青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
石山団地最終回です。
僅かですが、撮りためた写真をお届けしたいと思います。

↓以前は朝に1回だけ走る南郷中学校行きに、決まってB車が使われていました。もう私も長いこと見ていないのですが、ここ最近は中型車のようです。

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一度だけ乗ったことがあるのですが、驚いたことにその時は乗客のほとんど(と言っても数人ですが)が越境通学する南郷中学校の生徒で、本来の学区である石山中学校がある平津で降りる中学生がいるだろうと思っていたのに、誰もいませんでした。以前に比べると越境通学に関する規制が緩やかになり、石山学区からでも、南郷に行きたいと思えば簡単に通えるようです。

しかし、原則として越境通学ができなかったであろう、南郷中学校分離開校当初の1987(昭和62)年から運行されていて、一体もともとの設定目的が何であったのかよく分からない路線です。
更にその前は「平津」行きでした。

↓今となっては懐かしい、B-1905

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あまり動かなかった車ですが、何かふとした時に現れたものです。

↓A-3676

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3600番台などという車が最近まで普通に走っていたんですね。
後ろに写っているのは短期間で大津から姿を消したN-3879です。

↓こんな写真が残っていました。

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リアしか見当たらないのが残念ですが、でもリアはリアで必要な記録です。バスの写真というと、結構フロントの写真ばかりで、後ろの造作がどうだったか知りたい時困ることがあるのです。
こんなのを見ると、私もずいぶん長くこの商売をやってきたものだな、と思います。もう廃車が近いと思われて、手を入れられていなかったのか、汚い後ろ姿になってしまっていますね。

↓そして、めったに見られないB-1939の運用と…

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↓B-1230、B-1939の夢のコラボ???

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土曜日の日中にB車2台が石山方面で動くというのは、非常に稀なことだと思われます。

↓W-1999も、いなくなってしまいましたね。

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今思えば大津初のLED表示車両という歴史的な車両であり、もったいないことです。

↓こちらは、B-3969です。

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こんなのはまあ一般路線に使わないだろう、と導入当初は思っていましたが、数年前はかなりの頻度で見られました。一時一般路線の定期運用がほぼなくなった様子でしたが、最近土曜休日ダイヤの南中系統に現れることがしばしばで、千寿の郷に立ち寄ることもあるようです。

たくさんの古い写真をご提供下さっている、T.F.様も、1号経路としての写真は、私が知る限りお持ちではないようです。

ただ、浜大津で撮影された25号経路(石山団地-石山駅-湖岸道路-浜大津)の写真がありましたのでUPさせて頂きます。

↓エアロスターK A-1728です。

滋賀22き76

↓そしてこちらは、以前も貴重な資料をご提供下さった、HAL様に撮影させて頂いた時刻表

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手元の『京阪時刻表』などを調べた結果、1982(昭和57)年頃の松原のものであるらしいことが分かりました。
保存状態が悪く、平日の南郷・大石方面が失われてしまっているのが残念ですが、それでももう、これ以上のものはそうなかなか出てこないと思います。

石山団地の20分ヘッドは大津営業所が国分の現在地に移転する1993(平成5)年頃まで続いたと思います。
16時台以降になると急激に本数が増え、10分間隔になるのも記憶通りです。

↓これは更に古い時代のバス停掲示用とみられる運賃表です。

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調べてみると1区90円という運賃は、1977(昭和52)年10月7日から1980(昭和55)年9月30日まで約3年間適用されていました。
この当時は1~2年ごとに運賃改定があったので、この3年というのは比較的長い方です。

この時点ではまだ国分町回りの石山団地行きがあったことが分かります。現在の31号経路は1993(平成5)年6月20日の大津営業所移転時にできた路線であり、それとは歴史的に連続していません。

滋賀里から大石小学校・内畑までのいわば「メインライン」にも石山団地の表記はありますが、それだけでは分かりにくいと思われたのか、「国鉄石山駅~石山団地間」として別立てでも書かれています。

この当時は南郷中学校系統はもちろん、大津比叡平線もまだ貸切で一般路線にはなっていませんから、宇治川ライン線、大津比叡山線、京津国道線、曽束方面などを別にすると、この運賃表で大津営業所管内のほとんど全てが賄えるというすごい代物です。
古いタイプのポールは細かったので、これを打ち付けていたのでしょう。

約1か月の石山団地の特集は今回で終了します。

次回からはまた京津国道線に戻りたいと思いますので、ご興味がおありの方は、今後とも宜しくお願いします。
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