青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
蹴上 けあげ
所在地:京都市東山区谷川町
開設年月日:不明
付近:京都市営地下鉄東西線蹴上駅 ウェスティン都ホテル 蹴上浄水場 蹴上発電所 琵琶湖疏水インクライン跡 南禅寺 私立東山中学校・高校 日向大神宮 無隣庵 京都市国際交流会館(旧京都市結婚相談所・京都市長公舎・東山会館) (現在ないもの)京阪京津線蹴上駅 京都大学原子核研究所 京都大学化学研究所蹴上分室


地下鉄東西線の蹴上駅の所在地は「東山区東小物座町」、バス停の位置は「東山区谷川町」となっていますが、そんなことを言っても分かるひとはほとんどいないことでしょう。半面、「蹴上」と言えば、京都市民の他、京阪電車に詳しい方なら必ず知っている地名だと思われます。ただ、行政上の正式な地名ではないので、「蹴上」という町名、住所は存在しません。

↓蹴上駅の1番出口脇にあるウェスタンスタイルのバー

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↓なるほど「蹴上」で、"kick up"ということか!
[蹴上 【京津国道線16-1】]の続きを読む
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九条山の続きです。
途中にいろいろなものがありましたが、やっと峠の天辺に着きました。



それにしても、九条通よりずっと北を通っていて、三条通の延長と考えられるような位置なのに、どうして「三条山」でなく、「九条山」なのでしょう。

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[九条山 【京津国道線15-2】]の続きを読む
九条山 くじょうやま
所在地:(三条方面)京都市山科区厨子奥花鳥町(ずしおくかちょうちょう) (浜大津方面)京都市山科区日ノ岡一切経谷町(ひのおかいっさいきょうだにちょう)
開設年月日:
付近:医療法人十全会京都東山老年サナトリウム
キロ程:日ノ岡から0.9キロ


日ノ岡で既に上り気味だった坂道が、逢坂山にも劣らぬ急勾配となって眼前に立ちはだかります。やっとのことで坂の天辺が見える急カーブに差し掛かると、旧東海道と合流します↓

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右手の進入禁止の標識がある道が旧東海道なのです。細くてとてもそんなふうに見えません。

そのそばに京津線の廃線跡の土地を利用した、曽ての車石をモチーフにしたモニュメントがあります。

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[九条山【京津国道線15-1】]の続きを読む
次の九条山との間には、石碑が並んでいるところがあります。

↓一番東側にあるのが、「名号碑」と木喰上人(もくじきしょうにん 安祥院開基木食養阿、1687~1763)の像です。

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山科区役所の公式サイトと、石碑そばの掲示板↓などによると、上人は冬の30日間、寒中回向を行って、中でも最大の刑場だった粟田口近くにこの碑を建立して、刑死したひとびとの霊を慰めたということです。
[日ノ岡 【京津国道線14-2】]の続きを読む
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日ノ岡 ひのおか
所在地:(四条大宮・京都駅方面)京都市山科区御陵岡ノ西町 (浜大津方面)京都市山科区日ノ岡堤谷町
開設年月日:
付近:ミネルヴァ書房本社 京都市日ノ岡地域包括支援センター (現在ないもの)京阪京津線日ノ岡駅 比叡山ホテル(京阪国際ホテル)日ノ岡寮
キロ程:御陵から0.5キロ




東海道の山科の出入口にあたります。三方を山に囲まれて、東の方だけが開けて朝日が差し込む地であることから、「日ノ岡」と呼ばれるようになったということです。
九条山に向かって登る坂は、「平家物語」では「松坂」と呼ばれていて、急勾配の難所として知られました。
江戸中期の改修と、明治10年の京都府による切り下げ工事で、勾配がだいぶ緩くなり、更に1933(昭和8)年の改良工事で今の形に近づいたということです。

↓西行のバス停を西向きに撮影しています。
[日ノ岡 【京津国道線14-1】]の続きを読む
その寒さと不便さからしばしば「関西のシベリア」「関西のチベット」と言われてきた信楽ですが、1962(昭和37)年5月1日は、以下の記事にもある通り、文字通り信楽の交通の夜明けでした。

↓1962(昭和37)年5月2日朝日新聞滋賀版

S37.5.2A 湖南交通信楽‐京都線開通 信楽線ディーゼルカー入線b

↓こちらは1962(昭和37)年5月2日付滋賀日日新聞
[「信楽案内所」発着便廃止②]の続きを読む
石山駅前で、この掲示をご覧になった方も結構いらっしゃるのではないでしょうか。

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あまり帝産の動きを知らなかったんですが、いつの間にか晩には少しあった信楽行きの直通便がなくなっていたようです。そして今回8月1日のダイヤ改定で、信楽案内所発着の便が一切なくなり、信楽駅発着に改められました。信楽と石山を直通する便も完全になくなりました。

以前から、通常「信楽行き」とアナウンスされ、行き先表示も単に「信楽」でしたが、その「信楽」がどこなのか自体あまり意識したことがなく、少なくとも「信楽駅」ではないらしいということだけは何となく知っていたという状況で、今回の廃止は、歴史的な一大事だろうと思い、恐らく20年以上ぶりに信楽に出向きました。

大津市内から信楽に行くためには、新名神高速道路を別にすれば、帝産バスが通る県道16号線大津信楽線か、曽て国鉄(JR)バスが通り、今は信楽高原バスが通る国道422号線の2つが一般的なルートでしょう。

今回は国道422号線を経由しました。
[「信楽案内所」発着便廃止①]の続きを読む
前回取り上げられなかったバス停そのものについて書いていきます。

↓浜大津方面のバス停のアップ

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↓浜大津方面、と言っても現在はいわゆる「鏡山循環線」を含む山科駅行しか来ません。
[御陵 【京津国道線13-2】]の続きを読む