青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
いつもお世話になっているT.F.様からまた新しい資料写真を頂戴しました。大阪は専門外ですが、貴重なものですので、ここにUPさせて頂きます↓

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1978(昭和53)年5月14日、京阪守口市駅前で撮影されたそうです。5月21日、つまり33年前の今日から、守口市駅-上新庄駅間で京阪バスが運転を開始したということです。

現在の9A号経路(守口市駅-JR吹田)の祖先です。

↓今日が33歳の誕生日であることを知らずに???現在の守口市駅で佇む9A号経路 N-3195

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そういえば、現在「9A」と、「A」の枝符号がつくのに、「9」だけという経路番号は存在しません。
もともとは、吹田へ行く便はあくまで例外だったのが、やがて吹田行きばかりになり、ただの「9号経路」はなくなってしまった、ということなのでしょうか。

↓因みにこちらが、現在のダイヤとバス停。内容は貼りかえられてはいるものの、この時刻表そのものは、当時からあるものなのでしょうか。運転間隔は今の方が長いですが「49分発」に不思議な伝統があります。

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1981(昭和56)年の『京阪時刻表』では、既に路線は吹田まで伸びていて、上新庄駅前への乗り入れはなくなっています。また、開通当初のこの掲示では、バス停名が現在とかなり異なっていますが、1981年の段階では既に現在と同じになっています。

(余談ですが、同じ「だいどう」という読みでも、この辺りには「大道」と書く「だいどう」と、「大桐」と書く「だいどう」が隣接していて、現在のバス停は「大桐」の方が用いられています。更に余談ですが、もしかしたら、と思って地下鉄今里筋線の「だいどう豊里駅」について調べたら、やはりこの、2つの「だいどう」があるために、わざと平仮名書きにしたようです)

主要ターミナルの時刻表も載るようになる、翌1982(昭和57)年の『京阪時刻表』によれば、ダイヤは既に現在と同じ40分間隔になっており、もちろん、経路番号も「9」は既になく「9A」だけです。
開通から1981年までの僅か3年の間に、上新庄駅への乗り入れがなくなり、本数も減らされたのでしょう。

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吹田駅-八尾駅(後に八戸ノ里駅)間で、京阪、阪急、近鉄、国鉄によって運行された吹田八尾線と何か関係があるのかと思って調べましたが、経由地が全く違っていて、また、京阪バスの管轄営業所も、吹田八尾線の門真に対し、こちらは寝屋川ということで、直接の関係はないようでした。

『京阪バス創立70周年記念 輝く明日へ この20年の歩み』(京阪バス 1992)の年表に、「1979(昭和54)年10月7日 国鉄吹田駅バスターミナル(完成)へ乗り入れ」という記述がありますが、これが、この路線のことなのか、吹田八尾線のことなのか不明です。

京阪バス社内でのこの路線の正式名称は、「守口上新庄線」で、京阪バス公式HPの、寝屋川営業所の運賃表PDFでは、今も「守口上新庄線」と書かれています。つい、「守口吹田線」といってしまいそうですが、先に挙げた『輝く明日へ この20年の歩み』の、平成4年現在の路線一覧(乗合バス事業計画)P79によると、「守口吹田線」は、「吹田八尾線」が分断された結果、守口・門真―吹田間を、千里丘駅経由で走った路線をさすことばのようです。

いやあ、こういうところに、歴史を感じますね~!

また、開通時の掲示に戻ってよく見ますと、上新庄駅-太子橋間の大阪市バスの運賃区間は、小児運賃が大阪市バスに合わせた「45円」という芸の細かさ!

また、寝屋川支所の電話番号は現在とは全く違っていますが、移転でもしたのでしょうか?

誕生日を祝いに、というわけでもないのですが、今日、現在の上新庄などを見てきました。

狭っ!かつて、いつまでなのか分かりませんが、ここを京阪バスが、こういうふうに右折していたんでしょうね。
今は井高野営業所の大阪市バスしかありません↓

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↓京阪京橋の雰囲気と似ていて、2008(平成20)年10月17日、最後の運転の日に平日だけど休みを取って行ったことを思い出し、切なくなりました。

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布施駅?東大阪のあの布施?エラい遠くまで走るなあ!この時は、ロケーションシステムによると、布施まで「58分」とのことでした。逆に、1時間でそんなところまで行けるのか、と驚きました。運賃200円、信じられません。

後で調べたのですが、大阪市バスでも最も長い部類の路線で、こういう路線でありがちな「分断」どころか、2002年に統合されて延びて、最近まで市バスでも指折りの黒字路線だったそうです。

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日中でも20分間隔と、まずまずの本数。かつての近江鉄道バスの草津駅-国道-浜大津、草津駅西口-浜街道-国道-浜大津を思い出しました。
同じように、大阪の東部を縦断する吹田八尾線が千切れ千切れになって、なくなってしまったのと、ずいぶん対照的です。

↓現在、京阪バスは、駅前に乗りいれず、この「上新庄駅北口」バス停に停まります。この辺りは、なぜかこのように、背の低いバス停が多いです。

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今日の「取材」のもう1つの大きな目的地、JR吹田の1つ手前、田中町
そう、5月15日付拙稿佐久奈度 佐久那谷 桜谷で取り上げた「桜公園東」が、京阪バスの一般路線の東の果てなら、こちらは西の果てです。
やってきました、東の果てから西の果てまで…!

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阪急バスのバス停と並んでいて、そちらの方が本数は圧倒的に多く、撮影している間、回送のバスも何本も通り過ぎて行きました。

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2008年の京阪京橋廃止当時は、京阪京橋が廃止されることで、京阪バスの西端が後退する、と思っていましたが、よく地図を見ると、田中町の方が西です。
青い目印が田中町ですが、明らかに京橋より西であることが分かります。



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もっと言うと、田中町バス停から西を望んだ先に見える交差点が、京阪バスの一般路線として最も西を走る区間、ということになります。

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末筆になりましたが、T.F.様、貴重な資料を惜しげもなくご提供頂き、ありがとうございました。
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コメント
この記事へのコメント
No title
どうも、ご無沙汰です。

守口上新庄線の[9A]号系統について、どうして[9A]号系統だけなのか、私も疑問に思うことがありましたが、その興味深い謎が解けました。[9A]号系統の祖先にあたる[9]号系統は、意外と比較的新しい路線で、国鉄吹田駅ターミナルが完成するまでの暫定的なもののようですね。おそらく、吹田駅ターミナル完成のときに、現在の[9A]号系統が登場したものと考えられるのですが・・・
2011/05/27(金) 23:57:41 | N-3899 | #CZ2g33i2[ 編集]
Re: No title
こちらもご無沙汰です。

> 守口上新庄線の[9A]号系統について、どうして[9A]号系統だけなのか、私も疑問に思うことがありましたが、その興味深い謎が解けました。[9A]号系統の祖先にあたる[9]号系統は、意外と比較的新しい路線で、国鉄吹田駅ターミナルが完成するまでの暫定的なもののようですね。おそらく、吹田駅ターミナル完成のときに、現在の[9A]号系統が登場したものと考えられるのですが・・・

そうだとすると、上新庄駅に京阪バスが発着していたのは、約1年半ということですね。
大阪についてまで、例えば新聞の地方版を見る、市の広報を遡る、古い地図を見るなど、大津管内並みの調査をすることはとても無理ですが、気には留めておきます。N-3899さんの方で先に何か発見をされましたら、またお知らせ頂けると嬉しいです。
2011/05/28(土) 00:07:02 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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