青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
下手で申し訳ないのですが、宜しければアメリカの作曲家・音楽教育家のギロック(William L. Gillock 1917-1993)作曲「音もなく降る雪」“The Silent Snow”をお聴き下さい。たった10小節ほど1分弱の短い曲です。



ギロックの曲は短いものが多くて、音も少ないけれど、それこそO・ヘンリの短編小説や、日本なら俳句や短歌のように1つの世界をうまく切り取っていて、驚くほどきれいです。

こんなふうに、静かに降ってくれる雪(のように私の演奏で聴こえたか分かりませんが…)ならいいですが、たまにドカ雪が降ると困ったものです。家にいられるなら、雪もいいものですが、仕事で外に出なければならないとなると、子どもの頃のようにはしゃいでもいられません。遅れるバスや、込み合う電車に辟易しながら、滑る足元に気を遣って、仕事1日分の気力と体力を使いながらの出勤でぐったり。

そんな雪の日の交通についての投稿が、51年前の今日、1962(昭和37)年1月29日付京都新聞に掲載されていました。第1滋賀版の『窓』から↓

[バスと公共性について]の続きを読む
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1月21日に続き、山中町です。

↓村の鎮守 樹下神社。「樹下」を「きのした」と読む場合もあって、パソコンでもすぐ変換されますが、ここは坂本の日吉大社の上七社のひとつ、樹下宮を勧請(かんじょう=神霊を分けること)した神社なので、「じゅげ」と読むようです。

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↓紅葉真っ盛りの境内。

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↓北のバイパスの方向に向かう路地の入口にある標識。

[山中町【京都比叡平線開通30周年記念特集9‐3】]の続きを読む
京阪バスは、1922(大正11)年10月1日桃山自動車株式会社としてスタートし、昨年は90周年ということで、定期観光バスを中心にキャンペーンが行われました。
直系の母体は、桃山自動車株式会社であるわけですが、実際には同社が中心となって、京都滋賀大阪の数々の会社を統合した会社です。



大津営業所の最も古いルーツは、およそ90年前に誕生した大石自動車商会(代表・藤永弥次郎)まで遡ることができます。
『京阪バス五十年史』(1972 京阪バス株式会社)の年表上は90年前の今日、1月25日に南郷‐石山蛍谷間の免許が付与されたという記述がありますが、一方で本文には次のような記述もあります↓

[石山-南郷間 路線バス開通90周年]の続きを読む
1月14日付拙稿に続き、山中町を取り上げます。

山中越は古くから京と近江を結ぶ逢坂峠に次ぐ重要な交通路として知られており、数々の古典文学、特に和歌で多数取り上げられております。

中でも著名なのは、「志賀の山越えに女のおほくあへりけるに、よみてつかはしける」(山中越えを通って、志賀の崇福寺に参る女性たちに出会って詠んで贈った)という詞書(ことばがき)に始まる、

梓弓 はるの山辺を 越えくれば 道もさりあへず 花ぞ散りける (『古今和歌集』春115)

という紀貫之の歌と、百人一首第32の、

山川に風のかけたる しがらみは 流れもあへぬ 紅葉なりけり(春道列樹 はるみちのつらき 『古今和歌集』巻五秋下303)

です。
「山川に風がかけた柵(しがらみ)は、流れることができない紅葉だったことよ」くらいの解釈でしょうか。
句切れもなく、ちょっとあっさりし過ぎている気がしますが、要は、本当はひとが竹や木の枝で作るはずの柵を風が作ったという擬人的な視点と、流れることができずにとどまっている紅葉の美しさを表したいのでしょう。
この歌の語順通りに読むよりは、「風が紅葉を散らして作った柵」と順序を入れ替えて考える方が理解はしやすいのですが、風がかけた柵とは一体何だろうか?と上の句で思わせておいて、下の句で答えを明かすという手法なのでしょう。

「ちはやふる」で俄かに有名になった、百人一首第17の、

千早ぶる 神代もきかず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは(在原業平『古今和歌集』 巻五・秋下294)

が、流れの中の紅葉の美しさを表しているのとは好対照です。

今回の「取材」は秋に歩きましたので、春道列樹の歌を彷彿とさせるような美しい景色がないかと川を見ながら歩いておりましたが…。

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[山中町【京都比叡平線開通30周年記念特集9‐2】]の続きを読む
一昨年2011(平成23)年の今日1月17日、大雪の影響で石山駅-岩間寺間の臨時便は全便運休となりました↓

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この他に、豪雨災害直後の2012(平成24)年8月17日も、土砂崩れで運休となりました↓

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しかし、少なくとも今からちょうど30年前の1983(昭和58)年1月17日には、少なくともそれまでの1年余りの長期間、この臨時便が運休していました。

「岩間寺 “参拝バス”いつ走る 進まぬ市道復旧に悲鳴」という気になる記事が載ったのは、1983(昭和58)年1月21日付の京都新聞滋賀版です。
[岩間寺行きが走らない17日]の続きを読む
山中町 やまなかちょう
所在地:大津市山中町
開設年月日:?
付近:樹下神社 山中会館 旧大津市立志賀小学校山中分校(比叡平小学校山中分校) 旧大津市立山中保育園


山中町は滋賀県と京都府の境界線ギリギリのところにある、文字通り山の中の集落です。標高300mほどで、分水嶺である志賀峠(旧山中越)や、田ノ谷峠(今道越)からは京都側に下がったところです。

『週刊日本の街道56 京都・山中越と比叡への道』(講談社 2003)はこの町について、江戸時代の儒学者・貝原益軒「山中、民家多し、町あり、寒気ふかくして梅花も二月に咲く、桜はなをおそし」ということばを引いて紹介しています。



同書によると、1469-87年の「文明年間」(室町時代)にはここに延暦寺が関所を作って関銭を徴収していたそうです(P12)。

↓ここにも比叡平と同じ幟が立っています。

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ポールは京都方面側にしかありません。

現在、山中町は比叡平とは同じ小学校区としてまとまっています。大津市内の学区名が、「志賀小学校」の学区が「滋賀学区」である以外、通常は小学校の名前そのままで「膳所学区」「瀬田学区」などと呼ぶのと違って、ここは特に2地区だけから成り立っていて、人口の面ではずっと小規模な山中町と対等・平等であろうとするためか小学校は「比叡平小学校」でも、学区名は「山中比叡平学区」と呼称するのが普通です。市民センターも比叡平にありますが、名称は「山中比叡平市民センター」です。

しかし、昭和40年代に新しく生まれた比叡平に対して、山中町は「壬申の乱の残兵が逃れてこの地に隠れ、田地を開いて1村をなした」(『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』P709)ことで形成されたと言われています。壬申の乱は672年ですから、山中町は1,000年できかない歴史を持っていることになります。
明治22年に町村制が敷かれて滋賀郡滋賀村の大字となり、1932(昭和7)年5月10日大津市となります。これは膳所や石山の合併より約1年早いです。

これらの全く異なる2つの地域を結びつけたのは、小学生たちでした。
[山中町【京都比叡平線開通30周年記念特集9‐1】]の続きを読む
山中上 やまなかかみ
所在地:大津市山中町
開設年月日:1982(昭和57)年11月7日?
付近:


「比叡平口」との中間点にある地鶏専門店を気にしながら歩きます。↓

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バス停からの距離は中途半端でしんどいですね。私はほとんど飲酒しないので構わないですが、飲むひとはタクシーとか運転代行とか頼まないといけないかもしれません。



比叡平口からだと15分くらいでしょうか、この山中上バス停は山中町の集落の大津側の入口ですが、周囲に民家はなく、集落に入る道と、通称「山中バイパス」と呼ばれる、集落を避ける道との分岐点にあたります。あとは志賀峠の旧道の入口が近くにあるばかりです。

「山中バイパス」は、安全と騒音防止のために、通過交通と住民の交通を分離しようとして1970(昭和45)年4月15日に開通した道路です。旧道は現在、路線バス、タクシーの他は、住民など町内に用事のない車は進入禁止です。これは比叡平も同じです。

↓左が集落に入る道で、「山中町経由」の表記があるバスはそちらを通り、ないバスは右側のバイパスを通ります。
[山中上 【京都比叡平線開通30周年記念特集8】]の続きを読む
比叡平口 ひえいだいらぐち
所在地:(京都方面)大津市山中町 (比叡平方面)大津市比叡平三丁目
開設年月日:2009(平成21)年3月20日
付近:サークルK大津ひえい平店


比叡平三丁目を出て急な下り坂を降りると、比叡平で唯一のコンビニ「サークルK 大津ひえい平店」が見えてきます。

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そのサークルKのすぐ横にあるのが、京都比叡平線で最も新しい「比叡平口」バス停です。比叡平自治会の方の要望と努力で生まれ、今年9月1日から大津比叡平線のうち66A号経路も停車するようになりました。

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[比叡平口【京都比叡平線開通30周年記念特集7】]の続きを読む
比叡平三丁目 ひえいだいらさんちょうめ
所在地:大津市比叡平三丁目
開設年月日:1982(昭和57)年11月7日
付近:


比叡平三丁目は、一~三丁目まである比叡平の中で人口、世帯数が最も多い地域です。バス停は、三丁目東から急な勾配を下る途中にあります。比叡平口からだと逆にかなり厳しい上り坂になります。



普通に考えると、1つ「比叡平」寄りの「三丁目東」に対して、こちらがメインのように思えますが、こちらの方が住宅街の縁(へり)という感じで、住宅街の真ん中にある「三丁目東」とはずいぶん雰囲気が違います。木立が美しくて、軽井沢かどこかのようです。

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[比叡平三丁目【京都比叡平線開通30周年記念特集6】]の続きを読む
一丁目南 いっちょうめみなみ
所在地:大津市比叡平一丁目
開設年月日:1982(昭和57)年11月7日
付近:


比叡平団地内にある7カ所のバス停の中で、初めてのひとに一番分かりにくい目立たない場所にあるのが、恐らくこの一丁目南バス停だと思います。昨年9月1日までは、開通当初からずっと京都比叡平線単独のバス停です。



比叡平ではバス運転手向けにこんな札がところどころに立っています↓

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[一丁目南【京都比叡平線開通30周年記念特集3】]の続きを読む