青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
岩山 いわやま
所在地:京都府綴喜郡宇治田原町岩山辻出
開設年月日:1922(大正11)年10月1日
廃止年月日:不明
付近:京阪宇治交通発祥の地石碑
キロ程:下手から1.3キロ(石山駅から18.6キロ)




岩山と言って何をさておいても忘れてはならないのは「京阪宇治交通」発祥の地の石碑でしょう。

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すぐ後ろがフェンスのため撮影がしにくく、アングルが悪くて申し訳ないです。

[岩山【宇交石山線 旧線1】]の続きを読む
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京阪バスだけでも思っていたよりボリュームがあり、正直なところ初めは宇治田原まで取り上げなくてもよいかな、と思っていました。

でも、子どもの頃に見ていたこの路線図↓の、「至 岩山・宇治」とだけ書かれて、描かれていない「その先へ」行きたい、昔は石山、南郷から乗り換えなしで直接行けたはずのそこが、どんなところか知りたい、と思って書き進めております。

ss平成元年8月現在路線図

そこではたと突き当たるのが、宇治田原町内の思いも寄らない道路と路線の変遷です。旧道からバイパスへの載せ替えはよくあることですが、一気にある特定の日を以て完全に載せ替えられたわけではありません。私なりに整理するために、単純ではありますが、模式図を作りましたので、ご覧下さい。

[その先へ…宇治田原バイパス・旧道路線変遷解説【宇交石山線 番外編】]の続きを読む
下手 しもて
所在地:京都府綴喜郡宇治田原町禅定寺案内
開設年月日:1962(昭和37)年10月1日?
付近:禅定寺会館
キロ程:上手から0.4キロ(石山駅から17.3キロ)




「上手」に続いて「下手」です。これも小字ということではありません。住所は何と「大字禅定寺小字案内」または略して「禅定寺案内」。不思議な地名です。

↓バス停ポール

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↓待合所。

[下手【宇交石山線32】]の続きを読む
ちょうど60年前の今日、1953(昭和28)年7月21日付朝日新聞滋賀版↓

S28.7.21A バス会社黒字ホクホクb

60年で、世の中の何と様変わりしたことでしょう。

京津国道線は1キロ走るごとに55円の利益?????各社とも現有路線の半分は1キロあたり5-10円の利益。

…運転手、事務サイド他バス会社関係者はため息をつきそうな素晴らしい営業成績です。

因みにUP日時点で最新の「自動車輸送統計月報」は平成24年8月号ですが、これによると、1か月のバス利用者は1,455,000人なので、県民全員が月に1回程度はバスを利用しているということになり、その点では意外にもこの当時と変わりません。

何が違うのかはこの新聞記事中の統計と単純に比較できる資料がほかに見当たらないのですが、恐らく乗車率で考えると、とても当時に及ばないのでしょう。

車両の平均寿命がたった4年というのがまた驚きです。
「新車でなくては徒歩で用を足す人が多くなり」
いや古くても歩くよりいいだろう、と思うのですが、この当時の日本人はひょっとするとまだどこに行くにも歩くことに今の日本人ほどの抵抗感がなかったのかもしれません。
しかし、何だかんだ言ってもやっぱり日本人は新しいものが好きなんですね。

「田舎のバスはおんぼろ車」という誰でも耳にしたことのある『田舎のバス』(三木鶏郎作詞・作曲 中村メイ子・唄)がリリースされるのはこの2年後、1955(昭和30)年のことです。

「車体も故障しても損の少ない旧型車を使用」
とありますが、「田舎のバスはおんぼろ車」というのは、おんぼろ車しか用意することができない会社の体力だけでなく、修繕費や減価償却費などを考えると確かに合理的なのでしょう。


上手 かみて
所在地:京都府綴喜郡宇治田原町禅定寺建藤(たてふじ)
開設年月日:1962(昭和37)年10月1日?
付近:建藤神社
キロ程:禅定寺から0.2キロ(石山駅から16.9キロ)




禅定寺の集落のバス停の1つです。小字かと思っていましたが、そうではないようで、恐らく集落の中で山手の方を「上手」、坂の下の方を「下手」と呼び習わしていたことに由来するのだろうと思います。
「上手」と「下手」で、「じょうず」と「へた」と読みたくなってしまいますが、「かみて」「しもて」です。

1979(昭和54)年1月1日現在の路線図では、「上出」「下出」と書かれており、単にミスプリかな、とあまり深く気に留めておりませんでしたが、1973(昭和48)年現在の路線図でも同様に書かれていて、更に、京阪宇治交通社史『地域とともに60年』(1983)の年表に、

[上手【宇交石山線31】]の続きを読む
禅定寺 ぜんじょうじ
所在地:京都府綴喜郡宇治田原町禅定寺建藤(たてふじ)
開設年月日:1962(昭和37)年10月1日
付近:禅定寺
キロ程:猿丸神社から1.3キロ(石山駅から16.7キロ)




田辺の一休寺などとともに、「南山城六山」と呼ばれる古刹・禅定寺の前にあるバス停で、集落の名前もそのまま「禅定寺」です。

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パンフレットによると、正しくは「白華補陀落山観音妙智院禅定寺」というそうで、もともとは比叡山延暦寺と同じ天台宗の寺院だったそうですが、現在は曹洞宗です。宇治一帯が藤原一族の別荘地として注目されるようになった平安時代の中でも、禅定寺は先駆けだそうで、創建は991(正暦2)年です。もう1,000年以上の歴史があることになります。途中、戦国時代になって創建当時の伽藍が焼失しました。戦国時代に燃え落ちて、復興しなかった寺院は、例えば名神高速道路のサービスエリア及びバス停として有名な「菩提寺」の地名の由来となった「少菩提寺」など数多くありますが、幸い禅定寺は江戸時代に復興します。

↓本堂
[禅定寺【宇交石山線30】]の続きを読む
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猿丸神社 さるまるじんじゃ
所在地:京都府綴喜郡宇治田原町禅定寺粽谷(ちまきだに)
開設年月日:1962(昭和37)年10月1日
付近:猿丸神社
キロ程:開拓村から0.5キロ(石山駅から15.4キロ)


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ここから京都府宇治田原町に入ります。暫く見ない間にずいぶん道がよくなりました。

この道路沿いにも目立ちませんが鳥居があります。バス停と駐車場がある側が圧倒的に目立ちますが、もともとこちらが表参道のようです。

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[猿丸神社【宇交石山線29】]の続きを読む
開拓村 かいたくむら
所在地:大津市大石曽束町字大田
開設年月日:1962(昭和37)年11月1日?
廃止年月日:2008(平成20)年11月1日
付近:大津市大田最終処分場
キロ程:小田原から1.7キロ(石山駅から14.9キロ)


石山―京都間が14.5キロですので、大津市最後のバス停、開拓村まで走ると、京都への距離を超えるということになります。



一体「開拓村」とは何なのかと思われる方が多いと思います。石山線でも屈指の謎のバス停だと思います。
私も子どもの頃から、存在は知っていましたが、「開拓村」の何たるかをはっきり意識したのは最近です。


『大石のあゆみ』(1970)によると、戦時下で食糧事情の悪い1942(昭和17)、1943(昭和18)年頃、大石のこの辺りが開拓地として好適として、「増産地域」として開墾することが政府から指令が発せられたのだと言います(P89)。
入植したのは宇治田原の素封家(そほうか=資産家)の二男、三男らで、ブルドーザーなどというものはないので、人力で文字通り開拓して、立派な耕地を作ったのだと言います。

この付近で民家が確認できるのは、1993(平成5)年版の住宅地図が最後です。
[開拓村【宇交石山線28】]の続きを読む
小田原 おだわら
所在地:(北行き)大津市大石小田原一丁目
    (南行き、及び現行京阪バス停留所)大津市大石小田原二丁目
開設年月日:(京阪宇治交通として)1962(昭和37)年11月1日?
      (京阪バス4G号経路として)2008(平成20)年11月1日 
廃止年月日:(京阪宇治バスとして)2008(平成20)年11月1日
付近:大石小田原町自治会館
キロ程:小田原口から1.0キロ(石山駅から13.2キロ)


小田原は大津市の集落としては最南端に位置しています。



『角川地名大辞典 25 滋賀県』(1979)によると、「地名の由来は宇治田原荘北門の交通路に位置したことによる」(P197)とありますが、ではなぜそれが『小田原』なのかが分からず、解説として不十分で不満です。

確かに「田原」という文字は共通していますが、「小田原」でワンセットだと思っていたので、そういう区切り方で考えたことがありませんでした。

もともと膳所藩領で、他の大石各町の多くとともに大津宿の助郷とされていて、大津方面と一定のつながりがあったことが分かります。
明治22年に大石村の一部に、1951(昭和26)年の大津市・大石村合併時に、他の大石各町とともに大津市の一部となります。

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禅定寺峠を挟んで向かい合う禅定寺の集落とは、境界線争いなどでしばしばもめたと言われています。
[小田原 【宇交石山線27】]の続きを読む
小田原口 おだわらぐち
所在地:(宇治田原方面)大津市大石小田原二丁目
    (大石小学校・石山駅方面)大津市大石小田原町
開設年月日:(京阪宇治バス)1979(昭和54)年1月1日より後
      (京阪バス)2008(平成20)年11月1日 
廃止年月日:(京阪宇治バス)2008(平成20)年11月1日
付近:
キロ程:奥出から1.8キロ(石山駅から12.3キロ)




奥出を出たバスが細い山道を走ります。道路の改良が進む宇治田原大石東線(滋賀県道782号線・京都府道783号線)の中でも、ここは拡幅が全く成されていない数少ない区間です。

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宇治バス時代は大石小学校以南、宇治田原方面は対キロ区間制運賃のため、初乗り運賃は160円でした。現在は、京阪バスの運賃制度に変えられており、「大石ゾーンバス地区」として200円の特区運賃となっています。

[小田原口 【宇交石山線26】]の続きを読む