青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
四ノ宮 しのみや
所在地:山科区四ノ宮神田町
開設年月日:1928(昭和3)年3月14日設置、同26日営業開始(但し旧道上)
付近:京都市四ノ宮児童館・四ノ宮の家 四ノ宮さくら広場 山科警察署四ノ宮交番(旧山科検問派出所) 滋賀銀行四ノ宮支店 京阪四宮駅 京阪電鉄四宮車庫 志賀直哉旧居跡 (現在ないもの)京阪バス四ノ宮回転場
キロ程:緑ヶ丘から0.7キロ 音羽から0.6キロ


四ノ宮 【京津国道線9-1】を以て本記事に読み替えますのでご参照願います。

次は、山科駅 終点です。
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緑ヶ丘 みどりがおか
所在地:(三条京阪方面)大津市横木一丁目
    (浜大津方面)(1982年5月16日~現在)京都市山科区四ノ宮奈良野町 (1974年?~1978年?)大津市横木二丁目 (1979年頃?)大津市横木一丁目
開設年月日:1928(昭和3)年3月14日設置 同26日より「グラウンド前」として営業開始 改称年月日不明
        ※但し藤尾・小金塚系統の藤尾・小金塚方面用としては1982(昭和57)年5月16日
付近:西大津バイパス藤尾南ランプ 名神高速道路京都東インターチェンジ 上横木町自治会館 スーパーフレスコ四ノ宮店 藤尾市民センター(大津市役所藤尾支所・大津市立藤尾公民館) 藤尾市民運動広場 下横木児童遊園 上横木児童遊園 (現在ないもの)旧大津市役所藤尾支所 旧大津市立藤尾小学校・藤尾幼稚園 緑ヶ丘運動場 京阪緑ヶ丘運動場前駅 山科警察署検問派出所 大津市消防団藤尾支団


緑ヶ丘 【京津国道線8-1】を以て本記事に読み替えますので、ご参照願います。

次は、四ノ宮です。
藤尾小学校 ふじおしょうがっこう
所在地:大津市茶戸町
開設年月日:1980(昭和55)年5月11日
付近:大津市立藤尾小学校 藤尾市民センター(大津市役所藤尾支所・大津市立藤尾公民館) 藤尾市民運動広場
キロ程:稲葉台から0.2キロ


藤尾小学校【西大津バイパス線5】を以て本記事に読み替えますので、ご参照願います。

次は、緑ヶ丘です。
藤尾・小金塚 ふじおこがねづか
所在地:大津市藤尾奥町
開設年月日:不明
付近:西大津バイパス藤尾奥町ランプ 藤尾奥町自治会館
キロ程:皇子が丘公園から3.3キロ


藤尾・小金塚に着きました。



小金塚団地は大津市と京都市にまたがった新興住宅地です。バス停から、一番上のブロックまでは直線距離でも約800m、標高差は何と50mほどもあります。バス停から近いところはいいですが、上の方に住んでいたら大変です。

このため、バス路線の延伸が要望されたというようなことを時折耳にしますが、道が狭いためか実現には至っていません。

バス停から南に向かうと大津市で、大津市の範囲(横木辺り)を越えて更に南に行くとやがて京都市に入ってしまう、ということは何となく分かるのですが、北に向かって行っても、京都市に入ってしまいます。藤尾は半島のように京都府側に突き出しているためです。

↓バス停
[藤尾・小金塚【西大津バイパス線6】]の続きを読む
藤尾小学校 ふじおしょうがっこう
所在地:大津市茶戸町
開設年月日:1980(昭和55)年5月11日
付近:大津市立藤尾小学校 藤尾市民センター(大津市役所藤尾支所・大津市立藤尾公民館) 藤尾市民運動広場
キロ程:稲葉台から0.2キロ


「稲葉台」バス停が、「藤尾小学校前」を名乗っていた時代がありますが、本項では現在の藤尾小学校バス停について書きます。

長等山の西側に位置しながら、れっきとした大津市である藤尾は、平家の残党、片岡六郎が開いた土地だと言います。



もともと横木にあった藤尾小学校ですが、1971(昭和46)年に現在地に移転します。この辺りは行政上の地名は「茶戸町」という大津市内でもあまり知っているひとのいなさそうな町名ですが、通称は「象ケ鼻」で、『藤尾の歴史』(西口英雄他編 1995)にしばしば現れます。同書によると、1966(昭和41)年頃には、手狭になっていた藤尾小学校・藤尾幼稚園の新築に関する請願陳情が市議会で採択されたということです(P56)が、いずれにしろバイパス工事で移転せざるを得なかったことでしょう。

↓大津市立藤尾小学校
[藤尾小学校【西大津バイパス線5】]の続きを読む
稲葉台 いなばだい
所在地:大津市稲葉台
開設年月日:1982(昭和57)年以降
改称年月日:2000(平成12)年?
付近:
キロ程:藤尾奥町から0.9キロ




西大津バイパス線のうち、山科駅方面しか停まらない片道バス停です。

1983年版の住宅地図から記載があり、その頃は「藤尾小学校」と記されています。「稲葉台」になったのは2000年からのことです。それほど昔のことでないのに、もうはっきりといつ改称されたのかが分かりません。

1975(昭和50)年7月1日に成立した新しい町名ですが、火のないところから煙が立ったような開発業者の勝手なネーミングではなく、藤尾奥町の小字に由来しているので、古い伝統があるのでしょう(『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』P753・1053)。
その点、南郷上山町と似ています。
[稲葉台【西大津バイパス線4】]の続きを読む
皇子が丘公園を出ると、左手にちらっと琵琶湖が見え、これがなかなかきれいです。

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その後トンネルを2つくぐると、藤尾奥町です。

藤尾奥町 ふじおおくまち
所在地:大津市藤尾奥町
開設年月日:不明
付近:西大津バイパス藤尾奥町ランプ 藤尾奥町自治会館
キロ程:皇子が丘公園から3.3キロ


このバス停については、2010(平成22)年8月22日付拙稿藤尾奥町 ちょっと大変なバス停にも書きましたので、宜しければご覧下さい。

83年版までの住宅地図には記載がなく、84年から現れます。逆に言うと、83年から84年にかけて開通したのだということなのでしょう。



○○上町とか、○○西町とかなら全国各地にあると思いますが、「奥町」というのはあまりないと思います。少なくとも上中下、東西南北ほどの頻度はないのではないでしょうか。

また意外ですが、藤尾奥町以外に大津市内で「藤尾」が入った行政上の地名は存在しません。

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[藤尾奥町【西大津バイパス線3】]の続きを読む
運動会のシーズンです。
職場や地域の運動会もありますが、一般にイメージされやすいのは圧倒的に学校の運動会でしょう。最近、秋に行事が集中し過ぎる、熱中症を防止するといった事情で、春に運動会が行われるケースがしばしばあるようです。また、北海道など、秋が早くから寒くなってしまう地域や、稲刈りなどの農作業で親が忙しい地域は、もともと春に運動会が行われるのが普通なのだそうです。しかし、俳句においても「運動会」が秋の季語とされているように、今でも関東以西の多くの地域の日本人にとっては、やはり秋の行事という印象なのではないかと思います。

↓大阪環状線 福島駅から見えた運動会の準備が整ったグランド。あとで大阪市立上福島小学校だと分かりました。これも秋の光景です。

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「運動会」は日本や、日本が戦時中に占領していたことで影響を受けた韓国や台湾などに特有のもので、世界的にはあまりない行事のようです。地方に行けば行くほど、時代が古くなればなるほど、地域全体のイベントという色合いが濃くなり、気が付いたら大人の方が夢中、なんていうことも…。

しかし、臨時バスまで出すという話は聞いたことがありませんでした。

↓ちょうど65年前の今日、1952(昭和27)年10月14日付京都新聞山城版より
[中学校の運動会に臨時バス?~移転前の最後の運動会]の続きを読む
皇子ヶ丘公園 おうじがおかこうえん
所在地:大津市皇子が丘一丁目
開設年月日:1984(昭和59)~1985(昭和60)年?
付近:西大津バイパス皇子が丘ランプ 皇子ヶ丘公園 大津市立皇子が丘保育園 関西電力皇子山変電所 大津市営大津第一住宅 皇子が丘集会所 早尾神社 大津陸軍墓地 (以下現存せず)大津市交通公園 滋賀勤労者いこいの村びわこ 大津ユースホステルセンター
キロ程:大津京駅から0.8キロ




西大津バイパス線自体は1982(昭和57)年の段階では開通していたことが確かですが、1982,83,84年版のゼンリン編「ゼンリンの住宅地図 大津市」には記載がなく、1985年版から現れることから、あとで設置されたバス停なのだろうと思われます。

もともとは旧日本陸軍の射撃場で、その後は旧アメリカ駐留軍駐屯地でした(大津市教育委員会博物館建設室『大津の名勝』P68 1989)。

曽て付近にあったユースホステルセンターはマンションに生まれ変わり、大津市交通公園も閉鎖され、変化が激しい場所です。ただ、バス停は設置当時からこの位置で変わっていないようです。

大津フリークルット↓は、なぜかこのバス停までが使用可能範囲とされていました。

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今の目で見れば大津京駅からの1バス停間だけですが、当時はびわこホテル発着も多く、こうしたユースホステルや皇子が丘公園の需要もあると考えられたのでしょう。また、大津市内特殊区間制区間がここまでで、大津北地区とされていたということもあるでしょう。

2011(平成23)年3月1日から大津北地区は四ノ宮まで延長されています。ついこないだだと思っていたのに延長からもう6年も経っているというのが私にとっては信じがたい話です。

↓大津京駅からJRのガードと県道浜大津伊香立線をくぐると一気に急勾配を登ります。
[皇子ヶ丘公園【西大津バイパス線2】]の続きを読む
注目度が高かった藤尾・小金塚系統は、開通前の2年間だけでも各紙で約10回取り上げられていますが、西大津バイパス線の記事は全くなく、社史でも結局いつ開通したのかという基本的なことが分かりません。(2010(平成22)年8月24日付拙稿すったもんだの藤尾・小金塚 京阪バス路線開通①もご覧下さい)

(京阪バス社内で同系統は、京津国道線が存在していた平成初期までは京津国道線の一部として扱われていましたが、ここでは分かりやすいように敢えて西大津バイパス線としています)

1982(昭和57)年4月7日のサンケイ新聞「滋賀ニュース」によると、大阪地方陸上交通審議会滋賀県部会が、
「大津市藤尾地区から皇子山地区までの中学生のバス輸送の利便性を確保するため、西大津バイパスを経由するバス路線の新設」
を検討しているとのことですから、この時点ではまだ西大津バイパス線はなかったということになります。住宅地図を見ても、バイパス途中のバス停が現れた年度から考えて、1984(昭和59)年前後と見るのが妥当なようです。
また、この記事から、同路線が藤尾学区から皇子山中学校に進学する中学生の輸送が主な目的ということも分かります。

この10月1日のダイヤ改正で、西大津バイパス線が1年に1回、10月1日だけの運転となりました。

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奈良交通の大川原-向島駅間は相変わらず月1回の運転が続いているようですが、そんなのかわいらしいものです。
京都バスは有名な大原-鞍馬間などいくつか『春分の日』のみ運行のバスがあり、物好きで大混雑します。最近はこれに平行する毎日運航の路線ができたものの、それでもまだ高野車庫→大原などの春分の日のみ運行のバスがあります。

ただ、平日が休みにくい人間にとっては西大津バイパス線の方が日付が固定されている分難易度が高いです。
[大津京駅 【西大津バイパス線1】]の続きを読む