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青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
夢見ヶ丘 ゆめみがおか
所在地:(延暦寺バスセンター方面)大津市山中町 (田ノ谷峠方面)大津市滋賀里町甲
開設年月日:1976(昭和51)年7月20日?
付近:夢見ヶ丘展望台(スーパースライダー サイクルモノレール等)
キロ程:田ノ谷峠から2.4キロ


久しぶりに比叡山線の話題に戻ります。



「夢見ヶ丘」で検索すると、真っ先にヒットするのはこの比叡山の夢見ヶ丘ですが、数としてはどうもB'z「夢見が丘」の方が多そうです。きっと全国的には「夢見が丘」と言えば、「B'z!!」という返事が返って来て、何なら歌いだすひともいるのでしょう。

↓ピアノアレンジがYouTubeにupされていました。



あと、もっと新しい曲は2012年5月発表の「the Rootless」というロックバンドの「夢見ヶ丘」。「明治エッセル スーパーカップ」のCMソングだったそうですが、よく分かりません(汗 。

B'zについては、「まずは英語で作詞する」とか言いながら、"alone"のバックコーラスの英語が、"We've all alone."(私たちは「全ての孤独な」を持つ??? 一般動詞のhaveは’veにしない aloneは「孤独」ではなく「孤独な」)とか、私でも分かるくらい救いようのない間違い方をしているなあ、ということ以外にあまり興味を持ったこともなかったのですが、この曲は失礼な言い方ながら、思っていたよりよくて、繰り返し聴きつつこの記事を書いています。

もちろん、比叡山の夢見が丘とは何の関係もありません。因みに鹿児島県と宮崎県の県境、霧島神宮の近くに、同名のレストランがあるようで、そちらも数多くヒットしました。

[夢見ヶ丘【京都比叡山線・大津比叡山線60周年記念特集11】]の続きを読む
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南谷口 みなみだにぐち
所在地:(石山団地方面)大津市石山寺四丁目 (石山駅方面)大津市大平一丁目
開設年月日:1993(平成5)年6月20日
付近:滋賀刑務所 大津少年鑑別所 
キロ程:




もともとは旧4号経路(石山駅-国分町-石山団地)の「大平山」というバス停がほぼこの位置にあったようです。「大平山」は単に山の名前というだけでなく、旧町名である石山寺辺町の中の小字でした(『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』P1053)

では、「南谷」とは何かですが、これも小字のようで、『大平山のあゆみ』に引用されている「石山寺円乗院所蔵大地図所載地名表」に記載があります。「谷口」の南ではなく、「南谷」の入り口という意味です。
[南谷口【大津営業所移転25周年 4】]の続きを読む
大津車庫 おおつしゃこ
所在地:(石山駅方面・石山団地方面)大津市石山寺四丁目 (車庫前降り場)大津市国分二丁目
開設年月日:1993(平成5)年6月20日
付近:京阪バス大津営業所(江若交通大津支所) ヤサカ観光自動車滋賀営業所 コープしが中央大津センター
キロ程:仏神寺から0.5キロ




言わずと知れた大津営業所の最寄バス停です。
大津市民病院の前から移転して、今日で早くも25周年。当時を知っている現役の運転手さんはもういないのでしょうか。
私は市民病院の前に行くと、まだバス車庫があるような気がして仕方ありません。当時の写真をご覧になりたい方は、リンクさせて頂いている『京阪バス情報局』をご覧下さい。
大津営業所は、「約30年ごとに移転する法則」があるので、あと10年するかしないかで、また移転話が持ち上がるかもしれません(???)。

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↓たまに車庫の隅に廃車が留め置かれていることがあります。これはもうかれこれ10年以上前、A-1792だったと思います。

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[大津車庫 【大津営業所移転25周年 3】]の続きを読む
仏神寺 ぶっしんじ
所在地:大津市国分一丁目
開設年月日:1993(平成5)年6月20日
付近:救願不動尊仏神寺
キロ程:国分一丁目から0.3キロ




国分の住宅街の南の外れに当たります。私もそう滅多に国分方面のバスになど乗らないのですが、その乗った数回でも大抵乗降客があるので、意外に需要があるようです。

ここは、次の国分一丁目バス停よりも、国分団地系統の「国分町」の方が近い位置にあり、このバス停が便利な民家の多くが国分町のバス停との間にあるため、時間帯によって両者を使い分けているひとも多いのではないかと思います。

バス停名の由来となっているのは、石山団地方面のポールのすぐそばに見える「仏神寺」です↓

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国分は一丁目と二丁目に分かれているのですが、一丁目は一つ北のバス停名で、ここは二丁目の範囲には入らないし、何というバス停名をつけたものかと考えて、このお寺の名前にしようと考えられたのでしょう。

大津車庫方面を望むと、ここから急な下り勾配となっているのが分かります。

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[仏神寺【大津営業所移転25周年 2】]の続きを読む
2016(平成28)年6月1日付拙稿石山団地50周年で、「現在の31号経路の石山高校前-石山団地口間は、開通の経緯が異なるので別途取り上げます。ご了承のほどお願い申し上げます」と書いて以来約2年経過してしまいました。この中途半端に残った区間、バス停にして4か所だけですが、全て大津営業所移転25周年の節目に誕生した、ということで取り上げていきたいと思います。

国分一丁目 こくぶいっちょうめ
所在地:大津市国分一丁目
開設年月日:1993(平成5)年6月20日
付近:
キロ程:石山高校前から0.3キロ



現在の大津車庫での営業が開始される前から、いわゆる「国分バイパス」の整備が進められ、石山高校前から仏神寺までがまっすぐに通り抜けられるようになったわけですが、その中の中心的なバス停が、この国分一丁目で、石山団地系統は、石山寺経由に対して、このバス停名から「国分一丁目経由」と旅客向け案内されるのが普通です。

しかし、地味なバス停で、私がこの辺りの地理に明るくないということもあり、正直なところ何を書いたものだろうかという感じです。

↓石山駅方面全景
[国分一丁目【大津営業所移転25周年 1】]の続きを読む
田ノ谷峠 たのたにとうげ
所在地:大津市山上町
開設年月日:1958(昭和33)年4月19日
付近:比叡山ドライブウェイ田の谷峠ゲート 大津市営放牧場・ふれあいのもり
キロ程:山中上から1.6キロ 展望台前から0.7キロ


奥比叡ドライブウェイがある現在でも、比叡山へのメインゲートはやはりここ田ノ谷峠でしょう。

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大津比叡平線としての「田ノ谷峠」バス停に関する記事は、2012(平成24)年12月11日付拙稿田ノ谷峠【大津比叡平線30周年記念特集7】をご覧下さい。

なお、ここで大津駅からやってきた大津比叡山線(比叡山縦走線)と合流しますので、これ以降横川(よかわ)までは大津比叡山線の記事を兼ねるものとします。

↓年季の入った標識

[田ノ谷峠【京都比叡山線・大津比叡山線60周年記念特集10】]の続きを読む
百万遍 ひゃくまんべん
所在地:(比叡平・比叡山方面)京都市左京区田中門前町
    (比叡平線三条京阪方面)京都市左京区吉田本町
    (比叡山線三条京阪方面)京都市左京区吉田泉殿町
開設年月日:?
付近:知恩寺(百万遍) 京都府警青雲寮 京都百万遍郵便局 百万遍保育園 京都大学百万遍門 京都大学総合博物館 京都大学総合体育館 京大西部会館ルネ 思文閣美術館 府営田中関田住宅
キロ程:京阪出町柳から0.6キロ 


京都比叡平線としての百万遍バス停については、その項に書きましたので、ここでは京都比叡山線としての百万遍バス停について書いていきたいと思います。

旧線の三条京阪・京都駅方面は、現在の京都比叡平線のポールに停車していたのかと思いきや、1987(昭和62)年版までの住宅地図には、京大百万遍門裏門(現在一般に「百万遍門」と呼ばれている入構口ではなく、もともと工学部の北にある門)の東にバス停があったように描かれています。

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1990(平成2)年版の住宅地図ではもうその記載がありませんが、1992(平成4)年現在の路線図では比叡山ホテル発着の56・57号経路以外、というと7号経路しかないのですが、そちらはもう出町柳経由の現在の経路になっているので、この段階になると、7号経路は現在57号経路が使用している百万遍交差点西側の乗場を使用していたのでしょう。比叡山ホテル発着の56・57号経路はこの時、現在の京都比叡平線と同じポールを使うようになり、百万遍交差点東側のこの乗場は不必要になったのでしょう。

[百万遍【京都比叡山線・大津比叡山線60周年記念特集9】]の続きを読む
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京阪出町柳 けいはんでまちやなぎ
所在地:京都市左京区田中下柳町
開設年月日:
付近:京阪出町柳駅 叡山電鉄出町柳駅 賀茂大橋 京都コンピュータ学院鴨川校 正定院 京都田中郵便局
キロ程:




出町柳とはまた風情がある駅名である反面、聞き慣れないよその地方のひとからすると、不思議な響きの地名だろうと思われます。「○○町」という言い方はいくらでもありますが、「町」の文字が中央に挟まるというのはあまりありません。

これは、鴨川の右岸を中心とする「出町」と、現在駅がある左岸側である「柳の辻」を合わせた地名です。「出町」は、大原から薪を売りに来た大原女(おはらめ)が最初に出くわす町、という意味だといいます。また大正時代までは、「柳の辻」というにふさわしい柳の大木が、駅前にあったのだそうです。(「出町に柳があるから『出町柳』?」『京都の不思議Ⅱ』黒田正子 P81 2003)。
[京阪出町柳【京都比叡山線・大津比叡山線60周年記念特集8】]の続きを読む