青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
今からちょうど60年前、1956(昭和31)年5月30日付読売新聞滋賀版↓

S31.5.30Y 石山駅と宇治川ラインを結ぶ回遊コースb

南郷に住んでいると、「もう少し南に京阪電車が伸びていたら…」というような話を聞いたものです。しかし、そういうことが正式に要望されていたというのは、この記事で初めて知りました。それも石山寺の副住職の要望だったとは……。

瀬田川の東岸を走ることが想定されているんですね。今の目で見ると、石山寺駅からそのまま西岸を簡単に南進できそうですが、当時の西岸は、今遊歩道や駐車場になっている旧道しかありません。川を埋め立てるという発想もなかったでしょうから、確かに電車をそのまま延伸しようとすると、さてどこを通すのか?という問題になったのだと思います。

[宇治川ラインの回遊]の続きを読む
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今回は、前回お知らせした通り、バス停としてのびわこ池田墓園を中心に取り上げます。

ダイヤ上、赤尾町から12分でびわこ池田墓園に到着します↓

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乗っているので、当然外から途中経過を撮ることはできませんが、南郷、大石方面の方ならご存知の通り、南郷中学校の下を過ぎると、ほとんど何もない山道です。一番標高が高いところは180m以上あって、比叡平線を別にすればもちろん大津管内で最も高い地点です。

2014(平成26)年10月4日付拙稿「石山平津町」の謎①で少し写真をUPしておりますので宜しければご覧下さい。

↓運賃表
[びわこ池田墓園【延伸後その2】]の続きを読む
今回は、私としては珍しく新鮮な話題???びわこ池田墓園延伸後の様子をルポしました。

20日9:54大石小学校発の記念すべき始発はF-3032でした↓

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「曽束」経由なのですが、書いてもらえていません。というかスペース的に無理なんでしょうね。きっと土地を提供したりされたのだろうに、残念な扱いです。

[びわこ池田墓園【延伸後その1】]の続きを読む
前回ご紹介した、京津戦の緑ヶ丘グラウンドの記事で書かれている「都市計画図」とは、京都府立総合資料館に所蔵されている『都市計画図「小山」』(1935)のことなのですが、これが一番はっきりと緑ヶ丘運動場の位置が分かる図面だろうと思われます(部分)↓

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名神高速道路の京都東インターチェンジの設置や、西大津バイパスの開通で劇的に変化した藤尾周辺ですが、それでもこの戦前の図面に描かれている細い道も、かなりの部分が今も残っています。

この位置を現在の地図に当てはめて、運動場のほぼ中心だった位置を中心に置くと、以下のようになります↓



北は四ノ宮川、東は藤尾市民センター前の通り、南は京阪京津線、西は日本窯工の東側、四ノ宮川から京津線にかけてのラインに囲まれた範囲が緑ヶ丘運動場と考えてほぼ間違いありません。

大津からも京都からも近く、試合がある日は臨時駅が作られて電車がとまった。駅はセンター後方スコアボードのすぐそばにあり、電車を降りると目のまん前が球場で便利なところだった。
(村井正夫「思い出の緑ヶ丘球場」『湖国と文化』1986年夏号 P36 1986)



上の都市計画図で、運動場の南西角に描かれているのが恐らくスコアボードで、そのすぐそばということは、駅は現在の「府県境」信号機の辺りだろうと思われます↓
[緑ヶ丘 【京津国道線8-4】]の続きを読む
びわこ池田墓園
所在地:大津市大石曽束町
開設年月日:2016(平成28)年5月20日(予定)
付近:びわこ池田記念墓地公園
キロ程:赤尾町から5.2キロ 内畑から2.5キロ 曽束口から1.4キロ




5月12日から大津管内各車両や、関係停留所に順次20日からのダイヤ改正の案内が掲示され、13日午後からは公式サイトにも案内のPDFファイルがアップされています。

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報じることそのものの意味が全く見いだせない某芸能人2人の不倫、離婚、復帰なんかより、先月2日の大津比叡平線の延長も色褪せてしまうような、驚愕の新路線開通が私にとってはとにかく重要です。

新設の「びわこ池田墓園」バス停は、2005(平成17)年12月12日の滋賀大学バス停以来10年以上ぶりの新しいバス停(山科営業所管内時代に設置された「比叡平口」を除く)です。夢にも思わない場所でした。

土休日の赤尾町からの路線延長は、案内にははっきりと書かれていませんが、要するに南郷中学校以南新浜まで、1日2往復の減便です。特に南中系統単独区間である、南郷中学校、南郷二丁目、南郷二丁目東への影響は大きいです。

どうしてもこの延伸が必要なら、車両運用が複雑になることは百も承知ですが、4号経路の延長で対応できなかったのだろうかと思われ、そこが残念です。

この55号経路の新設により、2009(平成21)年の年始以来バスが通ることがなかった桜峠を、定期的にバス路線が通ることになります。

↓歯が抜けたような南郷二丁目の新時刻表
[びわこ池田墓園【延伸前特別篇】]の続きを読む
緑ヶ丘の一体何がどう緑ヶ丘なのか、地名事典や『大津市誌』などを当たってもよく分かりません。しかし、「緑ヶ丘」を冠したものがたくさんあります。

↓アパート

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この辺りだとやはり不動産屋さんも山科の店舗が担当なんですね。

↓クリニック
[緑ヶ丘 【京津国道線8-3】]の続きを読む
引き続き緑ヶ丘です。ここは前回も書きましたように、国道1号線の拡幅、名神高速道路の開通と京都東インターの設置、西大津バイパスの開通により、戦後、その景観が目覚ましく変化した場所です。地形上の峠(逢坂峠)は通り過ぎましたが、取材上の峠は寧ろ、ここと2つ先の国道山科が圧倒的に巨大で、大変でした。

↓まず、1979(昭和54)年頃のバス停推定位置。といっても、現在は歩道がなく、当時はなかったらしいこの掘り込みがあるため、近づくことができません。

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↓恐らく、この擁壁の向こう側か、もしくはもう掘り込みで掘れてしまっている位置だろうと思われます。
[緑ヶ丘 【京津国道線8-2】]の続きを読む
四ノ宮が先になってしまいましたが、今回から一旦バックして4回にわたって緑ヶ丘を取り上げたいと思います。

追分からは旧道を歩きました。石碑を通り過ぎると、右手に「旧藤尾小学校跡地」の石碑が見えてきます↓

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現在は北の小金塚寄りにあって、京阪バスのバス停名ともなっている大津市立藤尾小学校ですが、1971(昭和46)年に現在地に移転するまではここにありました。
このフェンスの向こう側は、西大津バイパスの藤尾南ランプで、湖西方面から京都方面に抜ける通路が南、その北に浜大津方面から西大津バイパスに入るための通路―――恐らく京阪バスの旧40号経路(西大津駅-浜大津-藤尾・小金塚)の藤尾・小金塚行きが通っていたのでしょう―――があり、更にその向こうは走井餅本家と上横木児童遊園になっています。

そのまま旧道を歩き続けると、国道1号線との合流地点付近に、「緑ヶ丘」バス停が見えてきます。

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緑ヶ丘 みどりがおか
所在地:(三条京阪方面)大津市横木一丁目
    (浜大津方面)(1982年5月16日~現在)京都市山科区四ノ宮奈良野町 (1974年?~1978年?)大津市横木二丁目 (1979年頃?)大津市横木一丁目
開設年月日:1928(昭和3)年3月14日設置 同26日より「グラウンド前」として営業開始 改称年月日不明
        ※但し藤尾・小金塚系統の藤尾・小金塚方面用としては1982(昭和57)年5月16日
付近:西大津バイパス藤尾南ランプ 名神高速道路京都東インターチェンジ 上横木町自治会館 スーパーフレスコ四ノ宮店 藤尾市民センター(大津市役所藤尾支所・大津市立藤尾公民館) 藤尾市民運動広場 下横木児童遊園 上横木児童遊園 (現在ないもの)旧大津市役所藤尾支所 旧大津市立藤尾小学校・藤尾幼稚園 緑ヶ丘運動場 京阪緑ヶ丘運動場前駅 山科警察署検問派出所 大津市消防団藤尾支団




[緑ヶ丘 【京津国道線8-1】]の続きを読む