青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
前回の続きです。極楽橋までやってきました。もう一度地図をUPします。

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ちょうど向こうからバスが来ました。一方向循環なので、ここに来るバスは現在すべて大石小学校行きです。

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何ならここが「桜谷中央」でもいいくらいに見えますが、近くにある、信楽川を渡る小さな橋↓の名前を使っているところが、安易に「東西南北」や「中央」「上中下」をつけて区別するような駅やバス停と違って好きです。

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橋の名前が書かれているのと反対のたもとには「竣工 昭和五十八年十月」の文字。28年前、開発が始まってすぐくらいでしょうか?それほど古い橋でないのに、「極楽」という渋めの名前は、どういう由来なのでしょう?

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極楽橋を渡ると、「人と自然と文化の街」…ありがちなコピーが。瀬田川グリーンハイツ???それは南郷二丁目じゃないのか?と思うのですが、開発業者が同じなので、瀬田川沿いに開発した住宅地はみんな「瀬田川グリーンハイツ」としているのでしょうか。

この道は国道422号線、かつてJR(国鉄)バスが信楽との間を行き来していた他、少なくとも1972(昭和47)年の段階では、関ノ津峠(地図の上方に伸びる緑色の道)を越えた帝産バスが、ここを通って小田原まで走っていたこともはっきりしています。現在は信楽高原バスが、JRバスをトレースするような形で京阪石山寺-信楽駅間を走っています。

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写真は撮り損なって、持っていませんが、京阪バスには、なぜか「極楽橋」という行き先表示があるのが非常に気になります。私が知っている限り「極楽橋」止まりの定期便は存在しません。開業当初はあったのでしょうか?JRや東京の都営バスによくある、非常用の表示とも思えません。

ここには、桜谷の中で唯一のスーパーマーケット「スーパーフレンド大石店」があります。コンビニもないパークタウン内では貴重な店です。

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平和堂の小型店舗を「スーパーフレンド」と呼んでいて、南郷もこのタイプでしたが、最近、もう少しだけ大きめの「フレンドマート」に模様替えするところが多く、今も「スーパーフレンド」と呼んでいるのはここだけ。恐らく平和堂で最小規模の店だと思いますが、朝は平和堂一早く、9:00開店。平和堂の数ある店舗の中でも、ここの他、滋賀県で見る限り、彦根銀座や大津、中主くらいです。

桜公園↓が見えてくると、終点「桜公園東」。「桜公園」というバス停が他にあるわけでもないのに、わざわざ「東」とつけるのが不思議です。「桜公園」でもよさそうな気がします。

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終点とはいっても、一方向循環なので、引き続き、大石小学校に向けて、踵を返すことなく、続けて前進し、桜谷中央に戻って行きます。
因みに、ここはさりげなく、京阪バス一般路線の最東端のバス停だったりします。逆に最西端は、地図で見る限り、現在は吹田の「田中町」なのでしょうか。


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極楽橋方向を望む↓

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因みに、2008(平成20)年10月31日までは、下の写真のように、今とは反対側(公園側でなく住宅街の側)にポールが立っていました。桜谷中央止まりのバスが、回送でここまでまっすぐに走って来て、ここから営業運転を行ったためです。桜公園東行きは、ポールと反対側に停まることになりますが、降車だけなので問題ない、ということなのでしょう。

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ここでぐっと鋭角に右折して…

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住宅街の中を桜谷中央に向かいます。

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大石中(おおいしなか)に続く高台から見た町並み。まさに「谷」であることが分かります。開発の良し悪しは別にして、昨年9月12日付の拙稿京阪バス最後のボンネットバス②で、1975(昭和50)年の鹿跳橋が写っていますが、背景の桜谷はほとんど民家がなく、今の様子との差に改めて驚かされます。

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ところで、そもそもなぜここが「桜谷」なのかずっと疑問に思っていました。
「○○台」「××ヶ丘」みたいな地名はたいてい、業者の開発名で、行政地名と食い違っていたりします。或いは行政地名が古臭いとか、「字」がついて田舎臭いとか、住民が苦情を言って、結局「住居表示制を施行する」ということで開発名に合わせてしまったり、ということもよく行われています。「桜谷」も、行政上は「大津市大石東」の四丁目と五丁目に当たり(平成10年までは大石東町)、別に行政上の地名ではないようです。調べてみましたが、小字でもありません。

やっぱり業者が適当につけたんだろうな、と思っていたら、大津市立図書館で意外な資料を見つけました。

吉田東伍著「増補 大日本地名辞書第二巻」(富山房 1979)のP665 【桜谷】の項

古名佐久奈度(さくなど)と曰(い)へり、大石村大字東村に在り、後世此(この)名は心見谷と混同し勢多川の谷の総名と為る、蓋(けだし)佐久奈度は今の鹿飛(ししとび)の瀬に基因す。與地志略(よちしりゃく)云、佐久那谷は京城大七瀬の一にして…(後略)



(漢字は全て原文のままです)

「與地志略」が、江戸時代の地誌書の「與地略」なのか、明治時代初期に評判だったやはり地誌書の「與地略」なのかよく分かりませんし、「心見谷」も調べてもよく分かりませんでしたが、いずれにしろ、佐久奈度、といえば、南郷・大石周辺の方ならピンとくる通り、大石小学校の斜向かいの「佐久奈度神社」です。

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佐久奈度神社の公式HPなどの情報も照らし合わせると、ここが、どうも「七瀬の祓」という、天皇家を災厄から守る朝廷の行事が行われた七つの瀬の1つで、「佐久那谷」とも呼ばれ、それが「桜谷」に転じた、ということのようです。いやあ、いい加減にイメージでつけられたのかと思っていましたが、ちゃんと由緒があるんですね。「佐久奈度」「桜谷」…ちょっと苦しいけど、似ていなくもなく、その関係性にもっと早く気付くべきでした(汗
詳しいことが知りたい方は、先述の佐久奈度神社の公式HPや、「桜谷 佐久奈度」などをキーワードに検索されると、いろいろ出てきます。

道路がつながっている大石中の方から帰りましたが、こちらも開発が進んでいます↓

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桜谷の道路は、今まで見て頂いてお分かりの通り、今年2月20日付拙稿見よこの狭さ!? 8号経路「千町バス」の写真発見!の上千町などのことを思えば十分な広さがあり、大型バスでも対応できそうです。便利になるということを考えれば、ゾーンバスでなく、桜谷や、大石中をぐるっと回る、石山駅から直通の路線があってもよさそうに見えますが、大型はまた、今の小型に比べればやはりそれなりに騒音もあり、自治会に賛否があるのかもしれません。

『世紀を越えて「この10年の歩み」』(京阪バス 2002)のP67には、大石小学校前にたたずむA-1794とE-3091の写真(これがまた1993年時点という想定の記事なのに、当時はまだ開通していない4E号経路の写真w)とともに、以下のような記事。

大津市南部は近年の人口の増加に伴うJR石山駅前の整備や、大石地区での都市開発など当社の営業エリアでも発展が期待できる地域のひとつである。



住民がどう考えているかが最終的には一番大事ですが、需要は待っていても増えないので、掘り起こせると、今のような閑散路線から、大きく発展して、16年目、17年目を迎えられるのではなかろうか、と感じます。
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