青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
東レ北門前 とうれきたもんまえ
所在地:(石山駅方面)大津市別保二丁目 (浜大津方面)大津市園山一丁目
開設年月日:不明
付近:東レ滋賀事業所北門
キロ程:石山駅から0.7キロ




旧大津市内線の東レ前でも触れた、国立公文書館所蔵の、1954(昭和29)年10月3日付の「滋賀県大津市関清水町27番地-滋賀県大津市膳所別保町字林崎206-2番地」の5.1キロ区間の路線延長申請書類の添付図面です↓

東レ前

その時も書きましたが、国道を渡っている橋のようなものは、何と東レ北門前バス停の真上のこの歩道橋のことです↓

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↓もちろん補修は繰り返されているのだと思いますが、かなり錆びています。

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国や自治体が管理しているならあるはずの銘板がなく、北側は東レの駐車場の中に下りるような格好なので、東レが設置したのだろうと思われます。
日中は人気(ひとけ)がありませんが、朝は結構渡っているひとを見ます。

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1971(昭和46)年版の住宅地図には○しか書かれていないので、あまりあてにはなりませんが、一応、北門食堂の前に東レ北門前のバス停が書かれていましたので、バス停の位置はほぼ変わっていないのだろうと思います。北門食堂が既にこの時点で存在したんですね。

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北門食堂。80年代から90年代は、言ったら悪いけどもっと汚くて、店の前の商品見本も、なかったり、色あせたりで、その時点でも、もうとっくに廃業しているような雰囲気でした。しかし、実際は2011(平成23)年の4月まで約40年間営業していたそうです。昼時に通ったことがないので、ひとの出入りに気付かなかったのでしょう。

↓石山駅方面全景。

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旧大津市内線は石山駅から走ってくると、左手に見える分かれ道に入って行きました。そのあたりにかつては踏切がありました。これについては、2011(平成23)年2月8日付拙稿1995(平成7)年2月8日 東レ専用線の踏切を列車が通る!、同年3月7日付拙稿道路標識だけに残る、バス路線の「亡霊」をご覧下さい。

↓東レ北門西側、フェンスの前にあるのは、浜大津方面のバス停です。

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ところで、東レ北門前の西、上別保に向かう途中の東レの敷地の北西の端のこの位置に、1971(昭和46)年版の住宅地図にだけ「北見張」というバス停が書かれていました。
どちらかというと道路の北寄りに書かれていたので、北側に書き込みましたが、この古いビルの前あたりです。

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今なら交差点に近すぎて、とても許可が出ない位置だと思います。



私が知る限り、京阪バスの路線図や各種の都市地図にはこのようなバス停は存在しません。帝産バスかな、と思ったりします。
「見張」っていうネーミングもすごいですね。

こういう、もう誰もが忘れてしまったような名もないバス停、埋もれた歴史を掘り返して、何になるのかと思いながら、でもそれを追求せずにいられない、困った性分です。

次は、上別保です。
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