青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。

琵琶湖は此處等(ここら)が一番狭かつた。その水深から言つて一番淺かつた。つまり野洲川のあの大きな流れが絶えずそこにその砂を流すので、そのため次第に湖は埋められつゝあるのであつた。やがて湖はこゝらあたりから二つに分けられるかも知れないといふことであつた。
(田山花袋「堅田の浮御堂」『京阪一日の行樂』P635)



堅田 かたた
所在地:(北行)大津市本堅田五丁目
    (南行)大津市本堅田三丁目
    ※但し旧江若鉄道堅田駅前、及びその跡地をバスターミナルとして使用していた時は大津市本堅田五丁目
開設年月日:不明
廃止年月日:1974(昭和49)年7月20日?
改称年月日:1969(昭和44)年11月1日? 堅田駅→堅田
        1974(昭和49)年7月20日? 堅田→本堅田
付近:ザ・コジャック(スポーツクラブ コジャック) 堅田病院 日本キリスト教団堅田教会 大津市立堅田小学校・幼稚園 堅田市民センター(大津市役所堅田支所・大津市立堅田公民館)
 (以下現在ないもの)江若鉄道堅田駅 江若交通堅田営業所・堅田整備工場 国鉄(JR)堅田アパート 旧堅田警察署 旧大津市信用金庫(現 京都信用金庫)堅田支店
キロ程:(京阪バスとしてのキロ程は不明 江若交通としては琵琶湖大橋口から1.3キロ)


いよいよ、面倒臭くて記事を書き渋っていた堅田に来ました。



いや、冗談抜き、本当に大変でした。同じ大津市とは言っても、私の家からだと京都に行くより遠くて乗り換えも面倒で、何の知識もなじみもない、ほとんど行ったこともないよその土地なので、全部0から調べ直し。一通り写真撮影できたつもりでも、あとから発見することも多くて、なんのかんのと用事を作って何度も足を運びました。江若鉄道との兼ね合い、後述する江若交通堅田町内線との関係が複雑で、書く時も本当に腰を落ち着けないと何もまとまらないので、手を付けるのをつい渋って、実はUP数年前~昨年にほとんど記事が書き上がっていた琵琶湖大橋口以北の各停留所と、苗鹿、比叡辻、際川の各停留所に対して、ここは空白の飛び地状態でした。

堅田は、琵琶湖が最もくびれているところの西側、大津市北部の中心です。1967(昭和42)年、瀬田とともに大津市と合併しました。それまでは滋賀郡堅田町で、1955(昭和30)年に周辺の伊香立、仰木、真野、葛川の4村を合併しています。

堅田の地名は、平安期から見られ、もともと今の下鴨神社の領地とされていましたが、その一方で延暦寺領の荘園もあり、中世は両属関係だったということです(『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』P222)。
更には、湖上の関所が設けられ、「堅田千軒」と言われる交易と漁業の拠点、また周辺の村々の中心的な存在として発展しました。

吉田金彦は、「潟田」が原義かと最初考えたそうですが、これほど広大な水面がありながら滋賀県に他に全く「潟」のつく地名がなく、そもそも「潟」は「干潟」などのことばからも分かるように、干満の差がある場所につく地名なので、やはりこれは「潟田」ではなく、「要衝として固めた場所」という意味なのだろう、としています(『京都滋賀古代地名を歩く』1987 京都新聞社 P193-194)。

バス停としては、ここでは京都今津線があった時代のバス停名に合わせて「堅田」として取り上げていますが、江若鉄道が並走していた時代は「堅田駅前」、湖西線が開通して以降は「本堅田」を名乗っています。

今回を含めて3回にわたって、『バスファン 第42号』所収「江若交通(上)」(浅野・藤本・中田1980)を参考に、国土地理院発行1:25,000地形図を利用しながら、堅田周辺の京都今津線及び江若交通・浜大津線のルートの変遷を追います。

まず1963(昭和38)年1月以前↓

S31発行 堅田
(国土地理院発行 1956年堅田)

俄(にわ)かには信じがたいのですが、当時は国道161号線の堅田以北が未完成で、現在のJR堅田駅の前を仰木道から琵琶湖大橋口の北まで通り抜けている道路が国道でした。このため、江若バスは(そして恐らく京阪バスも)地図中で示した赤い線のルートを通っていました。

浜大津方面から走ってくると、まず仰木道に停車して右折、現在の堅田町内循環線とは逆回りで、出町→堅田本町→末広町の順に停車して、現在の「本堅田」交差点から江若堅田駅の構内に入って南西端から出て、踏切を渡って旧国道、即ち先述のJR堅田駅前、当時の江若堅田駅の裏を南北に通り抜ける道路を通って、和邇、今津方面に向かっていました。

もちろん、南行きも向きが逆なだけで同じ道を通っていたので、狭い堅田町内で大型バス同士が離合する必要がありました。
図中に青い細い線で示した道路は既にできていたので、なぜそちらを通らなかったのかが不思議です。仰木道から左手に分かれる道は、確かに堅田駅を通ることができないのが問題ですが、右手の直進する道を使えばいいように見えます。また、堅田小学校・堅田幼稚園の前の道の方がこの地形図上でも明らかに広めに描かれていて、現在も広く見えるのですが、そちらの通りは利用されなかったのも不思議です。

ただ、京阪バスが堅田町内に路線免許を得るのは1962(昭和37)年8月7日、運行を開始するのは8月19日ですので、1950(昭和25)年10月1日に、京阪バスと江若交通が、三条-和邇間を相互乗り入れするようになってからその日までの間、京阪バスは、先ほど「なぜそちらを通らなかったのか不思議」と書いた青い線の方を走っていたのかもしれません。

このような無理なルートは1963(昭和38)年1月以降、新国道が開通することで解消されます↓

S46発行 堅田2
(1971 堅田)

複雑なのですが、基本的に以下のようになります。

1.北行きは全便仰木道からすぐに堅田駅に入り、現在の琵琶湖大橋口付近までの約1.4キロに亘って開通した新国道を経由する。
2.南行きのうち堅田始発は全て町内を回ってから浜大津方面に向かう。
3.堅田より北を起点とする浜大津方面行きは北行き同様に新国道を経由して堅田駅に立ち寄り、町内を経由しないで仰木道から浜大津に向かう。


これは江若バスのルートを前提に書いていますが、京阪バスも路線免許を得た翌年のことでわざわざ別のことをしていたとは考えにくく、同じ規則性で走っていたのではないかと思います。

この時、堅田始発便しか堅田町内を通らなくなったことで事実上かなりの減便となったため、その救済措置として誕生したのが「堅田町内線」です。

この地図は1971(昭和46)年発行ではあるものの、測図が1967(昭和42)年であるため、江若鉄道が載っている最後の地形図です。

江若鉄道も湖西線もない時期を反映しているのは、この地形図です↓

S48発行 堅田
(1973 堅田)

1971(昭和46)年に車両制限令が適用され、町内の狭い通りに大型バスが乗り入れできなくなったため、町内回りの浜大津行きは全廃となりました。この時に町内循環は本線から系統上切り離されました。

但し、沿線の環境が全く異なるにも拘らず、堅田葛川線とは同じボンネットバスを使用するという結びつきがあり、湖西線開通以後も、町内を循環してそのまま葛川細川方面に向かう便やその逆の便が存在しました。

↓1979(昭和54)年3月3日 T.F.様 坊村にて撮影

54-3-3坊村

谷内六郎(昔の週刊新潮の表紙で有名な画家)や原田泰治の絵みたいな雰囲気ですね!
「堅田町内循環」の円板が取り付けられているのに、葛川方面の行き先を出して走るボンネットバスの写真がしばしば見られ、私は共通運用なので外し忘れかと思っていましたが、そうではなく、先述の通り、町内循環の延長でそのまま葛川に向かう系統があったということです。

それでも「堅田町内線」には、「堅田葛川線」「堅田町内線」など、別の路線名が割り振られることはなく、他の路線との直通がない現在も、正式な路線名称は「浜大津線」とされています。この名前にこだわっているところがまたたまらないですね!

余談が挟まりましたが、湖西線開通以降↓

S51発行 堅田
(1976 堅田)

この時点で堅田に来る京阪バスと言えば、京津国道線の延長の44号経路(琵琶湖大橋-四条大宮)と、大津比叡山線(比叡山縦走線)くらいだろうと思います。赤い線で表しましたが、本題である京都今津線ではないので、細くしております。

この時「堅田」バス停が「本堅田」と改称したものと思われます。国鉄の堅田駅はもともとの堅田の中心からはだいぶ北にずれたところにできましたが、せっかくできた駅を、町内循環線がまさか通らないわけにはいかないので、ここを起点にして本堅田(旧堅田駅のロータリー)を経て、町内を通り、仰木道から新川を経て堅田駅に至る、という、本堅田のロータリー部分以外はほぼ現在の形で運行するようになりました。

こうしたことも念頭に置きながら、江若堅田駅周辺を改めてじっくり見てみようと思いますが、かなり長くなりましたので、ここで一旦区切って、続きは次回にさせて頂きます。
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