青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
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四条烏丸 しじょうからすま
所在地:(京津国道線他四条大宮方面)京都市下京区函谷鉾町(かんこぼこちょう)? 
(京津国道線浜大津方面)京都市下京区長刀鉾町(なぎなたぼこちょう)? 又は函谷鉾町 
(京都比叡山線旧線)京都市下京区水銀屋町(すいぎんやちょう)
開設年月日:不明
付近:京都市営地下鉄四条駅 阪急京都線烏丸駅 LAQUE四条烏丸 COCON烏丸 三井住友銀行京都支店 四条烏丸FTスクエア・みずほ銀行京都支店 三菱東京UFJ銀行京都支店・京都中央支店 住友信託銀行京都支店 京都中央信用金庫本店 滋賀銀行京都支店 りそな銀行京都支店 公益財団法人長刀鉾保存会 京都下労働基準監督署 京都府警五条警察署東洞院交番 池坊短期大学 からすま京都ホテル 東横イン京都四条烏丸 (現在ないもの)四条烏丸市バスセンター
キロ程:四条河原町から0.9キロ




京都の中心の中心とも言える場所でしょう。

四条河原町がいわゆる繁華街で、商業の中心、「買い物をするところ」というイメージなのに対して、四条烏丸というとビジネスの中心で、銀行や会社が集まっているというイメージです。
これでもか、これでもかというくらい、名だたる都銀、地銀がこの交差点から北、烏丸御池までの間に列をなしています。

ただ、最近はLAQUE四条烏丸↓、COCON烏丸といった大型の店舗もできている他、大丸京都店も四条河原町よりは四条烏丸に近いです。

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[四条烏丸【京津国道線23】]の続きを読む
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前回の続きです。

↓京都・大津方面のバス停は、蕎麦屋さんの前で、自治会の掲示板の方でも、名前が挙げられていましたが、閉まっています。

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以前に大津・京都比叡平線の「取材」をした時には既に閉まっていて、「本日は閉店させて頂きました」ではなく、昨日も一昨日も一昨昨日もずっとずっと閉店だったはずです。

[一丁目南 仮停留所【京都比叡平線・大津比叡平線 補遺2】]の続きを読む
12月6日付朝日新聞滋賀版に「道路陥没 なぜ復旧進まないの?」という記事が載っていたのをお読みになった方もいらっしゃると思います。近隣の住民の方がなぜ復旧が進まないのか?と困っているということです。9月18日の大雨で崩れ、その後に一度私も状況を見に行ったのですが、それから3か月近く経つのに何も変化がないようです。逆に、まだ復旧していなかったのか?と驚かされました。

↓こちらは私が10月に東向きに撮った写真

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本来ならこの陥没しているところの中央辺りがT字路で、左折したところが「一丁目南」のバス停です。

比叡平一丁目も休止中でした。
[一丁目南 仮停留所【京都比叡平線・大津比叡平線 補遺1】]の続きを読む

四條通に出る。矢張賑かな通だ。デバートメントストア(原文ママ)が其處にも此處にもある。夏は暑いので、此方の軒から彼方の軒に葭簀(よしず)を張つたり何かしてゐる。
(中略)
鴨川は小さな川で、平生は水がちよろ〱流れてゐるばかりだが、京都の人が鼻にかけるだけ水の綺麗なのが取柄である。しかし、河原に塵埃をすてたり、草が生立たりしてゐるのは餘り好い感じがしないから、あれは何とかして貰ひたいと思ふ。
(田山花袋「東海道 畿内」『田山花袋の日本一周 前編【近畿・東海】』P439)



四条河原町 しじょうかわらまち
所在地:(京津国道線四条大宮・京都駅方面)京都市中京区下大阪町 (京津国道線四条大宮始発)京都市下京区御旅町 (京津国道線京都駅始発)京都市下京区稲荷町 (京都比叡山線 新線)
開設年月日:不明
付近:阪急河原町駅 タカシマヤ京都店 京都マルイ みずほ銀行四条支店 河原町OPA コトクロス阪急河原町 三井住友銀行四条支店
キロ程:河原町三条から0.5キロ


京都の繁華街の中の繁華街、四条河原町にやってきました。
当バス停の京津国道線の乗場について、その位置の変遷を正確に追うことは非常に困難(ポールの数が多くて、どこが京津国道線の乗車位置か特定できない)ですので、基本的に1981(昭和56)年発行の『京都公共交通時刻表』掲載の乗場と考えられる位置を中心に書かせて頂きます。

また、取材は2013(平成25)年5月、歩道拡幅工事の話題すらなかったような時に行っておりますが、工事前の景観の方が京津国道線があった時代に近いと判断し、わざわざ工事中の混乱している状況下で補足取材するようなことはしておりません。ご了承願います。



四条通は平安期から見える通り名で、平安の末期頃には七条と共に、既に一大繁華街として知られており、特に堀川以東は商工業の発展が著しかったようです。

河原町通りは比較的新しい通りで、『角川日本地名大辞典 26 京都府上巻』では、「江戸期から見える」としています。また、今より短くて、区間は荒神口から松原などとされているそうです・明治以後通りが今のように南北に延びて、三条と四条の間が屈指の繁華街となったようです。

↓まず南行きは、現在も京津国道線の成れの果てである、19号経路が停車している河原町通沿い、四条河原町交差点北のバス停に停車していたようで、ほぼ位置は変わっていない様子です。
[四条河原町 【京津国道線22】]の続きを読む
本日から更新を再開します。大変お待たせして申し訳ありませんでした。

三條と四條との間に例の新京極がある。大阪の千日前、東京の淺草である。雑沓また雑沓で、鳴物の音が耳も聾するばかりに聞えて來る。それに、通りが狭いので一層さういふ感じがする。
(田山花袋「東海道 畿内」『田山花袋の日本一周 前編【近畿・東海】』P439)



河原町三条 かわらまちさんじょう
所在地:京都市中京区大黒町
開設年月日:不明
付近:ミーナ京都(旧京都宝塚ビル・京都宝塚劇場) 長仙院 誓願寺 ホテルユニゾ京都 (現在ないもの)日本興業銀行京都支店  
キロ程:


これより先の市街地区間は、1つのバス停でもポールが何か所もあり、住宅地図を見ても、京津国道線どころか京阪バスがどのポールに停車していたのかなどいちいち書かれておらず、正確に時代ごとの位置を確認することはほとんど不可能です。

実際に地図と現地を照らし合わせると、地図に書かれたポール位置が不正確なことも多いので、現在の位置を中心とした書き方となり、他の停留所に比べて精度が落ちることをご了承願います。



この辺りに来ると、京都の中心市街にやってきたという感じがします。

しかし、日中はひとと車で取材どころでなくなるのが分かっていたので、朝一番のバスに乗って7時過ぎに行ったのを今も覚えています。今思えば寝坊助の私がよくそんなことをしたものです。

↓三条大橋が朝日に輝いています。

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三条大橋は、清水寺が管理していた五条大橋や、祇園社と関係が深い四条大橋と違い、史料にあまり載っておらず、秀吉が架橋を命じるまでは簡素な橋しかなかったのだろうということです。(平凡社『京都市の地名 日本歴史地名大系27』P703)

↓いつもはひとと車がごった返している河原町三条交差点も、私と同じようにこのタイミングを逃すまいとしている僅かな納品の車しかいません。
[河原町三条【京津国道線21】]の続きを読む