青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
43年前の一昨日、1967(昭和42)年8月18日 京阪バス「びわこホテル」行きが誕生しました。

琵琶湖ホテルが現在の浜大津に移転(1998年)する前、柳ヶ崎にあった時は、時期により多少変動がありますが、遠く、四条大宮や大石小学校・石山団地からも、ごく普通にみられた行き先で、記憶されている方も多いと思います。同じ京阪系の会社という条件も良かったのか、後には旧西大津駅にも負けない、市北部のちょっとした操車場のようになっていたようです。

これは「京阪バス50年史」の記述と、滋賀日日新聞の記事がぴったり一致…と思ったら、滋賀日日新聞は8月16日付なのに、石山駅行きのバスの前で京阪バスの専務とびわ湖ホテルの専務がテープカットをする様子を撮った写真が…。2日後の開通式の写真がなぜ撮れるのか?と思って調べ直したら、なんと、開通を伝える記事を含む紙面の日付だけが、「8月16日」と誤植されていて、実際は開通翌日の8月19日付だったのです。
そんなことあるかよ?と思われる方は是非滋賀県立図書館や、大津市立図書館でご確認下さい。私が知る限り、こうしたケースはこの一件だけですが、こんなこともあるので調査は油断なりません。

記事に写っているバスは「2 国鉄石山駅」の表示を出しています。社史の年表によれば、京阪バスで経路番号が誕生したのは1974(昭和49)年の香里団地支所が最初のはずなのです。その7年も前なのに、この「2」は何なのでしょう?他の昭和49年以前の新聞記事でも、1号線、2号線と書かれていることがあるので、また別途取り上げます。

旧琵琶湖ホテルは、現在、昭和9年に建てられた当時の建物を復元して、「びわ湖大津館」として生まれ変わっています。

びわこ大津館 

バスが乗り入れていた時期を見たことがなく、手元にバスが乗り入れていた時の資料が見当たらないのですが、確か、建物の向かって右側がバス停だったと思います。


 びわこ大津館玄関前

玄関前を確かめても、もはやバス停のポールや、乗場があった痕跡はまったくなく、石畳が続くばかり…。びわ湖大津館ができるときに、この辺りもすべて改修されたのでしょうか?

しかし、近所の同じような石畳の中、興味深いものを見つけました。

二本松住宅前西行

びわこホテルから見て西に3つ目、近江神宮前の1つ東にあった、「二本松住宅前」の西行きのバス停の跡。
この「二本松住宅前」と「二本松」のバス停については、西行、東行それぞれ計4カ所、同様の痕跡がありました。

埋め込むため、廃線や移転があっても痕跡が残ることが多いという阪急バスに比べ、京阪バスは意外にこういう跡が少ないのではないかと思います。

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コメント
この記事へのコメント
石山団地~びわこホテル
2歳の時、1970年に石山団地へ引っ越してきた私が物心ついた時はびわこホテル行きだけでなく滋賀里行きも普通に走っていました。
湖岸経由びわこホテル行きに乗って西武百貨店、浜大津、市役所などよく行きましたが、終点びわこホテルには一度も行ったことがありません。一度行ってみたかったのですがねえ。
用事もないのに行くもんやない!と親に言われたことがあります。それだけ格のあるホテルだったのです。
京阪バスの大津営業所管区内に系統番号が導入されたとき石山団地~びわこホテルは21系統、浜大津は25だったと思います。
石山団地から石山駅以北へ向かう系統は湖岸経由、大石、外畑から石山以北へは国道経由と決まっていました。浜大津~大石は20系統、外畑~浜大津~四条大宮は46系統だった思います。
滋賀里、西大津駅へ向かう系統は番号が導入された時は整理されてなかったとはずです。
滋賀里へはバスか京阪電車か忘れましたが降り立ったとき何もなかったので茫然とした記憶があります。
「思います」ばかりでもうしわけありません。
ではでは。
2010/08/23(月) 00:41:16 | K2 | #zHAUYs2U[ 編集]
コメントありがとうございます。
記念すべき初コメントありがとうございますm(__)m今後とも宜しくお願いします。
私は逆に滋賀里は記憶になくて、「唐崎駅行き」なんです。今思うと、少し道が広くなっているので、あそこでターンしていたのでしょうか。
琵琶湖ホテルが、「格のあるホテル」であることは確かでしょうね。もともと外国人観光客の誘致を目的としており、ヘレン・ケラーなどの超有名人も宿泊し、また、昭和天皇・皇后両陛下もご宿泊されているので、今以上に「畏れ多い」雰囲気があったかもしれませんね。
系統番号の21、25は私の記憶や手元の資料通りですが、浜大津-大石は26ではなく、20ですか?あと、「系統番号が導入されたとき」がいつなのかよく分からなくて困っています。

大石からは国道経由、石山団地からは湖岸経由というのも、長く続く「伝統」のようで、やっとその法則が崩れたと思ったら、数年で石山駅をまたぐ路線のほとんど全てが廃止ですから残念です。

外畑-四条大宮!信じられませんが、確かに国鉄の時刻表にも載っていますね。少なくとも昭和51年ころまではあったようです。今の南郷辺りの住民に、ここから四条大宮までバスで乗り換えなしで行けたんですよ、といっても、誰も信じないでしょうね。46ということは、京津国道線の延長運転という扱いでしょうか?
ああ気になる(爆)。

近いうちに、手持ちの路線図とか、いろいろ小出しにしようと思いますので、またお楽しみにご覧下さいませ。
2010/08/23(月) 23:56:59 | 喜撰猿丸 | #q1yVCC8M[ 編集]
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