青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
※設定を誤って、「竜王」を先にUPしてしまいましたが、八日市から見ると今回の「蒲生」が先になります。申し訳ありませんでした。

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蒲生 がもう
所在地:東近江市稲垂(いなたり)町 (2006年1月1日まで旧蒲生郡蒲生町稲垂)
開設年月日:?
廃止(休止)年月日:1984(昭和59)年10月24日
付近:あかね古墳公園 積水樹脂滋賀流通センター 名神電機滋賀工場 願成寺




「蒲生」というと、結構大阪の長堀鶴見緑地線の「蒲生」がイメージされるかと思いますが、滋賀県で「蒲生」と言えば旧蒲生郡蒲生町です。

名神高速と町道がクロスするところには、「あかね古墳公園」↓

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付近に民家はあまりありません。
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竜王 りゅうおう
所在地:蒲生郡竜王町山之上
開設年月日:?
廃止(休止)年月日:1984(昭和59)年10月24日
付近:




竜王…滋賀県に住んでいればもちろん、京都、大阪方面の方でも、よく車を運転する方なら道路交通情報などで耳にする地名だと思いますが、私は生まれて初めてまともに竜王町に足を踏み入れました。

もともと鏡山村と苗村という2つの村があったのですが、1955(昭和30)年の合併の時、両方の村に共通する「竜王山」から、「竜王町」と名付けられたそうです。共通するシンボルのようなものがあったりすると、無理な合成地名にしたりせず、すんなりと名前が決まるのでしょう。

竜王インターチェンジとは全く別の位置にあるバス停です。竜王インターチェンジは1981(昭和56)年設置と比較的新しいインターチェンジですが、バス停は名神高速道路開通当初からあるようです。
しかし、周囲は民家もほとんどない田んぼの真ん中です。だいたい高速バスのバス停はこういうところが多いですね。用地の買収に手間がかからず、都市間を短絡できるようにしようとすると、どうしても辺鄙な場所を通るため、バス停もこんな場所に設置するしかないのでしょうね。

↓周囲の風景

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[竜王 【八日市特急線8】]の続きを読む
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南郷二丁目東 なんごうにちょうめひがし
所在地:(新浜方面)大津市南郷一丁目 (石山駅方面)大津市南郷二丁目
開設年月日:1987(昭和62)年4月8日
付近:滋賀銀行南郷支店 大津南郷郵便局


8回に渡ってお送りした南中系統25周年特集も最終回です。今回は、南中系統単独のバス停としては最東端に位置する「南郷二丁目東」です。



南中系統開通当時の大津市内の京阪バスには、比叡平の「三丁目東」「一丁目南」を別にすると、「○丁目」に東西南北を付けるバス停は、後にも先にも他に例がなく、比叡平の細かいことを知らなかった当時の私は、どこかよそのバス会社みたいで違和感があったのを覚えています。

この辺りの「町」「丁目」の境界線はとても複雑で、「南郷二丁目東」なのだから、当然「南郷二丁目」にあるのだろうと思っていたのですが、実際は、一丁目と二丁目に跨っています。
[南郷二丁目東 【南中系統開通25周年記念特集7】]の続きを読む
曽束大橋 そつかおおはし
所在地:大津市大石曽束町
開設年月日:1977(昭和52)年3月21日
廃止年月日:?
付近:曽束大橋 曽束緑地


笠取口を出て、800mあまり、普通なら間にもう1つバス停が挟まるくらいの距離を走って、曽束大橋に着きます。



↓標識は右に行くと宇治であることを示していますが、左に曲がる(写真の撮影位置側に折れる)ことができ、ここから5~600mほどで「曽束」のバス停です。

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バス停のポールはこの辺にあったのかな?と思ったのですが、何しろ家がないからどの年度も住宅地図がなく、記憶もないので、確かめようがありません↓

[曽束大橋 【宇治川ライン線生誕35年企画3】]の続きを読む
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(N-3891 2008年6月23日撮影)

南郷二丁目 なんごうにちょうめ
所在地:大津市南郷二丁目
開設年月日:1987(昭和62)年4月8日
付近:


南郷中学校から長い下り坂を下る途中、瀬田川グリーンハイツ(南郷グリーンハイツ)の真ん中に位置するバス停。南郷中学校から、本バス停の次の南郷二丁目東までは、大津管内では珍しく、バス通りの両サイドが完全に住宅街で、住宅の層も厚く、人口密度が高いため、利用者が多い停留所のひとつです。南郷グリーンハイツ自治会は、南郷学区で最も人口が多い自治会です。


[南郷二丁目 【南中系統開通25周年記念特集6】]の続きを読む
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南郷中学校 なんごうちゅうがっこう
所在地:大津市南郷二丁目
開設年月日:1987(昭和62)年4月8日
付近:大津市立南郷中学校 社会福祉法人南郷会:南郷保育園


南郷中学校経由系統の中心的なバス停。中学生以外の一般利用者は、前後の赤尾町や南郷二丁目に比べ、若干少ない印象です。



↓南郷方面のポール

[南郷中学校 【南中系統開通25周年記念特集5】]の続きを読む
1952(昭和27)年5月11日、ちょうど60年前の今日、後に近鉄、奈良交通、京阪バス3社がしのぎを削ることになる京都奈良線のバスの中で、最も歴史が古い「奈良電鉄バス」(のちの奈良交通バス京都営業所)の京都奈良線が開通しました。

S27.5.5KY 京都‐奈良間に奈良電鉄バスb

停留所名もある、詳しい記事です。1日20往復!1時間2本程度でしょうか。

これより以前から話題にはなっていたようで、1949(昭和24)年8月20日付京都新聞山城版には、以下のような記事がありました↓
[京都-奈良間 奈良電鉄バス開通60年]の続きを読む
掲示板やブログで、ファンが会社に関するマイナスなことを書くのはどうなのか?という意見もありますが、ネコかわいがりするような「好き」は、本当の「好き」ではありません。そもそも私は自分をファンではなく、沿線の住民、一利用者だと思っており、声を上げなければいけないこと、言わなければいけないこともあると考えています。

それにしても、もう50年以上前ですが、1959(昭和34)年はいやに「言わなければいけないこと」が多かったのか、新聞に京阪バス関係の読者投稿が相次いでいます。

↓53年前の今日、5月8日付朝日新聞滋賀版

S34.5.8A あいまいなバス料金b

投稿内容の前に、下阪本から近江神宮回り大津駅行き、なんていうのがあったことが興味深いです。柳ヶ崎で右折して二本松を経由して近江神宮前で左折…というルートでしょうか?近江神宮より南に走っても、当時は市役所なんて影も形もなく、まだ米軍キャンプだったのではないかと思うのですが…。

[相次ぐ新聞読者投稿記事]の続きを読む
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赤尾町 あかおちょう
所在地:大津市千町二丁目
開設年月日:1987(昭和62)年4月8日
付近:大津千町簡易郵便局


地元の人間でも詳しい地図を改めて見直さなければ気づかないのですが、「赤尾町」バス停の所在地は「大津市赤尾町」ではありません。僅かにずれて、実際の所在地は千町です。上の写真の、横断歩道の標識の左手の家と、道路を挟んで右手の家の辺りが、赤尾町の一番上のブロックです。
ずれが僅かであり、あまり所在地に忠実に「千町二丁目」としてしまうと逆に地元では「第二グリーンハイツ」のイメージが強く、誤解を招くので、「赤尾町」としたのかもしれません。

因みに、行政上の住所としての「赤尾町」の範囲には実際にはバス停は1カ所もありません。



「赤尾」の町名は、もともと「八幡野(はちまんの)」と呼ばれる広大な原野であったのを、江戸時代に、大津の商人、赤尾松太郎が新田を開いたことに端を発します。膳所藩領赤尾新田から、明治時代には滋賀郡赤尾村、滋賀郡石山村(町)大字赤尾となり、1933(昭和8)年から、「大津市石山赤尾町」となりました。住居表示が施行されて、今の「大津市赤尾町」になったのは1976(昭和51)年です。

[赤尾町 【南中系統開通25周年記念特集4】]の続きを読む
50年前の今日、1962(昭和37)年5月1日、湖南交通(翌年から帝産湖南交通)の信楽(しがらき)線が、石山駅を越えて京都方面に乗り入れを果たします。

著作権法の関係で、新聞記事は来年以降でないとそのままをUPできませんが、ポイントを簡単に引用するとともに、読者の方から頂いた写真や資料をUPさせて頂きます。

↓こちらは恐らく土日祝日のみ運転となるダイヤ改正の前の最後のダイヤ改正の時刻表ではなかろうかと思われます。

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そういえば、ある時から「河原町御池行き」でなく、「三条大橋東詰」行きになりましたね。今、京都バスの大原行きが着いているバス停に発着していたことが、上の図で分かります。
[帝産バス 信楽線 京都乗り入れ50年]の続きを読む