青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
三井寺 みいでら
所在地:大津市三井寺町
開設年月日:不明
廃止年月日:不明
付近:長等神社 長等山園城寺(三井寺) 大津市立長等幼稚園 大津長等合同宿舎 大津赤十字看護専門学校


(他の路線でも、所在地は市販されている地図やインターネットの地図で確認できる範囲ですので、100%の正確さは保証できませんが、本路線については特に、きっちりとしたポールの位置が確定できない場所がほとんどですので、あくまでも推定であることをご了解下さい。また所在地は特に注がない限り、2013年現在の町名に基づいています)



旧大津市内線の旅は、三井寺から始まります。
といっても、現在の「三井寺」バス停ではなく、三井寺の裏手、どちらかというと「長等神社」とでも言った方が正確な位置です。

三井寺は言わずと知れた大津市屈指の古刹です。一般には三井寺の名で親しまれていますが、正式名は園城寺(おんじょうじ)です。天智、弘文、天武三帝の勅願で建立され、天武天皇から「園城」の勅額を賜ったために、「園城寺」と呼ぶようになったということです(『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』P207)。

一方「三井寺」の通称は、天智、天武、持統三帝の産湯に使われたと呼ばれる霊泉↓があり、「御井」から「三井」になったと言われていて、こちらの由来は結構有名だと思います。

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因みに、京阪バスではほかに、寝屋川に「三井」「三井団地」というバス停があり、これらも「みい」と読んでいますが、そもそもはやはり「御井」だったのだろうということです。

[三井寺【旧大津市内線1】]の続きを読む
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いよいよ沖島に上陸です。



滋賀県に住んでいても、沖島に上陸するのは初めてです。
北海道や沖縄に旅行に行ったことがある滋賀県民より、沖島に上陸したことのある滋賀県民の方が、少ないのではないかと思います。

このアングルだとよく分からないのですが、港の中には消防艇の艇庫もあります。救急車や消防車はもちろん来ることができないので、船が緊急自動車代わりです。

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↓漁業会館。集落の中にあるコミュニティセンターなどとともに、沖島の中核といってよい機関でしょう。
[ぐるっとびわ湖島めぐり②]の続きを読む
旧大津市内線の特集の合間に数回、よその地方の友人を案内して、琵琶湖汽船の「ぐるっとびわ湖島めぐり」のコースの船に乗った記録を書かせて頂こうと思います。よろしければおつきあい願います。

琵琶湖で船に乗るのは、滋賀県の小学校5年生なら誰でも経験する「フローティングスクール」の「うみのこ」以来です。
「ぼくら私ら 滋賀の子が 湖上楽しくめぐりつつ…」という「うみのこ」の周航歌を覚えているひとも多いのではないでしょうか。あのメロディを久しぶりに思い出しました。

なかなかこういう機会がないと滋賀県民でも船になんて乗らないものです。

↓浜大津港に着くと、「ミシガン」がお出迎え。いやぁ、間近で見ると大きいですね。

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↓しかし、私たちが乗った船は「インターラーケン」です。(浜大津で撮った写真の写りがいまいちだったので、これは琵琶湖大橋で撮影したものです)

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へぇ、「ミシガン」で行くのか、と思っていたのですが、小さな「インターラーケン」を見て、笑ってしまいました。でもよく考えたら「ミシガン」では小さな島の港に入ることは恐らくできないでしょうし、大きい分速度も遅くて、広い琵琶湖を1日で効率よく回ることはできなさそうです。
[ぐるっとびわ湖島めぐり①]の続きを読む
京阪バス・宇治バスの歴史を振り返るとき、11月1日は、いろいろなことがある日でした。最近ではH19年の宇治バス寿長生の里経由便の廃止や、その翌年の宇治バス石山線廃止と、それに代わる京阪バス4G号経路などの開設が記憶に新しいですが、43年前、1969(昭和44)年のその日から、湖西方面ではその後約5年に渡る鉄道がない生活―――江若鉄道廃止、江若交通と京阪バスによる代行バス輸送の開始―――が始まりました。

山科急行線の開通も、2010(平成22)年のやはり11月1日でした。これも歴史の大きな1ページとなることでしょう。
3年目の今年は、田辺の直Qの増発用のトップドア車2台を転属させ、11月2日から12月1日までの土日祝日は、何と香里園・新香里に延長するという思いもよらない大サービスを展開しました。

今回行かないと次があるかどうか分からないと思って、出不精の心に鞭を打って、11月のある日、本当に久しぶりに香里園に行ってきました。

京阪香里園のバスターミナルが新しくなってから行くのは初めてです。前に行ったときは工事がもう少しで終わるという2011(平成23)年2月でした。↓

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↓この撮影をした時より更に前、環境定期券制度を使って、樟葉中書島線から乗り継いで乗り継いで辿り着いたのが香里園に来た最初でした。坂道を転がるようにして下りた底の底のようなところの不思議なバスターミナルだ、と印象的だったことを懐かしく思い出します。


[山科急行 香里園延長]の続きを読む
皆様お久しぶりです。長らくお待たせして申し訳ありませんでした。本日から通常通りの編集を再開させて頂きますので、また宜しくお願い致します。

60年前の今日、1953(昭和28)年12月17日の滋賀日日新聞に、京阪バスが30日から大津市内を八の字に運転する、という予告記事が掲載されました↓

S28.12.17S 大津市内線運行開始b (2)

60年前……エビ豆や小鮎の佃煮――などは贅沢品なのか?――の朝食を食べ、しじみ汁の滴のついた箸で新聞のページをめくって、
「あなた!止めて下さい」
なんて妻に注意されながら、
「ああ」
と生返事でこの記事を読んだ夫、その夫を送り出した後家事の合間に一息ついて、
「便利になるわ」
なんて思いながら、この記事を読んだ妻。……大津や膳所の家々でこんな光景が繰り広げられたのかどうか分かりませんが、旧市街を往来するバスの開通はどんなふうに迎え入れられたのでしょう。

しかし、この記事だけではどういうルートを通るのか、年配で古くから旧市街に住んでいるひとでないとはっきりと分からない部分もあると思いますし、第一この記事だけでは、何が「八の字」なのかが分からないと思います。

この伏線となるような記事が、同年3月9日付滋賀日日新聞に掲載されています↓

[旧大津市内線生誕60周年]の続きを読む