青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
生長の家 せいちょうのいえ
所在地:宇治市宇治塔川
開設年月日:1973(昭和48)年8月1日
廃止年月日:2005(平成17)年8月1日
付近:生長の家宇治別格本山 ホテル静山荘 
キロ程:白川口から0.5キロ(石山駅から維中前旧道回り27.3キロ 外畑回り24.8キロ)




「生長の家」は1930年(昭和5年)に谷口雅春により創設された宗教団体です。
その「別格本山」が宇治におかれており、その最寄りバス停だったのが、その名もずばり「生長の家」バス停です。
「生長の家」の教化部は全国各地にあるのに、この停留所がずばり「生長の家」であることも、「別格本山」があるからだと考えれば納得です。ただ、バス停の歴史は意外に浅く、今年の8月1日が開設40周年でした。
開設の日と廃止の日が同じとは何とも皮肉です。

↓1953(昭和28)年2月14日付朝日新聞京都版に、宇治に本山を作るという記事が載っていました。

S28.2.14AK 宇治に生長の家本山b

我ながらよくこんな記事を見つけられたものだな、と感心するやら呆れるやら。

因みに、今年2月14日付拙稿なつかしいバレンタインで同じ日の京都版の他の記事も取り上げておりますので、宜しければご覧下さい。

[生長の家【宇交石山線48】]の続きを読む
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平等院前 びょうどういんまえ
所在地:宇治市宇治塔川
開設年月日:不明
廃止年月日:2005(平成17)年8月1日
付近:平等院(朝日山平等院) 宇治市立莵道(とどう)小学校 京都府立宇治公園 宇治市観光センター
キロ程:生長の家から0.4キロ(石山駅から維中前旧道回り27.7キロ、外畑回り25.2キロ)


2012(平成24)年10月20日付拙稿平等院前 【宇治川ライン線生誕35周年企画8】を以て本記事に読み替えますので、ご参照のほどお願い致します。

次は、県神社前です。

※お知らせ

シリーズの途中ですが、編集の都合で一時石山線の記事を中断し、次回10月1日から暫くなぎさ公園線を取り上げ、10月の下旬または11月に石山線の特集を再開します。勝手で申し訳ありませんが、ご了承のほどお願い申し上げます。
白川口 しらかわぐち
所在地:(宇治方面)宇治市白川打割 (宇治田原・石山方面)宇治市宇治山王
開設年月日:不明
廃止年月日:2005(平成15)年8月1日
付近:
キロ程:靖国寺より0.8キロ(石山駅から旧道維中前回り26.8キロ 外畑回り24.3キロ)




その名の通り、白川の集落の入口にある白川口バス停。バス停の前にある民家はほんのわずかですが、ここから山手に入っていくと、意外なほど住宅がたくさんあります。

宇治方面のバス停があったのは、「さわらび橋」という何とも優しい名前の橋のたもとだったようです。
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↓先ほど「バス停の前にある民家はほんのわずか」と書きましたが、写っているお宅はそのほんのわずかのうちの1つです。

[白川口【宇交石山線47】]の続きを読む
靖国寺 やすくにでら
所在地:宇治市宇治金井戸
開設年月日:不明
廃止年月日:2005(平成17)年8月1日
付近:曹洞宗鳳翔山靖國寺
キロ程:天ヶ瀬ダム/ガーデンズ天ヶ瀬から0.4キロ(石山駅から旧道維中前回り26.0キロ 外畑回り23.5キロ)


天ヶ瀬ダムからほどなく、靖国寺に着きます。



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[靖国寺【宇交石山線46】]の続きを読む
ガーデンズ天ヶ瀬(天ヶ瀬ダム) がーでんずあまがせ(あまがせだむ)
所在地:宇治市宇治金井戸
開設年月日:不明
廃止年月日:2005(平成17)年8月1日
付近:天ヶ瀬ダム 関西電力天ヶ瀬発電所 宇治市斎場 天ヶ瀬墓地公園 ガーデンズ天ヶ瀬(廃業)
キロ程:桜谷から1.7キロ(石山駅から旧道維中前回り25.6キロ 外畑回り23.1キロ)




「天ヶ瀬ダム」バス停としての内容は、2012(平成24)年9月23日付拙稿天ヶ瀬ダム 【宇治川ライン線生誕35周年企画7】に記載しており、内容が重なる部分がありますが、併せてご覧下さい。

1997(平成9)年7月26日の「ガーデンズ天ヶ瀬」開業と、これに伴う大規模なダイヤ改正で、このバス停は「ガーデンズ天ヶ瀬」と名を改めました。その後2002年に廃業になるまでこのバス停名が続いたのか、そのあたりの詳細はよく分かりません。

吉田金彦は『京都の地名を歩く』で、「天ケ瀬」の地名のもとになったことばは「アマカシ」だとしています。

最近はあまり使わないことばですが、「米を研ぐ」というのを「米を浙(か)す」とも言って、地名で「カス」「カセ」「カシ」などの音が出てくるときは、たいてい水が岩を洗うような流れの急な場所、ということのようです。そういえば大石の辺りの瀬田川も古くは「米カシ」と言っています。江戸時代の絵図では、今の宵待橋付近にも「米カシ」という記載があるそうです。天ケ瀬ダムの辺りは「甘樫浜」と書かれていて、それが「天ケ瀬」のもとではなかろうか、ということです(P156-157)

↓こちらがバス停跡。向かって左のガードレールが途切れている辺りが、宵待橋、石山方面、手前が宇治方面です。

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↓宇治方面のバス停跡全景。
[ガーデンズ天ヶ瀬 【宇交石山線45】]の続きを読む
くつわ池登り口 くつわいけのぼりぐち
所在地:京都府綴喜郡宇治田原町郷之口神縄釣(かんじょうづり)
開設年月日:1964(昭和39)年3月31日
廃止年月日:2005(平成17)年8月1日
旧称:くつわ池
付近:くつわ池自然公園 宇治田原町浄化センター
キロ程:宇治山から0.6キロ(石山駅から旧道経由21.8キロ)




「くつわ池」バス停については『地域とともに60年』(1983)に、1939(昭和14)年7月26日に開設され、1944年(昭和19)年9月10日に廃止された、という記述もありますが、この「初代」の「くつわ池」と、1964(昭和39)年新設の、後の「くつわ池登り口」につながる「くつわ池」とが同じ場所なのかまではよく分かりません。

1991年頃、立場(たてば)林道線が開通してそちらに「くつわ池」バス停ができると、こちらは「くつわ池登り口」と改称されました。

「くつわ池」は漢字で書くと「轡池」で、馬の口にくわえさせる馬具の「くつわ」に似ているのでその名がついたということです。

1982(昭和57)年版の住宅地図では、〇印があるだけで明確なポール位置は分かりませんが、この上り坂の入口の所にポールがあったのだろうと思われます。

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[くつわ池登り口(くつわ池)【宇交石山線42】]の続きを読む
宵待橋 よいまちばし
所在地:京都府綴喜郡宇治田原町郷之口末山(すえやま)
開設年月日:(京阪宇治交通として)
廃止年月日:(京阪宇治バスとして)2005(平成17)年8月1日
旧称:辻堂 新宵待橋
付近:
キロ程:くつわ池登り口(くつわ池)から1.3キロ(石山駅から旧道維中前回り23.1キロ)


2012(平成24)年7月22日付拙稿宵待橋 【宇治川ライン線生誕35年企画5】の内容を以て本記事に読み替えますので、ご参照願います。

次は、桜谷です。
桜谷 さくらだに
所在地:宇治市槇島町字六石山
開設年月日:不明
廃止年月日:不明
付近:桜谷公園
キロ程:宵待橋から0.8キロ(石山駅から旧道維中前回り23.9キロ、外畑回り21.4キロ)


2012(平成24)年8月25日付拙稿桜谷 【宇治川ライン線生誕35年企画6】の内容を以て本記事に読み替えますので、ご参照願います。

次は、天ヶ瀬ダム/(1997年7月26日~2002年頃?)ガーデンズ天ヶ瀬
宇治山 うじやま
所在地:京都府綴喜郡宇治田原町郷之口宇治山
開設年月日:1964(昭和39)年3月31日?
廃止年月日:2005(平成17)年8月1日
付近:宇治田原町浄水場 郷之口中継ポンプ場
キロ程:下町から0.4キロ(石山駅から旧道経由で21.2キロ)




宇治から走って来た時は、これから宇治田原町の街中にさしかかろうとするところ、逆に宇治に向かう時は、集落が尽きるところにあったのが、「宇治山」バス停。目立たない存在で、私も今回調べていく中で初めて知りました。

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今も、バスポケットの跡ですぐに分かります。
「宇治山」というのが何とも漠然とした停留所名です。「宇治山」ときくと、百人一首が好きなひとならすぐ、

わが庵は 都のたつみ しかぞすむ 世をうぢ山と 人はいふなり (喜撰法師)

を思い出すことでしょう。
[宇治山 【宇交石山線41】]の続きを読む
高尾口 こうのぐち
所在地:(維中前方面)京都府綴喜郡宇治田原町郷之口田中
    (宇治方面)京都府綴喜郡宇治田原町郷之口末田
開設年月日:不明
廃止年月日:2005(平成17)年8月1日
旧称:下町(しもまち)
付近:
キロ程:旧道・郷之口から0.5キロ(石山駅から20.8キロ)※廃止直前の高尾口としてのキロ程は不明


※本バス停から先、宇治橋西詰までの各停留所の廃止年月日については京阪宇治交通博物館さんの記述を参考にさせて頂きました。有名なサイトさんなのでご存知の方も多いと思いますが、大変詳しいですので、宜しければぜひご覧下さい。



手の内を明かすようですが、いつも書きやすいバス停から書くので、ポンと飛地のようにうんと遠いまだずっと先の所がさっさと書けてしまって、近いところが全然手つかず、ということもよくあります。
実はこのバス停の次の「宇治山」は、もう半年以上前、まだ猿丸神社や禅定寺の記事が影も形もないころにほぼ書き終わってしまっていて、一方この「高尾口」は「宇治山」とほぼ同時に取材したのに、宇治田原町内のバス停で一番遅く書き始めていて、焦っています。

ここは変遷が複雑で、どう書いたらいいかが大変難しく、手が付けにくかったのです。

廃止直前は「高尾口」というバス停名でしたが、2000(平成12)年頃までのその歴史の大半は「下町」という小字名に基づくバス停名でした。この時に、立場線・田辺方面のバス停が同じバス停名であるにしては離れ過ぎていると思われたのか、改称されています。

なお、「高尾口」「こうのぐち」と読み、宇治田原町内で最も人口、世帯数の少ない大字「高尾(こうの)」の入口であるということを表していますが、入口と言うにはあまりに集落から離れています。ただ確かに、高尾に行くときに最も一般的な道筋はこの辺りから始まってはいます。

維中前方面のバス停跡はすぐに分かります↓
[高尾口(下町)【宇交石山線40】]の続きを読む