青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
栗東の競走馬トレーニングセンターは知っていても、草津に競馬場があったことを知っているひとはそれほど多くないと思います。しかし、ネットで「草津競馬場」と検索すると結構いろいろ出てきます。

今の草津駅西口A-SQAREが跡地で、1931(昭和6)年に開設、1951(昭和26)年に休止、1954(昭和29)年に廃止され、その跡は綾羽紡績株式会社の工場となったそうです。
A-SQAREが綾羽の工場跡地であることを知っているひとや、リアルにその工場を記憶しているひとはまだまだ結構多いと思うのですが、さすがにその前まで知っているひとは少ないことでしょう。

まして、そこに、62年前の今日、1948(昭和23)年12月21日、京阪バスの臨時バスが走っていたことなど、誰が想像しましょう?

1948(昭和23)年12月16日付京都新聞滋賀版↓
S23.12.16京都新聞滋賀版

昭和23年というと、太宰治が情死したり、帝銀事件が起きたりした年ですが、まだまだ貧しい時代で、競馬を落ち着いて楽しむ余裕なんてあったのかな、と思ったりしますし、本文中にもある通り、列車事情もよくないのですが、臨時バス運行で、相当の人出を見込んでいる様子です。

「近鉄バス」はもちろん、近江鉄道なんですが、これが石山駅前から15分間隔とあり、京阪バスはどこからどの程度増発なのか、よく分かりません。いずれにしろ、京都八日市線の開通もまだ十数年先であるこの当時、草津で京阪バス、というのは、珍しかったのではないかと思われます。

休止3年前、草津競馬場、最後の輝きだったのかもしれません。
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