青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
(今日は交通関係の話題はありません。ご興味がない方は申し訳ありませんが、次回以降の記事をお待ち下さい)

あまりテレビを見ず、見ても録画なのでCMは全部飛ばしてしまう私ですが、最近釘づけになったCMがこれ↓



妻夫木聡、仕事とはいえ、こんなすごいところに行けていいなあ!モロッコなのだそうです。首都・ラバトより圧倒的に有名な観光都市・カサブランカ、最近知名度が上がっているマラケシュやフェズといった、都市部とは思えない砂漠地帯です。

この「影」役の女のひと、怖いですねw
ただ、神出鬼没で不可解な存在であるにもかかわらず、字幕なしで何を言っているのかほとんど分かるくらいゆっくり、はっきりした英語です。

影)    "What are you doing here?"
妻夫木) 「僕は…」
影)    "Trying to capture the light, were you?"
妻夫木) 「どうして分かったんですか?」

何回か見ると、分かるなら聞くなよ、影!って突っ込んでしまいますが、最初に見た時は歌と画像の美しさに圧倒されて、ぽかんとしていてそんな余裕はありません。

そう、BGMのカッコいいこと!ネットが普及していない頃は考えもしなかったことですが、最近はこういう時に、必ず何のCMか控えて、すぐネットで検索するようにしています。

ブラームスの「7つの歌 Op 62 第1番 ロスマリン」だと分かりました。

[7つの歌]の続きを読む
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魚屋町 うおやちょう
所在地:大津市丸の内町?
開設年月日:不明
廃止年月日:不明
付近:和田神社




江戸期から続く地名で、木ノ下村の一部でした。地名は慶長6年に膳所城下町を整備した時に、湖魚を売る店が集まった場所という、実に分かりやすい由来です。網町と全く同じく、明治期から錦村、膳所村大字錦、膳所町大字錦の小字を経て、1933(昭和8)年の大津市合併時に大津市膳所錦町字魚屋町となって、1951(昭和26)年から膳所魚屋町となりましたが、残念ながらこの城下町らしい町名は1964(昭和39)年に失われました(『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』P132)。因みに、近江八幡市では、同じく「魚屋町」と書いて、「うおやちょう」と呼んでも間違いではないようですが、本来は「うわいちょう」と読む(『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』P142)ようで、驚いたことにパソコンでもちゃんと一発で変換されました。

木ノ下町を出ると、またも大きな屈曲↓

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90度ではありませんが、この幅でミラーで(昭和30年代にミラーなんてあったのか?)前方の安全も確認しながらの走行は容易ではなかったことでしょう。

左手の道の方を振り向くと、向こうに琵琶湖が見えます↓
[魚屋町【旧大津市内線22】]の続きを読む
前回に続き、京阪シティバスを取り上げます。

↓短命に終わった4社共用の標柱。

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↓大下津の「京阪シティバス」表記も短命でした。12月からの3,4か月のためにわざわざきちんと用意されていました。

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今年3月31日までの間は京阪淀を別にすると、ここだけが淀長岡京線と淀山崎線の両方が停車するバス停でした。4月1日以降は、洛西浄化センターにも両路線が停車していますが、このように3社の標記が見られたのは3月いっぱいまでの大下津だけだったことになります。

↓シティ唯一のB車だったB-1899。
[さようなら京阪シティバス②【さようなら京阪宇治バス・京阪シティバス5】]の続きを読む
京阪宇治バスの話が続きましたので、ここで京阪シティバスも取り上げます。

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「京阪シティバス」と言っても、ある程度詳しい方でないとご存じないかもしれません。もしかすると、宇治や久御山で毎日乗っていた方でも、車体の色から、「京阪バス」だと思い込んでいたようなひとさえいるかもしれません。

1998(平成10)年に京阪バス洛南営業所の一般路線を分離する形で発足し、翌年から運行を開始しました。京阪バスの全額出資子会社で、京阪バス寝屋川支所の運行管理などの委託も受けていました。

京阪宇治バスや京都バスのようなほかの京阪系の会社と違って、自社の公式HPも持っておらず、ほとんどの路線が京阪宇治バスと重なっていて、独自性が低く、一般路線用車両も11台しかなくて影の薄い会社でした。

こうしたことも、京阪宇治バスのエリア内で運行を続ける存在の意味を問われる大きな原因となったことでしょう。

↓これが会社合併直前の段階での京阪シティバス路線の全てです。
[さようなら京阪シティバス①【さようなら京阪宇治バス・京阪シティバス4】]の続きを読む
木ノ下町 きのしたちょう
所在地:大津市木下町
開設年月日:不明
廃止年月日:不明
付近:響忍寺 滋賀朝鮮初中級学校


膳所城下町の一つ、木ノ下村に端を発する地名で、榎などの大木が多く、その木陰にあったので木ノ下と呼ばれた、ということです。明治以降は小字となりましたが、1951(昭和26)年に膳所木ノ下町となり、1964(昭和39)年、周辺の膳所網町、膳所魚屋町などを合併して現在の木ノ下町となります(『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』P280-281)。



網町を出て例によって屈曲を曲がると、右手に響忍寺(こうにんじ)が見えてきます。

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この響忍寺の前あたりに、「木ノ下町」バス停があったようです。

[木下町【旧大津市内線21】]の続きを読む
網町 あみまち
所在地:大津市木下町
開設年月日:不明
廃止年月日:不明(昭和42年頃?)
付近:フレンドマート大津西の庄店 バロー大津店 大津湖岸なぎさ公園




↓滋賀大学前を出て、石坐神社の前を過ぎて、この大きな屈曲を左に曲がります。

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曲がると、2010(平成22)年5月に開店したばかりの、フレンドマート大津西の庄店が左手に見えます。

[網町【旧大津市内線20】]の続きを読む
多景島を出た船は、これもまた琵琶湖の中で外せないスポットである白鬚神社に向かいました。

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湖中の大鳥居、私の写真ではパッとしませんが、やはり湖側から見るのは壮観です。なかなか見られない光景ですね。
山も、赤く染まってきています。

↓日がだいぶ傾いてきました。

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湖は、これ以上ないのではないかと思うほど穏やかで、水が水でなく、水銀とか何かもっとよく光る滑らかな別の物質であるかのように思われました。

ここで、お待ちかねの工作タイムで、一気に現実に引き戻されました。
[ぐるっとびわ湖島めぐり⑥]の続きを読む