青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
堅田本町 かたたほんまち
所在地:大津市本堅田三丁目
開設年月日:1962(昭和37)年8月19日?
廃止年月日:1974(昭和49)年7月20日?
付近:堅田漁港 大津市立堅田幼稚園 大津市立堅田小学校 日本基督教団堅田教会 堅田第二市営住宅
キロ程:末広町から0.2キロ




現在の住居表示は「本堅田」で、こここそが堅田の中の堅田であることを物語っていますが、バス停としては、この堅田本町が、堅田の中心だということを表したいのでしょうか。

現在の住居表示において「堅田」という文字が入っているのは、「本堅田」「今堅田」「堅田」の3つですが、何を根拠に決められたのかよく分かりません。堅田と言ってふつうイメージされる堅田駅や支所、各学校を始め中枢的な機能のほとんどが含まれている地域は「本堅田」です。一方肝心の何もつかない「堅田」は天神川の南側の、東洋紡を中心とする普通は「堅田」とは認識されにくいようなところまで含まれています。

↓一方通行なので、南行きしかポールはありません。

[堅田本町【京都今津線 堅田町内系統2】]の続きを読む
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末広町の続きです。



末広町のバス停から、更に琵琶湖寄りに歩くと、琵琶湖の水運や堅田の政治経済に大きな影響を与えた居初家の庭園が見えてきます。

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「天然図画(ずえ)亭」とも呼ばれていますが、これは中の茶室の呼称で、そこからの三上山(近江富士)をはじめとする湖東の山々の借景が見事で、天然の絵画のようであるということに因んでいます。
[末広町【京都今津線 堅田町内系統1-2】]の続きを読む
末広町 すえひろちょう
所在地:大津市本堅田三丁目(但し一方通行のためポールのある側にはバスは停車せず。道を挟んで反対の本堅田二丁目側で待つ必要)
開設年月日:1962(昭和37)年8月19日?
廃止年月日:不明
付近:大津市立堅田中学校 居初氏庭園(天然図画亭庭園)
キロ程:本堅田より0.6キロ(1964(昭和39)年現在の京阪バス路線図による)




今回から少し寄り道をして堅田町内線に入ります。

「堅田」の項で説明しましたように、道路の未開通という特殊事情で経路が複雑に変遷し、この堅田町内を京阪バス京都今津線と、江若交通浜大津線のそれぞれ本線が通り抜けていました。しかし道路の整備により、恰(あたか)も川の流路が変化した後にできる河跡湖のように取り残されてしまったのが、この堅田町内線です。廃止されてしまっておかしくなかったのに残存しているのは、堅田駅からの距離が歩くには中途半端に遠く、人口密度も高くて一定の利用があると判断されたからなのでしょう。

歴史的な経緯から、今も江若交通社内での正式呼称は「堅田町内線」ではなく「浜大津線」となっているところが何とも憎くて、本当に萌えるというのか痺れるというのか、とにかくたまらないです!
[末広町【京都今津線 堅田町内系統1-1】]の続きを読む
京都今津線の記事が大きな節目である堅田に到達しました。堅田を中心とする江若鉄道、江若交通の時刻表を収集して、ある程度まとまった数になりましたので、番外編として皆様にご覧頂こうと思います。

残念ながら、私の「専攻」である京阪バスについての記載はほとんどありませんが、時系列に並べましたので、その変化をご覧下さい。江若は専門ではないので、細かい解説はできません。逆にお気づきのことがある方、思い出のある方など、是非コメント頂ければと思います。

↓これは、1949(昭和24)年11月3日付『堅田時報』掲載の、堅田の各交通機関の時刻表です。

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この時点ではまだ京阪バスは走っていません。

↓一方、こちらはその1年半後、1951(昭和26)年4月20日付『堅田時報』に掲載されていた、堅田の各交通機関の時刻表
[堅田駅 バス時刻表の変遷 【京都今津線 番外】]の続きを読む
今回は、主に堅田のターミナルを南側から見てみたいと思います。

↓ターミナルの南の端は、現在、「セブンイレブン大津本堅田五丁目店」がある位置です。

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右奥の黄色い、アルプラザ堅田店の建物の手前が、キリン堂と西松屋ですから、ずいぶん広い敷地だったことが分かります。

『バスファン 第42号』所収「江若交通(上)」(浅野・藤本・中田1980)(以下「バスファン」)によると、1963(昭和38)年1月に仰木道から堅田駅構内を経て堅田駅前交差点までの0.3キロ区間が免許された時には、赤い矢印の通り、斜めに出入りしていたようです。これが続いたのは約2年半で、1965(昭和40)年6月には、「西捨商店前~一福亭前」0.01キロ、という免許が新たに出されます。「西捨」というのは、安曇川近辺で時々見られる苗字で、恐らくそちらの出身の方が経営されていた店なのだと思います。
[堅田【京都今津線48-3】]の続きを読む
前回に続いて、堅田です。

↓現在の本堅田交差点。江若鉄道があった当時は「堅田駅前」交差点だったようです。

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右手に見えている道が、堅田町内・末広町方面です。

↓北を望んでいますが、前回書きました通り、1963(昭和38)年以前はまともな道路がなかったわけです。
[堅田【京都今津線48-2】]の続きを読む

琵琶湖は此處等(ここら)が一番狭かつた。その水深から言つて一番淺かつた。つまり野洲川のあの大きな流れが絶えずそこにその砂を流すので、そのため次第に湖は埋められつゝあるのであつた。やがて湖はこゝらあたりから二つに分けられるかも知れないといふことであつた。
(田山花袋「堅田の浮御堂」『京阪一日の行樂』P635)



堅田 かたた
所在地:(北行)大津市本堅田五丁目
    (南行)大津市本堅田三丁目
    ※但し旧江若鉄道堅田駅前、及びその跡地をバスターミナルとして使用していた時は大津市本堅田五丁目
開設年月日:不明
廃止年月日:1974(昭和49)年7月20日?
改称年月日:1969(昭和44)年11月1日? 堅田駅→堅田
        1974(昭和49)年7月20日? 堅田→本堅田
付近:ザ・コジャック(スポーツクラブ コジャック) 堅田病院 日本キリスト教団堅田教会 大津市立堅田小学校・幼稚園 堅田市民センター(大津市役所堅田支所・大津市立堅田公民館)
 (以下現在ないもの)江若鉄道堅田駅 江若交通堅田営業所・堅田整備工場 国鉄(JR)堅田アパート 旧堅田警察署 旧大津市信用金庫(現 京都信用金庫)堅田支店
キロ程:(京阪バスとしてのキロ程は不明 江若交通としては琵琶湖大橋口から1.3キロ)


いよいよ、面倒臭くて記事を書き渋っていた堅田に来ました。



いや、冗談抜き、本当に大変でした。同じ大津市とは言っても、私の家からだと京都に行くより遠くて乗り換えも面倒で、何の知識もなじみもない、ほとんど行ったこともないよその土地なので、全部0から調べ直し。一通り写真撮影できたつもりでも、あとから発見することも多くて、なんのかんのと用事を作って何度も足を運びました。江若鉄道との兼ね合い、後述する江若交通堅田町内線との関係が複雑で、書く時も本当に腰を落ち着けないと何もまとまらないので、手を付けるのをつい渋って、実はUP数年前~昨年にほとんど記事が書き上がっていた琵琶湖大橋口以北の各停留所と、苗鹿、比叡辻、際川の各停留所に対して、ここは空白の飛び地状態でした。

堅田は、琵琶湖が最もくびれているところの西側、大津市北部の中心です。1967(昭和42)年、瀬田とともに大津市と合併しました。それまでは滋賀郡堅田町で、1955(昭和30)年に周辺の伊香立、仰木、真野、葛川の4村を合併しています。
[堅田【京都今津線48-1】]の続きを読む
琵琶湖大橋口 びわこおおはしぐち
所在地:大津市今堅田二丁目
開設年月日:不明
廃止年月日:不明(京都今津線としては1974(昭和49)年7月20日と思われる)
付近:イズミヤ堅田店 堅田郵便局 JAレーク大津堅田中央支店(大津北営農経済センター)
キロ程:(京阪バスとしてのキロ程は不明 江若交通としては真野浜から0.6キロ)


びわ湖タワーの大観覧車が間近に迫って、「琵琶湖大橋」交差点を渡ると間もなく、「琵琶湖大橋口」のバス停です。

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私がこの写真を撮影したのは2013(平成25)年の9月ですが、家に帰ってから、この観覧車をベトナムに輸出するためにまさにこの9月に解体するということを知り、驚きました。解体直前、最期の姿です。

ここから南、浜大津方面は時代により区間により、京津国道線、大津比叡山線(比叡山縦走線)、大津比叡平線、大津市内総合線などが重なりますが、拙ブログにおいては、少なくとも三保ヶ崎までの旧国道161号線沿いの停留所は全て京都今津線のカテゴリで取り扱う予定ですので、ご了承のほどお願い申し上げます。



現在はここを南に直進する定期路線バスはありません。西地区ローズタウン線の江若交通の堅田駅行きは右折して旧道に入ります↓北行きは161号線を北に直進しています。
[琵琶湖大橋口【京都今津線47】]の続きを読む