青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
「月の輪」は、大津市南部から草津方面のひとにとっては「月の輪自動車教習所」のイメージでしょう。月の輪の少し東には、更に「滋賀県自動車教習所」もあります。そこにある「教習所前」(月の輪の2つ東)が、国道1号線で、旧栗太郡瀬田町(大津市)の東端です。




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行政上の地名では、間の平仮名の「の」の字は入りません(瀬田月輪町、月輪1-5丁目)。

帝産バスのバス停名にもなっている「山之神池」をはじめ、もともと溜池が多いところで、「月輪池」という池もあり、それが「月輪」という地名の由来になったと言われています。月輪にあるから「月輪池」ではなく、池の名前の方が先なんですね。

東海道名所記に、
「池水澄みぬれば、月さやかにうつり給ふ名所あり。この池も月の水底にうつり給ふを、落ちたりといひ伝へしや」
と書かれているそうです。池が澄んでいて、底に月が映っているのが、まるで月が落ちたかのようだったんですね。

大津、京都方面のバス停↓

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道の反対側から。

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しかし、この位置に草津、八日市方面のバス停があるわけではありません。「月の輪」の上下は、互い違いでかなり離れていて、京都方面のバス停の東にある交差点の向こう、月の輪自動車教習所のすぐ近くです↓

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「島津メクテム前」は割と最近まで「島津金属前」だったはずです。

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色あせた路線図↓ 内容は恐らく、私が京都八日市線関係の項でUPしている古い路線図と変わらないと思います。

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↓草津、八日市方面を望む

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7月13日付、京都八日市線③ 久保江の時に書き損なっていましたが、久保江から東はクローズドア制なので、月の輪でも、京都方面の京阪バスに乗ることはできても、降りることはできず、逆に八日市方面には乗ることができず、京都方面から来て降りるだけだったことになります。

「次は、東草津です」
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コメント
この記事へのコメント
月の輪バス停
喜撰猿丸さん、こんにちは。

先日は、私のブログを読んでいただきましてありがとうございます。
京阪バスの歴史を調べておられるのですね。バスの車両や運行
をテーマにした「現在進行形」のブログはよく見せてもらってますが、
「現在完了形」は珍しいですね。

京都八日市線は、名神経由の頃といっても30年以上前の高校生の頃に、
一度だけ京阪三条→八日市を乗りました。
八日市の終点が駅前ではなく、回りに田んぼが残っているような道端に
下ろされて、近江鉄道の駅まで迷いながら行ったのを覚えてます。
ここが「八日市車庫」だったのでしょうか。

ひとつ質問してもいいですか。
2011/02/11付けの「浜大津バスターミナル」の記事で
「国鉄バス若近線が、浜大津まで乗り入れていた。」と
ありますが、わざわざ今津から161号線を延々と南下して
来たのでしょうか? 石山まで来る近城線なら10数分で
浜大津まで来られると思うのですが?

かつて帝産湖南バスの京阪三条行きがありましたが、
これは1号線をスルーして、浜大津には寄らなかったようですね。
2011/07/18(月) 17:53:04 | なかっちょ | #mQop/nM.[ 編集]
Re: 月の輪バス停
なかっちょ様、コメントありがとうございます。

> 京阪バスの歴史を調べておられるのですね。バスの車両や運行
> をテーマにした「現在進行形」のブログはよく見せてもらってますが、
> 「現在完了形」は珍しいですね。

どこかで書こうかと思っていますが、本当は「未来完了」でないといけないのでしょうけど…。
ネットで検索できることだけでは満足がいかなくなって、「今」という1点でなく、「今」に至る軌跡と、歴史の積み重なりとしての現在を、大げさに言えば「完了時制」で捉え直したい、と思っています。

> 八日市の終点が駅前ではなく、回りに田んぼが残っているような道端に
> 下ろされて、近江鉄道の駅まで迷いながら行ったのを覚えてます。
> ここが「八日市車庫」だったのでしょうか。

これはまた新しい情報ですね。八日市市内では、八日市車庫があった「奥山」は名神八日市から八日市市内に向かう途中であることが、昭和51年現在の路線図で確かめられるので、八日市車庫ということはないはずですが、駅より少し先まで行っていたのでしょうか。八日市駅以外、これと言って折り返しのできそうな場所がないだろうし、いくら近江から疎まれたと言っても、そんなに極端な場所ではないだろう、と勝手に思っていましたが…。引き続き調べてみます。

> 2011/02/11付けの「浜大津バスターミナル」の記事で
> 「国鉄バス若近線が、浜大津まで乗り入れていた。」と
> ありますが、わざわざ今津から161号線を延々と南下して
> 来たのでしょうか? 石山まで来る近城線なら10数分で
> 浜大津まで来られると思うのですが?

http://contrapunctus.blog103.fc2.com/blog-entry-150.html
この記事ですね。
若近線でなくて、若江線でしょうか。これは古い国鉄時刻表や他の新聞記事などでも確かめられるはっきりした事実です。

昭和39年に刊行された「バス時間表」(弘済出版社)によると、4月1日現在、小浜7:25分発浜大津行き、浜大津12:50発小浜行きの1往復が国鉄バス便でした。この他この当時、江若バスで、三条京阪-小浜1往復、三条京阪-海津1往復があったようです。浜大津-小浜間は3時間以上かかっています。

近城線の浜大津延長は、要望としてはあったようですが、実現はせず、結局石山駅と浜大津の間は、一度も国鉄(JR)バスの定期路線が走ったことのない地域ということのようです。

> かつて帝産湖南バスの京阪三条行きがありましたが、
> これは1号線をスルーして、浜大津には寄らなかったようですね。

ええ、割と最近まで(と言ってももう10年以上経ちますが)ありました。大津駅の裏を通りぬけていました。

またのコメントお待ちしております。今後とも宜しくお願いします。
2011/07/18(月) 19:11:50 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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