青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
三条京阪 さんじょうけいはん
所在地;京都市東山区五軒町
開設年月日:1928(昭和3)年3月14日設置、同26日営業開始
改称年月日:1981(昭和56)年1月17日「京阪三条」→「三条京阪」 
付近:京阪三条駅 京都市営地下鉄東西線三条京阪駅 京阪バス三条案内所 三条大橋 京都三条大橋郵便局 檀王(だんのう)法林寺 だん王保育園 三条市営住宅 京都市教委体育健康教育室(旧京都市立有済(ゆうさい)小学校)
キロ程:東山三条から0.5キロ




京阪バスの「三条京阪」バス停としては、旧京津国道線や旧三条六地蔵線の停留所としての歴史の方がはるかに長いですが、今回は京都比叡平線のバス停として取り上げます。

「三条京阪」と私たちは何気なく言っていますが、関東では「京成金町」「京急田浦」のように会社名を先に言うところしか恐らくないだろうと思います。多分、関東のひとには「三条京阪」はじめ「七条京阪」「野田阪神」といった表現はものすごい違和感があるのではないでしょうか。
ウィキペディアによると、もともと三条駅付近一帯を「三条通京阪前」と呼んでいたことに由来するのだそうです。

現在の京都比叡平線は、京阪三条駅10番乗場を京都比叡山線と共用しています。

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[三条京阪【京都比叡平線開通30周年記念特集24】]の続きを読む
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久しぶりに、交通に関係のない記事です。記事内容の都合上、あまり画像もなく、随想的になりますので、ご興味のない方は申し訳ありませんが、また別の記事をお待ち下さい。

2月16日から3月15日まで約1か月にわたって、大津アレックスシネマで「滋賀ご当地映画祭」というちょっとしたイベントが開かれておりました。

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反射していて見にくいと思いますが、第1作目から順に、

『雨月物語』(溝口健二監督 1958 大映)
『幻の湖』(橋本忍監督 1982 東宝)
『青い山脈』(西川克己監督 1963 日活) 
『男はつらいよ 拝啓車寅次郎様』(山田洋次監督 1994 松竹)

の4作を1週ずつ交代で上映するという形です。
2作目の「幻の湖」が上映されているときは、どうしても都合が合わなくて行けなかったのですが、普段映画を見る習慣がない私としては珍しく、残り3作全てを見ました。前にもどこかで書いた気がしますが、昔の日本人が何を考えながら、どんな景色を見て、どんなふうに生きていたのか、ということに興味があったので、いい機会だと思ったのです。

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[ご当地映画祭]の続きを読む
東山三条 ひがしやまさんじょう
所在地:(比叡平方面)京都市左京区南門前町
    (三条京阪方面)京都市東山区三町目
    (山科方面)京都市東山区大井手町
    (旧山科方面、比叡平方面?)京都市東山区七軒町
開設年月日:?      
付近:地下鉄東西線東山駅 京都中央信用金庫東山支店 滋賀銀行東山支店 三条市営住宅 京都文教高等学校 京都市粟田地域包括支援センター 旧京阪京津線東山三条駅


東大路通と三条通の交差点で、市電の時代から「東山三条」と呼ばれています。
曾て、三条通には京津線が、東大路通には市電が走り、市電と京津線の間には戦時中、屎尿を運ぶ列車が直通できるように渡り線が設けられていて、戦後も長く残っていたと言います。



京都比叡平線は、曾て本停留所で京津国道線や京都八日市線などに合流していました。

私も詳しい地図を見て改めて知ったのですが、このバス停は東山区と左京区に跨っています。東山区は1931(昭和6)年から今の山科区にあたる地域を合併によって含んでいましたが、山科の人口が増加し、そもそも山科は合併までは「宇治郡山科町」であって地域性も歴史も全く違うことから1976(昭和51)年再び分離しました。もともとは市街地であるこちら側がずっと人口も多かったのでしょうけれども、今は全く逆転して、京都市11区の中で最も人口が少ない区で、高齢化率は政令指定都市の「区」の中で最高です。

↓比叡平方面

[東山三条 【京都比叡平線開通30周年記念特集23】]の続きを読む
東山二条 ひがしやまにじょう
所在地:京都市左京区
開設年月日:1982(昭和57)年11月7日
付近:イオン東山二条店 京都外国語専門学校 法鏡山妙傳寺 西方寺(さいほうじ) 京都市勧業館(みやこめっせ)京都会館 細見美術館




熊野神社前を出て南下、川端警察署の前を過ぎると「東山二条」の交差点で、その南にあるのが「東山二条」のバス停です↓

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南行きは上の写真の通り、市バスの乗り場と共用ですが、北行きは、東山二条交差点の北側にある市バスに対し、南側に単独のポールがあります↓

[東山二条【京都比叡平線開通30周年記念特集22】]の続きを読む
前回に続いて、熊野神社前です。

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「取材」の直後にたまたま読んで、驚きました。
小説はこの時1954(昭和29)年という設定で、三島の取材はその約10年後に行われています。昭和29年時点でこの地蔵尊があった、というところまで三島が確かめているのかは分かりませんが、少なくとも50年以上はここに安置されているのでしょう。由緒などは全く書かれていませんでしたが、私が行った時も、僅か10分ほどの間に2人もお参りに来ていたので、病院関係者の間では相当有名なのだと思います。

今は鞘堂(さやどう)のように、お堂の外側をさらに小屋が覆っていますが、小説に書かれている内容から考えて、当時はお堂が露出していたのだろうと思われます。

肝心のバス停がまだ取り上げられていませんでした。

↓北行き。丸太町より北です。背景の右の方に「聖護院八つ橋本店」がちらっと見えます。
[熊野神社前【京都比叡平線開通30周年記念特集21-2】]の続きを読む

「あれをごらんなさいよ。あれ」
と眼下を指差した。
 見ると夥(おびただ)しい鈴懸の落葉が、煎じたような色で積み重なる散歩路の南の外れに、色めくものを溢れさせた粗末な小屋があったので、岡野は何かを売る店かと思った。目を凝らすと、そうではなかった。その小屋から溢れ出てそよいでいるのは幾房の千羽鶴であった。
 (中略)
「ここからは字が読めないけど、全快地蔵尊と書いてあるんですよ。ここの病院の名物で、全快した人は、退院するときに、千羽鶴をお礼に下げて行くの。私、駒沢が治ったら、千羽鶴を五房作ってさし上げます、って、毎朝あそこへお祈りに行ってるんだけど」
そのとき菊乃の目尻にかかる後れ毛は、すでににじんで来る涙に濡れていた。
(三島由紀夫「第十章 駒沢善次郎の偉大」『絹と明察』P277 新潮社 1964)



熊野神社前 くまのじんじゃまえ
所在地:京都市左京区聖護院山王町
    (比叡山線が東大路経由だった時の比叡山方面のポールは京都市左京区聖護院川原町)
開設年月日:?
付近:熊野神社 京都大学附属病院 京大熊野寮 京都聖護院郵便局 三菱東京UFJ銀行聖護院支店




「熊野神社前」は、交差点名でいうと「東山丸太町」ですが、市電の時代から停留所は「熊野神社前」と呼ばれています。

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1976(昭和51)年3月31日までは、この交差点を市電が十字に渡り、西方面と北方面の間はポイントで渡れるようになっていました。

[熊野神社前【京都比叡平線開通30周年記念特集21-1】]の続きを読む
近衛通 このえどおり
所在地:東山近衛
    (比叡平方面)京都市左京区吉田橘町
    (三条京阪方面)京都市左京区吉田近衛町
開設年月日:1982(昭和57)年11月7日
付近:京都大学医学部 NTT京都支店京都吉田別館(旧京都吉田電報電話局) 京都大学楽友会館 京大吉田寮 京都市立近衛中学校 吉田近衛府営住宅 




市バスのバス停としては恐らく非常に古く、市電から継承されているものと思われますが、京阪バスが停車するようになったのは、京都比叡平線が開通した時からです。その前から走っている京都比叡山線は、京都比叡平線開通当時は東大路通経由ですが、この停留所は通過していました。

北行き、南行きのバス停の位置が、東山近衛の交差点を挟んで大きくずれていますが、京都比叡平線開通時はもとより、バス停の位置がはっきり確認できる住宅地図としては最も古い、1973年版の『京都市精密住宅地図』(吉田地図出版)でも既にこの位置でした(これより古いものは、記載がなかったりおおよその位置に〇しかなかったりで位置の特定をするには不完全)。

[近衛通【京都比叡平線開通30周年記念特集20】]の続きを読む
京大正門 きょうだいせいもん
所在地:東山東一条
    (比叡平方面)京都市左京区吉田牛ノ宮町
    (三条京阪方面)京都市左京区吉田二本松町
開設年月日:1982(昭和57)年11月7日
改称年月日:1998(平成10)年3月21日 東一条→京大正門
付近:京都大学正門・吉田本部キャンパス 京都大学物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)(※2009年まで京都大学人文科学研究所図書館) 京都大学YMCA会館 日本イタリア京都会館 関西日仏学館 京都市立第四錦林小学校 京都市吉田児童館
   



京大関係の施設だらけのバス停が続きますが、その中心はやはりこの「京大正門」でしょう。

交差点の名前は「東山東一条」でバス停名は「東一条」でしたが、1997(平成9)年の地下鉄東西線開通に伴う大規模なダイヤ改正時に、市バスの停留所名が「京大正門前」に変更になったことが明らかなので、京阪バスもこのタイミングで変更しているものと思われます。但し、京阪バスは「前」が付きません。

※その後の調査で1998(平成10)年3月21日に京都比叡山線・比叡平線関係で大規模なダイヤ改正や路線の改変が行われたことが明らかになりましたので、現在公開中の記事も順次補足し、今後の記事にはこれを反映させます。

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↓いつ見ても気になる、この交差点の南西の謎の空間。何と昭和30年代の住宅地図でも、ここは空きスペースでした。

[京大正門【京都比叡平線開通30周年記念特集19】]の続きを読む
百万遍 ひゃくまんべん
所在地:(比叡平・比叡山方面)京都市左京区田中門前町
    (比叡平線三条京阪方面)京都市左京区吉田本町
    (比叡山線三条京阪方面)京都市左京区吉田泉殿町
開設年月日:?
付近:知恩寺(百万遍) 京都府警青雲寮 京都百万遍郵便局 百万遍保育園 京都大学百万遍門 京都大学総合博物館 京都大学総合体育館 京大西部会館ルネ 思文閣美術館 府営田中関田住宅




京滋の人間は耳馴れていて「百万遍」と聞いても見ても別に何とも思いませんが、よその方が聞くと地名のように聞こえない変な地名のようです。交差点北東の知恩寺の通称「百万遍」からきています。

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[百万遍【京都比叡平線開通30周年記念特集18】 ]の続きを読む
京大農学部 きょうだいのうがくぶ
所在地:(比叡平方面)京都市左京区北白川追分町
    (三条京阪方面)京都市左京区吉田本町
開設年月日:1982(昭和57)年11月7日
改称年月日:1998(平成10)年3月21日 農学部前→京大農学部
      ※市バスは1997(平成9)年10月12日地下鉄東西線開通に伴うダイヤ改正時に改称実施(市バスは「京大農学部前」)
付近:京都大学農学部、理学部、工学部 吉田神社




かつて「農学部前」という停留所名だったので、私もその印象が強く、今回の「取材」で初めて改称を知ったような有様です(汗。京都市バスについては1997(平成9)年の地下鉄東西線開通時の大規模なダイヤ改正時に改称、京阪バスもはっきり分かりませんが、恐らくそのタイミングで現在の名称に変更されたのではないかと思います。
(と書いておりましたが、翌年3月に改称されたことがはっきり分かる資料が見つかりましたので、訂正します)

確かに「農学部」は一般名詞で、特定するためには固有名詞を冠しなければなりません。実際、京都府立大にも農学部があって、初めてのひとは区別できません。

但し、京都バスは今も「農学部前」を名乗っているようです。

↓銀閣寺道・比叡平方面

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↓到着したB-1233の比叡平行き
[京大農学部【京都比叡平線開通30周年記念特集17】]の続きを読む