青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
近江舞子(南小松) おうみまいこ(みなみこまつ)
所在地:大津市(旧志賀町)南小松
開設年月日:?
廃止年月日:1974(昭和49)年7月20日?
付近:JR近江舞子駅 大津市立小松小学校 (現存しないもの)旧志賀町立志賀中学校小松分校
キロ程:北小松から2.6キロ(近江今津から23.6キロ 浜大津から29.2キロ)


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(おいそれとは見られない321系の「近江舞子」車内表示 終点まで粘って撮影…)



北小松から2.6キロもの距離を走って、やっと近江舞子(南小松)です。

近江舞子は琵琶湖屈指の景勝地として、また多くの湖西線が折り返す駅としても、関西では割合よく知られた地名だと思いますが、正式な地名ではなく、頼りにしている『角川地名大辞典 25 滋賀県』には、「近江舞子」はおろか、古くからの呼称である「雄松崎」(おまつざき)の項さえなく、なぜここを「近江舞子」というのかがよく分かりませんでした。

大津市歴史博物館が監修したらしいWeblio辞書の「近江舞子」の項をやっと見つけて確認したところ、近代以降に「雄松崎」の通称として、兵庫県の舞子に因んで呼ばれるようになったようです。

そういえば、神戸線に「舞子駅」(神戸市垂水区)がありますね。

江若鉄道の駅は1929(昭和4)年8月10日に、それまでの「雄松」から「近江舞子」に改称されたので、その頃にはもう使われていた呼称なのでしょう。

ただ、「江若鉄道廃止申請書類」によれば、バス停名は少なくとも江若鉄道廃止の頃までは行政上の正式な地名の「南小松」だったようです。1973(昭和48)年時点の路線図では京阪バスも江若交通も、「近江舞子」となっています。

↓近江舞子駅。
[近江舞子(南小松) 【京都今津線27-1】]の続きを読む
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小松ビーチ前 こまつびーちまえ
所在地:大津市(旧志賀町)北小松
開設年月日:?
廃止年月日:1974(昭和49)年7月20日?
付近:ローソン志賀北小松店 滋慶学園びわこクラブ 京都復活学園湖畔学舎
キロ程:鵜川から0.9キロ(近江今津から18.9キロ 浜大津から33.9キロ)


打下付近からずっと、集落内を通る細い道以外、分かれ道らしい分かれ道がありませんでしたが、「ローソン志賀北小松店」付近で、ローソンを挟むようにして、湖側を通る道と、国道161号線が分岐して、また合流します。



この湖側を通る道が、実はもともとの国道161号線で、京阪バス・京都今津線も江若交通・浜大津線も、当然そちら側を通っていました。今はあまりに自然に直進している(画面右手の道)ので、昔の姿がイメージできませんが、北側から走ってくると、湖側に大きくカーブする形だったそうです↓

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それが分かる地形図がこちら↓ 

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(大正9年測量 昭和46年改測 昭和61年修正測量 1:25,000地形図「北小松」)
[小松ビーチ前 【京都今津線25】]の続きを読む
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天ヶ瀬ダム あまがせだむ
所在地:宇治市宇治
開設年月日:(京阪バス宇治川ライン線として)1977(昭和52)年3月21日
廃止年月日:?
付近:天ヶ瀬ダム 関西電力天ヶ瀬発電所 宇治市斎場 天ヶ瀬墓地公園 ガーデンズ天ヶ瀬(廃業)


平等院と並ぶ、宇治を代表する観光スポット、天ヶ瀬ダムにやってきました。



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去年の11月に行ったのですが、去年は紅葉の色づきが一昨年に比べて悪くて、また、ダイナミックな放流の時間帯でもなかったので、ちょっと残念でした。

↓こちらは旧志津川発電所。現在は民間企業が所有しているそうですが、詳細は調べても分かりませんでした。

[天ヶ瀬ダム 【宇治川ライン線生誕35周年企画7】]の続きを読む
※バス停を北から順番に並べると、本来「小松ビーチ前」の方が北ですが、編集の都合で、今回の「北小松」を先に取り上げます。

北小松 きたこまつ
所在地:大津市(旧志賀町)北小松
開設年月日:?
廃止年月日:1974(昭和49)年7月20日?
付近:JR北小松駅 北小松水泳場 志賀小松郵便局 小松市民センター(大津市役所小松支所)
キロ程:小松ビーチ前から2.1キロ(近江今津から21.0キロ 浜大津から31.8キロ)


旧志賀町の北端、北小松集落の中心にあり、江若鉄道・北小松駅の代替バス停だったのが「北小松」バス停です。
旧志賀町の北端ということは、大津市の北端のようにも思われますが、1967(昭和42)年に編入された比良山を越えて反対側の葛川(かつらがわ)学区の、葛川細川町の方が緯度が北で、大津市最北の民家も、恐らくそちらの方にあるものと思われます。江若交通に詳しい方(というのがこの世の中にどれほどいるのか分かりませんが)ならご存知の通り、この「細川」が現在、江若交通の堅田営業所と安曇川営業所が直接接する唯一の地点で、両営業所の「分水嶺」になっています。

江若鉄道があった頃は「北小松駅前」と呼ばれていたようで、「江若鉄道廃止申請書類」にも「北小松駅前」と記載されています。



JR湖西線北小松駅で降りました。大津市最北の駅であり、また、最も乗降客が少ないJR駅でもあります。

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↓夕暮れ時や天気が悪い時の寂しい雰囲気も好きです。

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冬は、ほとんど黒と言ってよいほど濃い紺の琵琶湖を背景に、吹きすさぶ雪交じりの比良颪(おろし)にじっと耐えて押し黙るように、家々が肩を寄せ合うさまが旅情を掻き立てます。

[北小松(北小松駅前) 【京都今津線26】]の続きを読む
鵜川 うかわ
所在地:高島市鵜川
開設年月日:?
廃止年月日:1974(昭和49)年7月20日?
付近:
キロ程:白鬚神社前から1.2キロ(近江今津から18.0キロ 浜大津から34.8キロ)


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北小松駅と近江高島駅の中間地点、湖西は全体的に山が琵琶湖に迫っていますが、ここは特に平地が狭く、景色が美しい反面、交通に恵まれず、人口も希薄で、国道161号線沿いでも屈指の厳しい環境の土地だと思います。しかし、そんな中でもひとびとは古くから強く生きてきました。



[鵡川 【京都今津線24】]の続きを読む
白鬚神社前の続きです。

↓こちらは紫式部の歌碑

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三尾の海に/網引く民のひまもなく/立居につけて/都恋しも

白鬚神社そのものを訪れたわけではないようですが、父・藤原為時に従って、越前に向かう琵琶湖の船の中で都を懐かしんで詠んだ、中宮彰子に仕えるよりずっと以前の若い日の歌を、琵琶湖を望むこの神社に高島市教委が建立したようです。

三尾の海というのは、今の安曇川沖一帯の琵琶湖のことです。漁師たちが、忙しく立ったり坐ったりして網を引く様子を見て、都が恋しくなった、と言っています。文末の「も」は詠嘆の終助詞と思われます。

↓こちらはぐっと時代が下がって松尾芭蕉です。
[白鬚神社前(白鬚駅前) 【京都今津線23-2】]の続きを読む
白鬚神社前(白鬚駅前) しらひげじんじゃまえ(しらひげえきまえ)
所在地:高島市鵜川(うかわ)
開設年月日:1951(昭和26)年7月8日
廃止年月日:1974(昭和49)年7月20日?
付近:白鬚神社
キロ程:打下から1.8キロ(近江今津から16.8キロ 浜大津から36.0キロ)


ここは、湖西最大のハイライトといってよい素晴らしい景観・白鬚神社のまん前です。よその地方から来た友人に、滋賀県内を案内するとしたら、やっぱりここを見せてあげたいな、と思います。

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湖中の大鳥居は圧巻です!
といっている私も、実は走る車の中から見るだけで、実際に近くで見たのはごく最近です。

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[白鬚神社前(白鬚駅前) 【京都今津線23-1】]の続きを読む
今日、1952(昭和27)年9月8日は江若交通・仰木線(堅田-上仰木間)が開通して満60周年です。

黒字の路線は1つもないという江若交通(平成22年度大津市若手職員によるまちづくり委員会「第1節 路線バスの現状と課題」『公共交通についてみんなで考えてみませんか?』第4章「路線バスの維持活性化」P45 2010)。路線バスが全国的にどんどん廃止されていく中で、60年走り続けるというのは、並大抵のことではありません。同じ大津市内でも、仰木には何の縁もなく、下在地「江若バス史料館」~春の仰木②で書きました昨年のGWの散策の時が、まともに足を踏み入れた最初ですが、還暦に敬意を表し、簡単ですが取り上げたいと思います。

1952(昭和27)年9月7日付滋賀日日新聞↓

S27.9.7S 堅田‐仰木間にバスb

この頃は「仰木村」なんですね!
当時は、仰木道から堅田町内をひとめぐりする路線設定だったようです。京阪バス京都今津線の項で、詳細に取り上げる予定ですが、京都今津線も、江若交通浜大津線も、もともとは堅田町内を回っていました。だから未だに堅田町内線の正式路線名は、あくまでも「浜大津線」なのです。ウソだと思う方、江若交通公式サイトの時刻表をよくご覧下さい。

現在、仰木線の平日ダイヤは1日8往復、休日は3往復、驚いたことに、当時のダイヤは、今の休日ダイヤとそっくりで、始発はだいぶ時間がずれていますが、2本目、3本目はそれぞれ当時の5分前、2分後の発車です。もっとも、今の堅田駅は影も形もなく、当時は今の本堅田に当たる位置が堅田駅として起点だったのだと思われます。

60年前の今日は何と無料で多数運転とあることに驚かされます。

↓仰木の高台から見た、雄琴方面。遠く琵琶湖の向こうに近江富士が見えます。

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バス停は8カ所とのことですが、「仰木道」から数え始めると、どう考えても当時は絶対にない「仰木台東口」、「レークピア北口」を除けば、現在、「十王堂前」「下仰木」「平尾」「仰木小学校前」「辻」「札場」「上仰木」と、ちょうど8カ所ありますので、これらを指しているのかと思われます。
[江若バス 仰木線開通60周年]の続きを読む
前回の続きです。

トンネルを通り抜けると琵琶湖。この日はあいにくの曇天でしたが、滋賀県はこういう感じの日が割と多いですし、あまり華々しくいい天気であるより、情緒があるような気もします。

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コンクリートの護岸が濡れているのは、波がかかるからでしょうか。

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遠くに釣り人も見えます。

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私も南に向かって歩いてみたのですが…、え?何これ?水がヒタヒタ上がってくる。

[打下 【京都今津線22-2】]の続きを読む
打下 うちおろし
所在地:高島市勝野
開設年月日:1962(昭和37)年5月19日?
廃止年月日:1974(昭和49)年7月20日?
付近:打下区民会館 浄照寺 最勝寺 乙女ヶ池
キロ程:高島町(駅)から1.1キロ(近江今津から15.0キロ 浜大津から37.8キロ)


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ん?…何か、イヤな感じのものが見える……。

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ギャー!!!ヘビ???

…と思ったら、漁網と綱の切れ端のようでした。ああ、びっくりした!こういうものはちゃんと片付けないと、目が悪いお年寄りだったら、本当に冗談抜き、驚いて腰を抜かしたり、とっさに逃げようとして転んだりしかねません。



ここは、「打下」と書いて、「うちおろし」。現行の行政地名にはなく、普通の地図では出てきませんが、よく使われている小字のようです。比良からの強い風が「打ち下ろす」、或いは「打ち嵐」が転じたのではなかろうかとのことです。

↓江若交通のバス停が、そのまま「近江タクシー」のシールを貼り付けて、「定時乗合タクシー」鵜川線の停留所として使われています。こちらは北行きです。私は毎年9月5日の白鬚神社臨時バスには、南行きしか乗ったことがないので、よく分かりませんが、北行きはここに停まるはずです。

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↓南から北を眺めています。山と湖に挟まれた狭い街道筋にこのように家が並んでいます。

[打下 【京都今津線22-1】]の続きを読む