青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
50年前の今日、1962(昭和37)年5月1日、湖南交通(翌年から帝産湖南交通)の信楽(しがらき)線が、石山駅を越えて京都方面に乗り入れを果たします。

著作権法の関係で、新聞記事は来年以降でないとそのままをUPできませんが、ポイントを簡単に引用するとともに、読者の方から頂いた写真や資料をUPさせて頂きます。

↓こちらは恐らく土日祝日のみ運転となるダイヤ改正の前の最後のダイヤ改正の時刻表ではなかろうかと思われます。

ssScan1638.jpg

そういえば、ある時から「河原町御池行き」でなく、「三条大橋東詰」行きになりましたね。今、京都バスの大原行きが着いているバス停に発着していたことが、上の図で分かります。
蹴上から仁王門通の平安神宮を経由していたのが特徴ですが、これは滋賀交通も共通しています。

開通式を伝える1962(昭和37)年5月2日付滋賀日日新聞には、花で飾られたバスとデカデカと「京都行き急行バス乗り場」と書かれた看板が写っていますが、これが今の信楽案内所なのでしょうか?

ダイヤは、
信楽発5:30、6:50、8:40、9:50、11:00、13:50、16:00、17:50
京都発7:35、9:00、10:00、11:55、14:05、15:45、18:00、20:40

朝がエラい早い、さすがだなあと思ったら、上の時刻表でも、京都行きではないものの、やはり一番バスは同じ5:30なので、そんな伝統が最近まで生きていたことに驚きました。

↓こちらはT.F.様が国道山科で撮影された信楽発河原町御池行きです。

帝産湖南 国道山科

中には下のように「(河原町御池)」と表示される車両もありました。こちらはるうパパ様が石山駅で撮影。

帝産旧塗装京都行き

末期には土日祝日のみ運行となりましたが、石山駅から三条京阪まで300円という驚きの安さで乗り換えもなかったことから、密かなファンもいたようです。

因みに、この1962(昭和37)年5月1日は、国鉄信楽線で初めてディーゼルカーが走り、本数も9往復に増発、うち6往復が草津直通となったということも大きく報じられており、信楽町が大きく活気づきました。

今や京都どころか、石山駅さえもほとんどのバスが乗り継がなければならなくなり、50年という月日の長さを改めて痛感します。

ssIMG_6435.jpg

末筆になりましたが、写真、資料をご提供頂いたお三方には改めて厚く御礼申し上げます。
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