青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
57年前の今日、1953(昭和28)年12月30日、京阪バス大津市内線が運転を開始します。
いち早くこのニュースを取り上げたのは、同年3月9日付の滋賀新聞↓

S28.3.9S 京阪バス大津の山手と湖岸を8の字にb

注目すべきは「ワンマンカー」の文字。日本のワンマンバスは、1951(昭和26)年の、大阪市交通局が始まりとされており、その影響を受けたものと考えられます。
しかし、実現はしなかったのか、12月の開通直前の各紙を見ても、そのような記述はありません。

同年12月29日付朝日新聞滋賀版↓

S28.12.29A

同年12月29日付滋賀新聞↓

S28.12.29S 大津市内線運行開始b2

同年12月17日付滋賀新聞↓

S28.12.17S 大津市内線運行開始b (2)

同年12月26日付読売新聞↓

S28.12.26Y 大津市内線運行開始b

滋賀新聞は、さすが地元紙だけに、ダイヤも載せて、詳しいです。
8の字、と書いていますし、3月9日付の滋賀新聞を見る限りは、そのつもりだったのでしょうが、結局は膳所の旧市街を通って、三井寺と石山寺を結ぶということになったようです。膳所駅前など、今となってはバスが走るなど、考えられないようなところを、路線が通っています。
因みに、この路線が開通するまで、石山方面のエリアと、京津国道線などとがつながっていなかったのか?と疑問に思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、今の国道1号線経由に当たるバス路線は既にあったので、それを介して、浜大津方面と、外畑方面が一応途切れずにつながっていたようです。
「大津市内線」という表現は、要するに、旧市街を通る、ということのようです。

旧町名ですし、市役所も今と違って、浜町にあったりで、今のどこを通るのか、というのはかなり分かりにくいのですが、膳所の旧市街をだいぶ前に「取材」ました。まだ十分ではないので来年も補う予定です。

石山に住んでいながら、隣町の膳所は、私の頭の中では全くの空白地帯で、全然どんなところか知らず、枚方市駅や寝屋川市駅はイメージできるのに、膳所本町駅はイメージできないという、大津市民として「不届き者」なのですが、この「取材」を通して、道路がいかに狭く、苦しい道のりだったかが分かりました。そして、そのことが後々様々な問題を引き起こし、新聞をにぎわすのですが、それはおいおい取り上げて行きます。
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