなかったのが不思議です。
ただ、事故後も猛スピードで石山団地の回転場から降りてくる帝産バスに対して、よく両親は怒っていました。スピードを落とすよう、申し入れをしたはずなのに守られていない!とのことでした。実際にバス会社に抗議したかどうかは知りません。
話が暗くなりましたね。石山駅のツバメ、ほのぼのしてよいですね。
ツバメのバス(JRバス)はもう来ませんが、彼らにはいつまでもいてほしいですね、
それにしても、石山駅のバスロータリーはきれいになりましたが、にぎわいは無くなったような。昔の雑然としたエネルギッシュな光景が脳裏によみがえります。
石山団地、大石方面へ向かう京阪バスは乗客が多く、バスがロータリーで回転すると、人々はバスを走って追いかけたものでした。
本当にいつまでもにぎわっていてほしいですね。昔、石山駅前になバスが乗り入れていたんだよ!ええ!マジで!信じられなくね!とか言うようにならないでほしいですね。
ではでは!
2011/07/13(水) 23:39:16 | K2 | #-[ 編集]
Re: 帝産バス
こんばんは、

> 丁寧なコメントレスありがとうございます。

こちらこそ、いつもありがとうございます。

> ただ、事故後も猛スピードで石山団地の回転場から降りてくる帝産バスに対して、よく両親は怒っていました。スピードを落とすよう、申し入れをしたはずなのに守られていない!とのことでした。実際にバス会社に抗議したかどうかは知りません。

今はそうでもなく見えますが、昔は、京阪なんかと比べると荒いというのか、言い方を変えれば、職人気質、みたいな運転手さんが多くて、言うことを聞いてもらうのが難しいとかはあったのかなとも思います。本当はひとがいいんだけど、どこか気難しいとか。そうでなくても、概して運輸関係、医療関係など、勤務が不規則で、全員がいっぺんに出勤するということがあり得ない職場では、従業員1人1人まで注意を行き渡らせるのは並大抵のことではないでしょうね。

それにしても、湖南高校が、なぜ京阪バスのエリアなのに、帝産の特定輸送だったのか、そして、一体どこに向かって走っていたのか気になります。帝産は、ああいう企業関係の特定輸送にはものすごく強いのは確かですね。

> それにしても、石山駅のバスロータリーはきれいになりましたが、にぎわいは無くなったような。昔の雑然としたエネルギッシュな光景が脳裏によみがえります。
> 石山団地、大石方面へ向かう京阪バスは乗客が多く、バスがロータリーで回転すると、人々はバスを走って追いかけたものでした。

どこかにも書いた気がしますが、イギリス人なんて、1人でも列を作る(バス停などで、自分の後ろに並べといわんばかりの雰囲気でポールの真ん前に立つ)ていいますから(と書いたところで、やっぱり本当にそうなんだ、と思わせるNews Weekのコラムhttp://www.newsweekjapan.jp/joyce/2011/02/post-38.phpを見つけましたw)、あんなの見たら卒倒すると思います。日本全体でも今どき珍しいでしょうね。よそから来た友だちに見せたくありません。
まあ、よくいえばエネルギッシュなんでしょうか(爆)。でも、冗談抜き、バスに走り寄ったり、変に車道に下りて待ったりすると、本当に危険です。あのままではいつか事故が起きるんではないかと心配です。運転手さんがすごい神経を使っているのが鈍感な私にも分かります。

2011/07/14(木) 00:54:22 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://contrapunctus.blog103.fc2.com/tb.php/231-365d90f3
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック