青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
7号系統様、曽束のバス停に関する詳しいコメント(驚きました)ありがとうございます。こういう情報が欲しかったんです!面白すぎます(^_-)

コメントだけでは画像が載せられないので、予定を変更して臨時の記事を急きょ作成させて頂きます。

今日の記事にもありますように、「きびしい隅」を作るべく???資料を整理していた時、昭和51年6月現在の京阪バスの路線図があったことを思い出して、確認しましたら、確かに、「曽束口」の次がいきなり「曽束」で、「曽束中」はありませんでした。

S51.6 石山団地~大石

初めてこの路線図を見た時は、気がつかなかったか、よくある誤植だろう、くらいに思っていたのですが、7号系統様の具体的な記述と照らし合わせ、やはり今の「曽束中」「曽束」だったことがはっきりしました。

ボンネットバスの引退については、拙稿で引用した1975(昭和50)年9月11日付の朝日新聞滋賀版などで写真付きで取り上げられていたので、誰にも知られずに廃車された他のあまたの車両のことを考えれば、破格の扱いでしょうけど、一般の利用者がどのくらい意識していたのかは、確かに微妙ですね。

その他にも、曽束系統について想い出や情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、メールやコメントを頂けると幸甚です。
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コメント
この記事へのコメント
恐れ入ります
つたない記憶での情報ですが
お役に立てば幸いです

しかしこの路線図、すごいですね
元地元民の私としては、「外畑ボート乗り場」のバス停名称が
非常に懐かしく思います。
2011/02/28(月) 22:54:27 | 7号系統 | #74M0PgTc[ 編集]
No title
私は、いろいろな文献で「外畑ボート乗場」というバス停名を見る度、「ボート乗場」は、「上千町(岩間口)」や、高槻営業所の「竹ノ内町(営業所前)」の、( )内のサブタイトルのようなものだと思っていましたが、古い小型幕のバスでも、律儀に「外畑ボート乗場」と詰めて書かれていたので、そうでもないらしいと知りました。
「大石小学校前」(合成音声化以後は「大石小学校」)でさえ、伝統的に「大石」の2文字で間に合わせているのに。

今手元の資料がすぐに探し出せないのですが、昭和51-52年に宇治川ラインの観光船が運行を終了した時点で、正式に「外畑」に変更されたのでしょうね。
2011/02/28(月) 23:32:04 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
外畑ボート乗り場
>昭和51-52年に宇治川ラインの観光船が運行を終了した時点で、正式に「外畑」に変更されたのでしょうね。

いえ、私の記憶とちょっと違います

外畑~天ヶ瀬ダムへのびわ湖汽船が廃止されたのは確かにその頃なのですが「外畑」と「外畑ボート乗り場」の
バス停位置は異なりました

ですので、この路線図を見て少し奇妙に感じたのです

「外畑ボート乗り場」はその名の通り宇治川ライン沿いの船着場近くでしたし、幼少の頃宇治川ラインの道路から少し川沿いへ降りたところにバスの旋回場がありバスが停車していたのを記憶しています

恐らく、現在京滋バイパスの南郷I.Cの入り口があるあたりがかつての「外畑ボート乗り場」で、京滋バイパスの入り口を作る際に、船着場の跡もろとも埋め立てられてしまったものと思っております。


ここからは推測なのですが、「外畑ボート乗り場」バス停が廃止された際に「大平」というバス停が「外畑」に改名したのではないでしょうか?
(このバス停名称に記憶がありませんし、現在存在しません)


これまた記憶違いなら申し訳ありませんが・・・。
2011/03/01(火) 00:11:19 | 7号系統 | #74M0PgTc[ 編集]
No title
なるほど、「大平」というバス停は、どうせ誤植だろう、と思って見過ごしていましたが、そういえば今の外畑の位置ですね。1964(昭和39)年の天ケ瀬ダム完成による、旧集落の水没・移転の頃の新聞記事を見ると、新集落の位置は、白州不動尊に近いせいか、「白州地区」と呼ばれているのですが、「大平」という小字があるのかどうか、調べてみます。

また、確かに、「外畑ボート乗場」バス停の位置は、今の京滋BP取り付け道路の出入口付近ですね。

この当時いた方なら何でもないことでも、後で調べようとしたら、何と大変なことなんでしょう!
2011/03/01(火) 00:19:52 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
石山外畑町字大平
こんにちは、その後、外畑に「大平」という小字があるか、「石山外畑町字大平」というキーワードで調べましたら、やはりあるようで、地価公示・地価調査マップhttp://chika.m47.jp/datat-13266.htmlで出てきました。現在の浄光寺前辺りのようです。昭和39年の天ケ瀬ダム工事完成による水没移転時の新聞記事ではもう一つの小字の「白砂」(しらす?)の方が前面に出ていましたが、バス停名は「大平」が採用されたようです。
知人に昭和48年の路線図を見せてもらったのですが、そこにも、外畑ボート乗り場とは別に「大平」というバス停が載っていたので、現在の「外畑」バス停は「大平」だったことはほぼ間違いないものと思われます。

7号系統様が書かれた通り、やはり観光船が廃止された時に、バス路線も短縮され「大平」をより分かりやすく、また石山団地の「大平」と間違えないように「外畑」と改めたということなのでしょう。
2011/03/06(日) 11:53:57 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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