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青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
1988(昭和63)年4月10日、正に鳴り物入りで瀬戸大橋が開通してから早30年。
一度は渡りたいと思いながら、私が初めて渡ったのは何と一昨年でした。北海道は何度も行った私も四国はその時が初めてでした。

一方で貴重な画像を提供して下さっているまんたろう様はさすが、開通から僅か3年後の1991(平成3)年3月18日に瀬戸大橋を渡っていらっしゃいます。その時に撮影された岡山、坂出などの貴重な写真がありますので、ちょうど30年目のこの機会に取り上げたいと思います。

↓まずは瀬戸大橋線を代表する列車 快速マリンライナーです。

Scan1362.jpg

現在は223系(JR四国は5000系)が使用されるのが基本ですが、当時は213系で、先頭は展望用の特別車両でした。「クロ212」という型式だということなので、グリーン車扱いです。

↓現在、瀬戸大橋を渡る特急料金の要らない列車の大半は日中1時間2往復の快速「マリンライナー」ですが、僅かに全区間で各駅に止まりながら本四を行き来する普通列車もあります。この当時は今よりそういう普通列車の本数が多かったようです。

Scan1363.jpg

113系や115系が瀬戸大橋を渡るというイメージがありませんが、別に地下線ではないので渡ること自体は問題ないようです。

一瞬4番線かと思いましたが、停止位置か何かの標識のようで、奥に「西11」と書かれています。駅改良前は主に瀬戸大橋線の普通や快速が使っていた乗場であり、わざわざ「こんぴら」というヘッドマークを掲出しているので、これから四国に渡るところなのでしょう。

↓特急しおかぜ

Scan1361.jpg

2000系気動車のようです。当時は四国で電化されているのは瀬戸大橋線から高松にかけてと、松山を中心とする愛媛県の一部だけで、瀬戸大橋線と愛媛県の電化区間との間は非電化のまま残っていたため、松山方面に向かう特急は全てディーゼルカーでした。

↓瀬戸大橋を渡ります。

Scan1354.jpg

撮りたくなりますが動いているし、鉄骨はあるしでなかなか難しいです。

↓坂出の工業地域が眼下に見えるともう四国です。岡山県側に、鷲羽山らしき山がうっすら見えます。

坂出‐児島2

↓坂出駅到着です。

坂出2

分割民営化から4年に届かないくらいの時期なので、駅名表も造られたのは新しそうではありますが国鉄の雰囲気です。

↓121系

坂出

私はてっきりJRが発足してから開発されたのかと思っていたら、国鉄時代末期に瀬戸大橋の開通準備で一足早く電化された香川県内で運用されるために作成された車両なのだそうです。いわば国鉄の置き土産です。

↓特急しまんと

Scan1356.jpg

キハ185系のようです。高知県から来る特急で、瀬戸大橋を渡るのは「南風」で、「しまんと」は高松発着ですから、この写真だけで四国に渡っているのだということが分かります。

↓マリンライナー到着 後ろ姿です。

Scan1355.jpg

↓こちらは私が一昨年取った下手くそな写真です。

DSC_1138.jpg

DSC_1140.jpg

岡山駅かと思ったら、時間帯やほかの写真との撮影順序などを確認するとどうも高松駅のようです。

121系は7200系として健在です。一方223系は瀬戸大橋開通当初は影も形もありませんでした。
関西以東から見た時には明石海峡大橋や大鳴門橋の方が四国に到達するまでの距離が短くて済むことや、尾道という全国的に有名な観光地を入口に控えたしまなみ海道を自転車で渡ったりすることに注目が集まり、ここ最近は瀬戸大橋の影が薄くなりがちでした。
でも、何といっても鉄道で渡れるというのが瀬戸大橋だけの特徴です。30年目の瀬戸大橋、また渡ってみたいものです。
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