青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
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日ノ岡 ひのおか
所在地:(四条大宮・京都駅方面)京都市山科区御陵岡ノ西町 (浜大津方面)京都市山科区日ノ岡堤谷町
開設年月日:
付近:ミネルヴァ書房本社 京都市日ノ岡地域包括支援センター (現在ないもの)京阪京津線日ノ岡駅 比叡山ホテル(京阪国際ホテル)日ノ岡寮
キロ程:御陵から0.5キロ




東海道の山科の出入口にあたります。三方を山に囲まれて、東の方だけが開けて朝日が差し込む地であることから、「日ノ岡」と呼ばれるようになったということです。
九条山に向かって登る坂は、「平家物語」では「松坂」と呼ばれていて、急勾配の難所として知られました。
江戸中期の改修と、明治10年の京都府による切り下げ工事で、勾配がだいぶ緩くなり、更に1933(昭和8)年の改良工事で今の形に近づいたということです。

↓西行のバス停を西向きに撮影しています。

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既に上り調子ですが、これでもだいぶ緩くなったのでしょう。

↓西行のバス停に、17号経路F-3029がやってきました。

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1984(昭和59)年頃から現在の場所にあるようです。

↓17号経路が出てくる大石道の角にあるこの花壇は、もともと日ノ岡駅の「駅舎」で、自動販売機やベンチが並ぶ待合所でした。

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ネットで「日ノ岡駅」をキーワードにして画像検索すると、京津線があった当時の様子が分かります。

特に西行きのポールは小刻みによく動いていた様子で、1978(昭和53)年版と1979(昭和54)年版の住宅地図では現在のバス停より西寄りのこの中華料理店の前辺りにありました。その当時は牛乳販売店だったようです。

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「アイシャルリターン」…マッカーサーのことばとして有名ですが、それを基にしているのでしょうか。

"shall"……出てくると嫌な単語の1つです。どちらかというとイギリスっぽいイメージですね。普通willでしょう。
英和辞典を開くとイギリスではこうでアメリカではこうで、こんな場合はwillでとかややこしいことが書かれていて、見るのも嫌だ!と思って師匠に聞いたら、もはや申し出の"Shall I~ ?"、勧誘の"Shall we~?"以外はほとんど使わないから"will"で十分、と言われてホッと一安心したのを思い出しました。でもシャーロック・ホームズとか読む時は分かっておかないといけないのかな…。

奥の方に現在のバス停が見えます。

↓西向きに撮影しています。

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日ノ岡と言えば「ミネルヴァ書房」です。
上の写真で右手に移る煉瓦の目立つ建物はミネルヴァ書房です。
心理・教育関係の本を多数出版している会社として有名です。出版関係の会社というのは圧倒的に東京に多いものですが、その中にあって、京都を代表する出版社の1つです。

先ほどの1978-1979年頃のバス停位置を書き込んだ写真より更に以前、1967-1976年版の住宅地図ではもっと東、今のバス停に近い位置でした。
逆に、1982年版の住宅地図上では一番西寄りにポールのマークが描かれていました。

東から見ると、順に、以下のようになります↓

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↓道の反対側からだと、1枚に収まり切りませんでした。右が1978-1979年にかけての住宅地図で確認できる位置、左が1967-1976年版で確認できる位置です。

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↓そして一番西の1982年版で確認できる位置

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逆に浜大津方面のバス停は1971(昭和46年)の時点では少なくとも現在の位置にありましたが、1967(昭和42)年~1969(昭和44)年の段階では現在の西行きのバス停より更に浜大津寄り、もっと旧日ノ岡駅、日ノ岡交差点に近い位置にあり、それ以外目立った動きはありません。

尚、これより古い住宅地図では位置がはっきりしません。

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1997(平成9)年10月までは、ここに立っていると、画面左手の方から京津線が走ってきたはずです。私はめったに京津線に乗ることがなく、走っていた当時のことをはっきり思い出すことができなくて、残念です。ただ、今もyou tubeにたくさんの動画がUPされていて、走っていた当時の様子がよく分かります。


↓現在の東行きのバス停の真ん前にある建物も、ミネルヴァ書房関係の建物です。

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↓これが先述の、1967(昭和42)年時点での東行きの日ノ岡バス停の位置です。

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車の向こうに、見える「大石道」の標識の後ろが、先述の日ノ岡駅跡です。

次回も日ノ岡の話題を続けます。
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