青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
一昨日の拙稿「完全撤去間近?東レ滋賀事業場専用線」でのお約束通り、東レ専用線を通る列車の写真を掲載させて頂きます。kugai様のHP Kugai'sより、専用線部会斗争@石山 & 守山掲載の写真の転載をご許可頂きました。

img004.jpg

子どものころから、親の車や、国道経由のバスに乗って通る度に、この様子を見たい見たいと思って20ン年。毎日通っている、京阪バスや近江バスの運転手さんでも、多分、この踏切で止まった人はそういないのではないかと思います。ちゃんと、列車が走っていたんですね。感慨深いです。やっと念願がかないました。
一昨日の記事に掲載した小屋には、赤い旗を持った旗手がいます。私が知る限り、ずっと青の踏切信号機も赤になっています。

滋賀県は、全国屈指の人口増加率で、東京や大阪ほどのスピードではないでしょうけど、確実に街並みが変わっていっています。懐古趣味みたいだけど、でも、二度とない瞬間を記録し続けないと、気がついた時には、失われたものを思い出す縁(よすが)すらなくなってしまいそう…。その点で、この写真は大変貴重なものだろうと思います。

Kugai様にご協力頂いた後、更に、別のサイト様にも写真が掲載されているのを見つけ、リンクのご承諾を頂きました。

声高秀史様の別冊・鉄道雑画帳内の「別冊・鉄道雑画帳:専用線スイッチャー(石山)」に、今まさに東レの敷地内から、国道の踏切に出ようとする、貨物入れ替え専用スイッチャーの写真があります。参考文献も詳しく書かれているので、そちらもぜひ見てみたい、と思いました。

専用線と言えば、石山にはNECの専用線もありますので、これもおいおい取り上げる予定です。

末筆になりましたが、快くご協力下さいましたKugai様、声高秀史様、ありがとうございました。
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コメント
この記事へのコメント
ありがとうございます。
貴重な画像を掲載頂きましてありがとうございます。

本当にあの国道を列車が走っていたんですね。あそこを。。こんな風に。。 見た事のない光景になんだかわくわくしてしまいます。
う~ん。。 見たかった。。

もしかしたら見ていたのかもしれない。
子供の頃、一時期父が拾ってきたスバルを修理して(今じゃ考えられないほど車って単純なつくりだったのでしょう) 浜大津の家から千町の祖母宅まで何度か車で往復していた時期がありました。
粟津の陸橋の形が好きでそればかり楽しみにしていたけれど、あの頃もしかしたら、走っていたのかも。。 父は車を停車させていたのかも。。
なんて思うと。。 タイムスリップしたくなってしまいます。

本当にありがとうございました。
2011/02/08(火) 22:28:35 | yume | #/eG2YYas[ 編集]
No title
おはようございます。
「拾ってきたスバル」???もう時効でしょうけど、一応「拾得物横領罪」?(爆)。でも、拾得物というにはあまりに大きいし、車は、修理するとか物理的なことだけでなく、いろいろ手続きも要りそうですし、どうされていたのか不思議ですね。

あの踏切を列車が通るのは、どうも私たちが思っているほど、ものすごいレアということではなかったようです。ある程度規則性はあったようです。そう聞くと、なおのこと見ておけなくて残念だったなと思います。今のようにネットが普及していると、そうした情報も簡単に手に入ったのかもしれませんが、普及する直前の時代ですからね。
2011/02/11(金) 09:58:46 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
No title
Kugai様

こんにちは。今回はご協力ありがとうございます。
トラックバックの何たるかがいくら説明を見てもよく分からないんですが、なんしかありがとうございますm(__)m

確かにネットでいろいろ調べたんですが、あの踏切の写真はほとんどありません。残念ながら、どこのサイトさんもなくなると分かってからの取材がほとんどのようですね。

あとは、同時に引用させて頂いた声高秀史様のサイトと、そこで紹介されている参考文献を見てみたいと思っております。
2011/02/11(金) 11:30:22 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
多分貰ってきた(笑)
父は某電力会社の「車両担当事務」とやらをやっていましたから、きっと貰ってきたんでしょう(笑)
大げさに面白い事言うのが好きな父でしたから「へーかましてきたった」(爆)とか言っていたように思いますが、多分廃車寸前のものをなんとか家まで運転して持ってきて。。 庭でなんやら。。ずっとごそごそしてましたから修理してたんでしょうねぇ。
そんな車に乗っていたなんてのも怖い話ですが。。あれも2.3年の命。千町の母の実家で動かなくなりその日からまたバスと電車でしたね。。

庭の大きな石に車の座席部分をはずしたものを、もたれさせて、ベンチ変わりにしてたりもしました。。
2011/02/13(日) 16:38:56 | yume | #/eG2YYas[ 編集]
No title
yume様、レスが遅くなり、申し訳ありません。

昔は昔で、ゾッとするような怖い事件や事故もあって、単純に「古き良き時代」とは言えないと私は思っていますが、でも、やはり今と違うのどかさはありそうですね。

車を家で修理するなどということも、よほど好きなひとでなければ、今はなかなかないですね。
2011/02/18(金) 23:44:44 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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問い合わせがあったのでフィルムからスキャン。 16年も前ですなぁ。。。 国道1号を止めている写真って、ネットにはあんまりないんですかね。
2011/02/08(火) 20:01:07 | Kugai's 自由帳