青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
↓1949(昭和24)年10月14日付京都新聞山城版

S24.10.14KY 宇治‐伏見 宇治バス免許申請b

記事に書いてあることに基づいてルートを描くと、↓のような感じになるのかと思います。



(詳しい地図を見る、をクリックして、地図の範囲を広げて下さい)

この路線はなかなか許可が出なかったのか、これに関係すると思われる記事は、2年後に掲載されます↓
1951(昭和26)年11月27日付京都新聞山城版

[1951(昭和26)年11月28日 宇治-桃山間開通]の続きを読む
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君の指差すその未来(さき)に 希望があるはずさ
誰にも決められはしないよ
一人で抱え込んで 生きる意味を問うときは
そっと思い出して あの日の僕らを

山村隆太(flumpool)詞  阪井一生(flumpool)曲 『証(あかし)』 NHK全国学校音楽コンクール 中学校の部課題曲 ・NHKみんなのうた 2011年8月-9月の新曲




最近ブログ記事を書いたり、資料を整理したりする時のBGMがこれなんです↓




↓このyou tubeと同じく、ピアノ伴奏付きの合唱はこちらのCDで聴けるようです。

第78回(平成23年度)NHK全国学校音楽コンクール課題曲第78回(平成23年度)NHK全国学校音楽コンクール課題曲
(2011/04/21)
コンクール、NHK東京児童合唱団 他

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(今年10月8日山科駅前 「山科陶灯路(やましなとうとうろ)」にて)

歳のせいかだんだん新しいアーティストの名前が分からなくなってきていて、flumpool(フランプール)も知らなかったんですが、メンバー4人のうち3人が大阪の松原出身、もう1人も西脇(兵庫県)ということで、少し身近に感じられますね。庶民的なイメージのところから、なんともカッコよくまとまった詩が生み出されました。

歌詞全体をご覧になりたい方は、こちらをどうぞ→http://www.uta-net.com/user/phplib/Link.php?ID=112293

「我侭」「貶なされたって」など、わざわざ難しい漢字を使っているのが特徴です。「我がまま」は強いて漢字で書くなら、私は「我が儘」をイメージするのですが、「尽」の古い字が「盡」だから、なるほどまあ「侭」でもいいんですね。

[証]の続きを読む
沖野 おきの
所在地:(八日市方面)東近江市東沖野一丁目 (京都方面)東近江市札の辻一丁目
開設年月日:?
廃止(休止)年月日:1984(昭和59)年10月24日
付近:タキロン八日市工場 滋賀日産 和食のさと




1つ八日市寄りの東本町からここまで来る間に、近江鉄道バスの八日市営業所があり、近江鉄道バスには、「八日市営業所前」のバス停があります。ただ、八日市駅からそれなりの距離があるのですが、私が確認した限り、入出庫のための区間運転はないようで、全て回送入出庫のようでした。


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曽ては、京阪バス京都八日市線のライバルである「八日市京都線」も受け持っていたのでしょう。いや、今も紅葉の時期限定の三条京阪からの永源寺方面の定期観光バスと、その送り出しの早朝の八日市発三条行きを受け持っているはずです。

ここを通り過ぎて、更に東に向かうと、「沖野」です。

[沖野【八日市特急線4】]の続きを読む
東本町 ひがしほんまち
所在地:東近江市八日市東本町
開設年月日:1964(昭和39)年10月8日
廃止(休止)年月日:1984(昭和59)年10月24日
付近:大凧会館




「大通り商店街」を進んで、「上之町」の交差点に着いたところで、京都方面のバスは右折、八日市方面は左折です。今も近江鉄道バスには「東本町」のバス停があるのですが、私の調査では、その位置とは違うようです。

↓こちらは確か八日市方面を見て撮ったはずです。やはり、基本的に商店街の中は、マイクロバスより大きい車は走れないようです。

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↓これは北から南を見て撮影、京都八日市線の京阪バスは、八日市行きなら画面奥から来て向かって右に、京都行きなら右の道から出てきて、奥に向かって走って行ったはずです。
[東本町 【八日市特急線3】]の続きを読む
久しぶりに氷点編です。

夏に札幌に行った時、やっぱり旧北海道庁を見に行きました。涼しいです。半袖で暑くもなく寒くもなく比叡山並み、か、下手するとそれでも肌寒い時があるくらい。

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↓道庁前で見た馬車。

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↓荘重な会議室

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実際にここが1968(昭和43)年まで現役だったというのがすごい。現在は北海道の歴史などを展示する博物館になっています。
印象的だったのは、写真には撮り損なってしまいましたが、「真岡(まおか)郵便電信局事件」に関する展示でした。

↓真岡は今、ホルムスクと呼ばれています。日本とロシアとの間で「帰属未定」ということになっている、南半分の側にあります。



[知らず知らずのうちに出会っていた『氷点』 氷点Ⅳ]の続きを読む
天高く馬肥ゆる秋、と言いますが、残念ながら、私は馬に特別な関心がなく、競馬も見たことがありません。

↓乗馬クラブ・「クレイン京都」近くのホームセンターに、同クラブのPRに来ていた雌のポニー。おとなしくお利口さんにしていました。

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競馬と言って思い出すのは、「二番手」という幸田文(こうだあや 1904-1990 幸田露伴の次女 青木玉の母)の有名な随筆です。彼女が競馬で何より夢中になるのは、「二番手」の馬だというのです。

私はこの二番手を走る馬ほど好きなものはありません。先頭でもなし、三番四番と落ちているのでもなく、二番を走っている切なさ、苦しさはどんなものだろう、と思います。追い抜こうとする気の逸り、追われている苛立ち、こんな哀れ深い、せっぱつまった姿ってあるでしょうか。そうなるともう私はめちゃめちゃです。まわりの人たちの騒ぎにまぎらして、にばんてえ、と叫びます。自分の買った馬ならなお興奮しますが、実はどれだっていいんです。二番手をあがいているものが、私のひいきなのです。
(幸田文「二番手」『幸田文全集 第16巻』382-383 岩波書店 1996)



幸田文は、私の好きな作家ベスト5に間違いなく入る作家で、図書館で全集を借りて(買えないから…)、細かい随筆まで読み漁り、付録の講演会の録音まで聞きました。「二番手」を読むと、へえ、そんなものかなあ…と思いはするのですが、競馬場に行く気にはならず、まだ彼女と同じ心境は体験していません。

早世した姉は露伴にとって初めての子で、また露伴が「植物学者にしよう」と思ったほど頭がよくてちやほやされ、すぐ下の、やはり夭折した弟は跡取りで、また顔もかわいらしかったので大事にされ、間の文は、あまり父にかわいがられなかったようです。その、自らも「二番手」だというやりきれなさを、「二番手」の馬に投影していたのかもしれません。

その幸田文が父・露伴を看取ったのは1947(昭和22)年の夏です。露伴の思い出や臨終などをつづった「終焉」「葬送の記」で注目され始めたのは、その翌年の昭和23年、世の中はまだまだ貧しい時代ですが、競馬場は既に大人気だった様子です。63年前の今日、1948(昭和23)年11月12日付京都新聞山城版↓

S23.11.12KY 淀競馬バス増発b


↓翌1949(昭和24)年10月15日付京都新聞市民版には、市バスまで借りだされるとの記事。四条大宮から淀…今では考えられません。



[二番手]の続きを読む
京都八日市線の名神高速道路乗り入れは、1964(昭和39)年10月8日に華々しくスタートしました。

1964(昭和39)年10月7日付産経新聞滋賀版から

京阪自動車会社(本社・京都市)は八日から名神高速道路に特急バスの乗り入れをはじめ八日市特急線(京阪三条南口-八日市県事務所前間五四.六キロ)を一日二往復運転する。名神高速道路は京都東-八日市インターチェンジ間四三.四キロを利用、大津、瀬田、草津、栗東、竜王各バスストップに停車、八日市市内は東本町と金屋町に止まる。所要時間は一時間五分。従来の三条-八日市線(五十二キロ)より三十分早く、運賃は同額の二百円。従来線は一日二往復減って三往復になる。



八日市の終点が、「八日市駅」でないことに今更気付きました。「県事務所前」を読み流していました。今の滋賀県庁の支庁ともいうべき、「東近江合同庁舎」に相当するものと思われますが、位置まで同じか分かりません。八日市の終点が駅前でなかったという説があり、その証拠ともいえますが、一方で昭和51年の路線図では駅の辺りが終点となっており、これだけでは何とも言えません。今後も調査します。

また、昭和51年の路線図では、記事中にある、東本町と金屋町の他、沖野、奥山(京阪バス八日市営業所前)、八日市インターチェンジ口に停まっていたことが明らかですので、それも含めて「八日市特急線」として取り上げていきます。

朝8:20と夕方17:20とに八日市をバスが出発していたようですが、記事中のダイヤによると、1分後には、今回取り上げる「金屋町」に着いていたはずです。


[金屋町 (八日市特急線②)]の続きを読む
昨年12月4日付拙稿むらさきで触れた、永源寺の紅葉狩り以来の八日市駅です。やっと辿り着きました!

↓三条京阪(当時は「京阪三条」)から約60キロです。石山駅口以東の○は、できるだけ停まっていたバス停の位置に合わせました。



改めて引いて眺めると、瀟洒(しょうしゃ)な駅です。

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京都八日市線の起終点はここではなかったのではないか?との説もありますが、今のところはっきりしたことが何も分かりませんので、とりあえずここを「八日市市」と考えます。

↓現在は近江鉄道バスだけが発着しています。写真に写っている、能登川駅行きと、永源寺行きが一応幹線のような感じで、ある程度の本数が運転されています。

[八日市 【京都八日市線⑦・八日市特急線①】]の続きを読む
音楽家の知られざる生活①マヌカハニーの話題の続きです。
「急に寒くなりました」と書いたそばから暖かくなってきましたが、こういう気温の乱高下が、体に知らず知らずのうちに負担を掛けているのでしょうね。

先生曰く、
「甘いけどすごいまずい。草を口の中に入れたような感じ。蜂蜜だけど、薬を呑んだような感じ」
なので、スプーン1杯飲むだけで十分。でも抗菌作用が強いのか、夜になめておくと、朝起きた時に、のどのモソモソや痛みがないのだとか。

物は試しだと思って、ある日の仕事帰り、いつも敷居が高くて通りすぎる、三条の明治屋へ…。

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普通のスーパーに売っているのと同じように見える商品も高い高い!缶詰やインスタントラーメンも、輸入されたような変わったものがいっぱい。外国人や、セレブな雰囲気のひとがいっぱいいるので、自分も「ダメリーマン」が、「仕事帰りのエリートサラリーマン」に変身したような錯覚を起こしながら???買物。

店内での撮影は遠慮しましたが、蜂蜜のコーナーを見つけて、マヌカハニーを見つけた時、その値段に、
「高っ!!」
と口走りそうになるのを我慢しました。一番量が多くて、高級そうな奴は、7,000円を超えるんです!冗談じゃないや、と思って、小さい奴にしましたが、それも????円!?

そこまでしぃひんでも、うがいしときゃええやないけ!と思いながら、その「甘くてまずい、効果覿面(てきめん)」の蜂蜜を
どうしても舐めたくて、買ってしまいました。ただでさえ物入りで出費がかさんで困っているのに、バカですね…。

[音楽家の知られざる生活②]の続きを読む
急に寒くなってきました。風邪をひきやすい時期ですが、いかがお過ごしでしょうか。

私は職場で、昼休憩に昼寝するのが楽しみなんですが、最近のある日、その直後からのどがモソモソ痛くなって、うがいしたり、のど飴をなめたりしていたんですが、どうもおかしいなと思っていたら、翌朝熱を出して仕事を休んでしまいました。

私だって、外部のひとと約束していたり、会議があったりしたら、よほどでないと急に休んだりはしにくいですが、バスや電車の運転手(士)など運輸サービス関係の方は、なお一層急に休んだりしにくいから、健康管理にはものすごい気を使っていらっしゃるのだろうな、と思います。

私のピアノの先生は、某有名芸大の声楽科出身で、私なんかにはもったいないようなすごい先生です。「ベートーヴェンは苦手」と言いながら、ピアノ講師試験は、敢えて苦手なベートーヴェンでチャレンジしてうかっているし、ピアノ科出身のひとでも舌を巻くような難しい曲を、初見で間違いもしないでパラパラっと弾くんです…。

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もちろん、本来のご自身の専門の声楽も教えていらっしゃるし、舞台で歌を歌ったりする機会もあるそうなので、風邪予防、その他生活上気をつけていらっしゃることを聞いてみました。

…とはいっても、本人曰く「皆さんが思っているほど気をつけられないし、結構普通なんですよ」とのことでした。しかし、まずいきなりノックアウトされたのは……、

[音楽家の知られざる生活①]の続きを読む