青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
◆お知らせ

パソコンの不調のため、細かい編集ができない状態になっており、コメントのレスが最近できておりませんでしたが、先日無事に修理から返ってきましたので、新規の編集を再開します。ご迷惑をおかけしました。
 
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「パル」の話から、帝産バスの話に発展して、コメント欄が意外に盛り上がりました。情報をご提供下さっている、ひえい様、K2様、滋賀は第二の故郷様、ありがとうございます。

K2様への私からのコメントレスを、いったん削除して、滋賀は第二の故郷様のコメントへのレスも含めてまとめなおし、予定を変更し、6月24日付の記事でのお知らせ通り、臨時の記事を1回挟み込みます。

京阪や近江でも資料、情報は十分ではありませんが、帝産は更に極端に資料がなくて、新聞で華々しく取り上げられるのは、せいぜい1962(昭和37)年の京都-信楽間の開通くらいで、あとはたまに牧口(現 大津市牧2丁目)から信楽の黄瀬(きのせ)にかけての、あの危ない県道16号線で事故が発生したとか、そんなことがほとんどです。

↓信楽駅付近が欠けてしまっていますが、ほぼ帝産の石山駅-信楽線のルートです。(一見新名神を経由しているように見えますが、「詳しい地図を見る」をクリックすると、ちゃんとしたルートが出ます)




あの道はいつ落石があるか分からないし、離合もままならない場所があって今でも通りたくないのに、昭和37年なんて、どんな道だったんでしょう?石山-信楽間の路線は更に前からあるはずだし…。

と思っていたら、滋賀は第二の故郷様が、1964(昭和39)年から1965(昭和40)年頃に、河原町御池から信楽行きのバスに乗った経験を書いて下さり、唐橋を過ぎた辺りから未舗装だった、と証言して下さいました。やっぱりそうなんですね。

お祖母様の、
「大戸川沿いで土砂崩れがあり、京都から乗ってきたバスを降りて、雨のなか土砂崩れ現場を歩いて、信楽側から迎えに来たバスに乗り換えて終点まで行った」
という体験談もすごいですね!今なら、絶対そんな場所、一般人を歩かせるなんて言うことあり得ないですよね!

作家で元日本財団会長の曽野綾子が、遂にどの本だったか突き止められませんでしたが、恐らく『昼寝するお化け』(小学館)、『地球の片隅の物語』(PHP研究所)とかのシリーズで、最近の若いひとたちは、地面は最初から舗装されていると思っている、なんて書いているのを10年以上前に読んだのを思い出しました。いや、そんなことはないけど…と苦笑しましたが、頭では分かっていても、改めて当時を知っている方のお話を聞いたり、you tubeなどで昔のニュース動画を見たりすると、舗装されていない、という現実の重さ、大変さが、今までよりは少し実感として分かってきます。

また、滋賀は第二の故郷様のこのコメントは、京都からの需要がちゃんとあったのだということもよく分かる、利用の好例とも言えましょう。


実は、私はほとんど全く帝産バスを撮ったことがありません。今回の記事の編集に当たり、初めてまともに帝産バスを中心的な被写体として撮影しました。

↓信楽行き

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つい最近までおおむね1時間に1回、当たり前に見られた信楽行きですが、2009(平成21)年12月1日から、田上(たなかみ)車庫での乗り継ぎが基本となり、石山駅-信楽間を通し運行するのは、1日数回だけになりました。石山駅で、幕回しでなく、明るい時に撮影しようと思うと、夏しかありません。

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↓平成21年からずっとこのように立て看板が出たままです。

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↓ダイヤを見ると分かるのですが、午前中に信楽に行くことができません。何というダイヤでしょう…!

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公共交通機関で、朝に信楽に行こうと思ったら、草津線・貴生川(きぶかわ)から信楽高原鐡道に乗るしかないということです。
京都方面からだと無駄に大きく東にはりだしてからまた西に戻る格好になり、好ましい動線とは思えません。

観光客が減る!と、地元から苦情が出なかったのだろうか、と思うのですが、田上車庫での乗り継ぎ時間が短縮された以外、本質的には変更がありません。


ssIMG_6431.jpg

信楽行きは、田上方面の多くの路線と異なり、瀬田の唐橋東詰の橋本交差点で右折せず、直進して、建部大社付近からは、辺りまでほとんど無人の林の中を突っ走ります。
記事前半にUPしている地図や、帝産湖南交通公式HP内帝産湖南交通 信楽線路線図をご覧頂くと分かりやすいかと思います。

実は田上車庫の近くをかすめているので、田上車庫行きも、本当はここを通った方が距離は短いのです。こういう無人地帯が挟まっても、それ以外の沿線地域の利用者が多ければいいのですが、残念ながらそうでもなかったため、比較的沿線人口が多い田上車庫前行きが、大回りながら連絡路線と扱われ、そこから信楽に向かう、というルートになってしまったということのようです。

信楽関係である程度のまとまりができたので、一旦ここで区切り、湖南アルプスなどについては、別途書かせて頂きます。ご興味がおありの方は、次回もまたお付き合いください。

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