青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
膳所公園の続きです。

↓前回は取り上げられなかった浜大津方面のバス停です。

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いずれも石山駅方面を望んでいます。

このバス停は、1982(昭和57)年度のバス路線図の表紙になっているのですが、これは背景や木の樹齢などを考えると、浜大津方面ではなかろうかと思われます↓
[膳所公園【大津市内総合線 湖岸系統14-2】]の続きを読む
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膳所公園 ぜぜこうえん
所在地:(石山駅方面)大津市本丸町 (浜大津方面)大津市丸の内町
開設年月日:1967(昭和42)年頃?
付近:膳所城址公園 膳所市民センター(大津市役所膳所支所・大津市立膳所公民館) 大津警察署膳所交番
キロ程:丸ノ内町から0.4キロ
 



旧大津市内線の膳所神社前(時期により「膳所公園前」)の代替バス停と考えられるのがこの「膳所公園」バス停です。
旧大津市内線には「膳所」がつくバス停が多数ありましたが、現在は湖岸道路沿いではこの「膳所公園」だけ、国道を含めても「国道膳所」と合わせて2か所だけです。

「膳所公園」はもちろん、膳所城の跡です。

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膳所城の詳細は、私が下手くそな解説をつけるまでもなく、Wikipediaその他数多のサイトで書き尽くされているので、そちらを見て頂く方がいいかと思いますが、石鹿(せきろく)城という別名に関する逸話だけ紹介させて頂きます。

[膳所公園【大津市内総合線 湖岸系統14-1】]の続きを読む
↓今からちょうど60年前の今日、1955(昭和30)年1月22日付京都新聞市民版に興味深い記事が載っていました。

S30.1.22KC 京阪六地蔵線計画b

京阪六地蔵線!

山科ではなく、四ノ宮で分岐して、山科盆地を縦断して六地蔵につなげるという計画です。山科で分岐しないと、今の地下鉄東西線同様、後々後悔する結果になりそうですが、やはり山科駅で分岐させるのは、工事の方法や用地の買収の面で難しいという、地下鉄東西線の工事と同じような問題があると判断されていたのでしょうか。
[京阪六地蔵線計画]の続きを読む
阪神淡路大震災から20年、ついこないだのことのような気がするのに、もうそんなに経つんですね。
亡くなられた方のご冥福を改めてお祈りいたします。
ここに来て、近畿圏でも小規模ながら地震が多くなっていることが気になります。つい先だって、12月26日には、滋賀県では珍しく震度4が観測されました。逆に時々地震があるくらいの方が変にエネルギーが蓄積され過ぎなくてよいのでしょうか?
関西には「地震がない」という神話はもう過去のもの、私もサボっていた家具の固定など、備えをしたいと思います。

丸ノ内町 まるのうちちょう
所在地:(石山駅方面)大津市由美浜 (浜大津方面)大津市木ノ下町
開設年月日:1967(昭和42)年頃?
付近:大津バプテスト教会・びわこキリスト福音センター むつみ会館 近畿健康管理センター(旧しが社会保険センター)
キロ程:木ノ下町から0.4キロ


もともと膳所城北の丸のあったところです(『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』P769)



しかし、バス停は石山駅方面も浜大津方面も丸の内町に所在しているわけではありません。行政上の丸の内町は、おおむね近江大橋↓の西詰の延長線から南側です。

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↓現在の石山駅方面のバス停
[丸ノ内町 【大津市内総合線 湖岸系統13】]の続きを読む
木ノ下町 きのしたちょう
所在地:(石山駅方面)大津市由美浜 (浜大津方面)大津市木ノ下町
開設年月日:1967(昭和42)年頃?
付近:大津湖岸なぎさ公園 木下会館 滋賀銀行健康保険組合体育館 京都大学流域圏総合環境質研究センター 大津市水再生センター
キロ程:西ノ庄から0.4キロ


旧大津市内線の木下町【旧大津市内線21】の項で書きましたが、木ノ下村に端を発する地名で、榎などの大木が多く、その木陰にあったので木ノ下と呼ばれた、ということです。明治以降は小字となりましたが、1951(昭和26)年に膳所木ノ下町となり、1964(昭和39)年、周辺の膳所網町、膳所魚屋町などを合併して現在の木下町となります。



もちろん、その「木下町」の代替バス停なのだろうと思われます。

1つ前の西ノ庄から歩いて来る途中に、「京大流域圏総合環境質研究センター」があります。

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以前は「京都大学琵琶湖研究所」とかそういう名称だった気がします。
ひとが出入りしているのを見たことがないのですが、工学研究科の一組織、つまり学部ではなく大学院の一部のようです。

↓現在の石山駅方面
[木ノ下町【大津市内総合線 湖岸系統12】]の続きを読む
年始のお休みを頂いておりましたが、本日から通常通りの編集を再開致しますので、また宜しくお願い致します。

元日からすごい雪でしたね。
スノボだのスキーだの、寒い時に寒いところに行く人間の気が知れんわ、なんて年寄みたいなことを思いながら(誰だ!年寄りじゃないのか?とか言ったのは!)、録りためたテレビを見ていたので、全然雪に気づきませんでした。

元日の18時時点で、京阪バスは寝屋川、門真辺り以外はほぼ全て止まっていたみたいですね。
翌2日は、大津は一応朝から通常通り、却って山科なんかが「通行止めと、放置車両による通行不能」で昼前くらいまで運休していたようですね。

で、寒い時に寒いところに行くなんて、と言いつついそいそカメラを持って出かけてしまいました。

↓南郷洗堰と遠く雪を頂く比良山系を背景にN-3261

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ナンバープレートが雪で見えません。

↓私はこれがN-1252だと思っていたのですが、だいぶ後になって、何とB-1230だということに気づきました。
[雪の南郷洗堰・立木観音]の続きを読む
皆様、あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。

昨年9月28日付拙稿琵琶湖大橋【京津国道線 番外/琵琶湖大橋50周年】にて、琵琶湖大橋の開通50周年を取り上げましたが、52年前の今日、架橋が決定した新年の特集記事を見つけました。

↓1963(昭和38)年1月1日付滋賀日日新聞

S38.1.1S 琵琶湖大橋開通記念特集b

当時はまだ「町」だった守山は、琵琶湖大橋の架橋による大発展を期待して、
「夢でない100万都市」
「県庁は守山に来ないといけない」

なんて、大風呂敷を広げたようなことを言っています。

守山市を悪いとか嫌いとかいうわけではありませんが、ちょっといくらなんでも…(笑)。
[守山 100万都市???]の続きを読む