青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。

わかいといわれ ジーパンはいた
かがみのまえで (ハッスルハッスル)
バスていまえで (ハッスルハッスル)
あかいくつはいて ハッスルハッスル

「ハッスルばあちゃん」 歌 のこいのこ  作詞 高田ひろお  作曲 佐瀬寿一 (1976)





これが懐かしいなんて言うと、歳がバレそうですが、1976(昭和51)年という、私が影も形もない時代から「ひらけ!ポンキッキ」で流れていたのに、それでも懐かしいということは、オンエア期間はかなり長かったんだと思います。

きょうび、ハッスルなんてプロレスかよって感じで、それ以外ではこっぱずかしくていえませんが、この当時はカッコいいことばだったのでしょうか?

0:41辺りで映るタクシーの雰囲気も懐かしいです。あんなに引っ付いて縦列駐車して大丈夫なのか?と思いますが…。1:22辺りの「ママもうかれてハッスル ハッスル」の「ママ」は、こういう「ママ」のイメージなんだろうかと、画像を見て疑問でした…。

[バスていまえで ハッスルハッスル???]の続きを読む
スポンサーサイト
先月お話しました通り、年表を更新しました。大正期の大きな誤りを直すとともに、ICカード導入など、ここ最近の大きな動きも加えましたが、もちろん、まだ完全だとは思っておりません。引き続き、皆さまからの情報をお待ちしております。大きさについては、前と同じように、75%くらいに設定して頂くと、うまく全画面で見えると思います。そこを改善できたらよかったのですが、どうしたらいいのか分かりませんで、申し訳ないです。

年表 -1964(昭和39)年以前

年表 -1965(昭和40)年以降

なお、今回の公開と入れ違いに、2010(平成22)年8月に公開した年表とこれに関わる記事は、混乱を防ぐため削除します。
以下、当時とほぼ同じになりますが、ご利用上の注意をもう一度書かせて頂きます。

[年表更新]の続きを読む
安養寺 あんようじ (新旭 しんあさひ)
所在地:(安養寺=新旭と考えるなら)高島市新旭町安井川字安養寺
開設年月日:?
廃止年月日:1974(昭和49)年7月19日?
付近
キロ程:熊野本から0.8キロ(近江今津から6.2キロ、浜大津から46.6キロ):



昭和48年現在の路線図には、「新旭」として掲載されていますが、最近、国立公文書館「浜大津、近江今津間地方鉄道運輸営業廃止について」「浜大津、近江今津間地方鉄道運輸営業廃止申請に関する調査書について」という資料(今後は特に必要がない限り本ブログでは「江若鉄道廃止申請書類」と表記します)を確認したところ、「新旭」なるバス停はなく、現在もコミュニティバスのバス停として存続している「安養寺」はこの時点で既にありました↓

IMG_3710 (2)

IMG_4052.jpg

※公文書館の資料は、閲覧だけでなく、許可を受ければ館内での撮影が可能です。「著作物」ではなく、そもそも国民に一般公開されているものなので、その引用、インターネット上での掲載も特に制限がないことを館員の方に確認した上でUPしております。今後もこの資料をはじめとする、公文書館資料を用いた調査と記事執筆を行う予定です。詳しくは国立公文書館公式HPをご覧下さい。


平成初期の時点でも、「安養寺」のバス停はあり、現在もコミュニティバスに継承されているので、「安養寺」=「新旭」と考えてほぼ間違いはないだろうと踏んでおります。

但し、熊野本の1つ南で信号がある交差点の「平井」という可能性も捨てがたいので、一応確認しました。



まずは、平井の方から。

ここで右に曲がってまっすぐに行くと、湖西線・新旭駅です。右手に広がりが見えますが、コンビニの駐車場です。

IMG_4018.jpg
[安養寺(新旭) 【京都今津線10】]の続きを読む
前回に続き、美濃赤坂です。

↓終端部です。向かって左に分かれている線路は、機回し線だと思われます。架線がないので、電気機関車が牽引する列車があるとしたら、押してバックして行くしかありません。SLでも、この配線では転車台がないと、バックで走っていくしかありません。

DSC_1051.jpg

IMG_3588.jpg


北に進路を取り、赤坂宿の方に向かいます。
↓旧家の壁。一体木の横棒のようなものが規則的に並んでいるのは一体何なのでしょう?

DSC_1060.jpg

赤坂宿は中山道六十九次の56番目の宿場です。東海道にも「赤坂宿」(愛知県豊川市)がありますが、全く別物です。

DSC_1062.jpg

↓バス停名(赤坂港跡)にもなっている、河港跡など、いろいろと面白いものがあるようですが、時間の都合でかなり割愛してしまいました。

[美濃赤坂②]の続きを読む
「撮り鉄」派でも「乗り鉄」派でも、必ず知っていて、どうしても気になる終点・美濃赤坂(みのあかさか)↓

IMG_4190.jpg

石山から1,620円。石山駅の自動券売機は、特別に更に高額の名古屋までの乗車券が買えるようになっていますが、普通の自動券売機で買える乗車券は100キロ以内ということで、1,620円区間が最高額です。



行こうと思えばいつでも行けるので、出不精な私はなかなか重い腰が上がりませんでしたが、昨年秋、名古屋に用事があったので、ついでに立ち寄りました。

なぜこんな支線ができたのか、何を調べてもよく分かりませんでしたが、付近は石灰石の産地で、西濃鉄道という貨物専門の鉄道に接続していて、貨物がメインであることはいろいろなサイトさんで分かりました。

私の手元にある、「国鉄全駅ものしりガイド 西日本編」(小学館 1983)によると、

「五駅ある東海道本線の終点の中では、唯一の終端駅となっている」

とのことです。

「東海道本線 終点」をキーワードに検索すると、一様に「神戸」と書かれていますが、本当はそれでは不十分ということになります。
東京は「起点」なので、残り3つはどこなのか?ということになりますが、戸籍上は貨物線を含んでいたり、信号所だったりすることもあるので、私にも調べきれませんでした。ご存知の方がいらっしゃったら教えて下さい。

↓発車するのは大垣駅の切り欠きホーム3番線です。

[美濃赤坂①]の続きを読む
秋のことですが、東海道線・柏原(かしわばら)駅から徒歩20分ほどのところにある徳源院に紅葉を見に行ったので、その時のことを書かせて頂きます。

11月だというのに、乗り換えの米原駅は冬支度。例年は12月1日から始まる、ドアの半自動扱いがもう行われていました。

DSC_1108.jpg

以前はきっちりと期間や区間が決まっていたけど、最近は、結構臨機応変にやっているのかな、と思ったら、あとで奈良線のある駅で、「11月19日から実施」と書かれていた↓ので、恐らく節電対策の一環なのだろう、と思いました。

IMG_4197.jpg

[キジ白の名女優]の続きを読む
1月21日付拙稿メロディしか分からない曲①の続きです。

アナウンスがテープだった時代の京阪バスで、終点のアナウンスが終って、そのあとで流れる曲です。石山駅など、主だった終点では、今日と定期観光バスの案内が流れるので、この曲は流れなかったと思います。
ここでは、すこし昔の京阪バス写真集にUP中のるうパパ様提供の国分団地行きA-1004号車をバックに編集しました。国分団地終点のアナウンスが終わった後の音楽をお聴き下さい。






『マドンナの宝石』のようで『マドンナの宝石』でない、と思っていましたが、知人からは、

「やっぱりこれは『マドンナの宝石』だ」

といわれたり、でも違う気がするし…(*_*)

因みに原曲はこんな感じです↓ エルマンノ・ヴォルフ=フェラーリというイタリアの作曲家が作った全3幕からなるオペラですが、日本で単に『マドンナの宝石』という場合は普通、第2幕前の第1間奏曲を指します。
[メロディしか分からない曲②~~京阪バス「終点の曲」]の続きを読む
昨年11月28日付拙稿1951(昭和26)年11月28日 宇治-桃山間開通で残念なポンチョの写真をUPしておりますが、この時(平成21年9月)の主たる目的は、
「月に1回だけの、奈良交通大川原行きに乗りに行く!」
でした。



(「詳しい地図を見る」をクリックしないと正しく表示されないことがあります。四ツ谷池-上島南間はルートの記憶に自信がありません)

月に1回!恐らく、一般路線バスとして全国最少の本数ではなかろうか?と思われます。
(もっと少ないところをご存知の方、お知らせ下さい)

京阪宇治から11:30発の向島行きに乗ると、毎月第2日曜日ならちょうどうまく12:10発の、奈良交通、向島駅発大川原行きに乗れるのです―――。もういくら何でもなくなってしまったか、と思っていたら、ダイヤは記事UP日現在でも変わっておりませんし、宇治交通も変更ありません。

月に1回のために、ちゃんと用意されているポール。というか、以前は週1回だったんだと思います。

IMG_6005.jpg

↓時刻表 「※ 毎月第2日曜日のみ運行」と書かれています。
[月に1回の路線バス]の続きを読む
ちょうど60年前の今日、1952(昭和27)年2月2日の京都新聞山城版に、宇治市内への京阪バス乗り入れを伝える記事が掲載されました↓

S27.2.2KY 京阪バス宇治乗り入れb

既に紅白カラーですw 写真の説明は、

「宇治市にお目見得したスマートな京阪バス」

といいことが書かれているのに、見出しは、

「滑り出しわるおす」

と京都弁で嘆いています。

どういうことなのか記事を読んでみると、宇治市内の利用者が「てんと」なく、PR不足だったのではないか、ということのようです。「てんと」とは別に京都弁ではありませんが、最近はあまり使わない副詞で、「てんで」「全く」の意味です。

特に京都市内をどう走っていたのかがよく分かりませんが、恐らくこのようなルートだったのかと思われます。記事にある「16.2キロ」の距離よりは1キロほど長くなります(「詳しい地図を見る」をクリックしないと正しく表示されません)



10数年前まで走っていた、京阪宇治バスの京都駅-ガーデンズ天ヶ瀬間の路線のルートとは異なるようですし、直接の関係はないのだと思われます。

[京阪バス 宇治乗り入れ60年]の続きを読む