青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
48年前の今日、1963(昭和38)年5月30日、京阪バス京都八日市線が開通します。

滋賀県に住んでいても、湖東の方はなじみが薄く、12月4日付拙稿むらさきでも書きましたが、永源寺に初めて行った時まで、八日市にも全く行ったことがありませんでした。2005(平成17)年2月11日、永源寺町、湖東町、能登川町と合併して、東近江市になりましたが、まだピンときません。八日市は八日市だと思っています。

旧八日市市自体は、合併前の時点で5万人も住んでおらず、特に大きな都市というわけではありませんでしたが、それでも、湖東地方の内陸の中心で、JR線がない代わり、名神高速道路が通り、近江鉄道の本線と八日市線の合流地点でもあります。



つい一昨年開通し、好調の京都松井山手線(直Q京都号)以前としては、京阪バス最後の、そして京阪バスを代表するといってよい中距離路線の歴史を、今回は主に新聞で辿りたいと思います。

近江鉄道という京阪バスにとって強力なライバルが立ちはだかる八日市乗り入れは、5月19日付拙稿1962(昭和37)年5月19日 京都今津線開通で取り上げた「京都今津線」に比べ、困難なものでした。
従って、こうした背景についてしっかりめに書きませんと理解しにくく、現地取材の画像などは今回は取り上げきれませんので、ご了承願います(沿線の現在の様子などは来月以降、順次掲載予定です)。

開通の前年、1962(昭和37)年10月19日付京都新聞第一滋賀版では、その日滋賀会館で開かれることになっていた、京阪バスの八日市乗り入れに関する公聴会の記事↓

さきに近江鉄道バスが京都市乗り入れを実施したのをきっかけに今度は京阪バスが京阪三条から八日市市への乗り入れを申請、バス合戦が展開されていたが、この公聴会で大詰めを迎えたわけ。



便利になることにだれも反対なんてしないだろうと思いましたが、やはりいろいろなしがらみがあったり、便利になりすぎてみんな京都に買物に出てしまうのでは?という危惧が抱かれたのか、反対も根強かったようです。

一方この記事にもある近江鉄道バス八日市京都線は、1962(昭和37)年4月15日に、日野京都線とともに運行を開始し、現在は名神高速道路経由で、毎年11月だけ、定期観光バスの送りこみを利用するという形で運行を続けています。

開通に先立つ4月12日付の滋賀日日新聞↓

[1963(昭和38)年5月30日 京都八日市線開通]の続きを読む
スポンサーサイト
IMG_5025.jpg

5月6日付拙稿下在地「江若バス史料館」~春の仰木①は生津を出たところで、話が終わっていたんですね。今回はその続きです。

「トマトあります」とな…。え?この橋を渡って買いに来いと…。

IMG_5039.jpg

こんな橋ですよ…。同行していた方が、「構造力学なんて何にも考えられていない」といいながらも「とりあえず渡るべきでしょう」というので…

IMG_5040.jpg

意気地なしと思われたくなくて、仕方なく渡る…。
て、トマトあらへんし!
いや、荷物になるだけやし、ホンマに買いたいとは思ってへんかったけど、とりあえずビニールハウスやし時期が早いけどもう実がなっているのかな?と思ったのに。今写真を見返すと、渡る前からないらしいことはよく見れば気付くはずなんですが、橋があまりに印象的すぎた(*_*) 多分、ハウスの中にあるのはイチゴの栽培に使う道具なんだろうな。

IMG_5041.jpg

渡ったら、戻らなしゃーない。いややな、十津川のつり橋より怖い(>_<)

IMG_5043.jpg

道は果てしない。「カントリー・ロード」でも流れてきそう。

IMG_5044.jpg

坂道も多く、結構疲れますが、やっと仰木が見えてきた時は、歩いてよかったと思いました。

IMG_5048.jpg

レンゲ畑の向こうに、近江富士(三上山)が見えます。滋賀県民なら誰でも知っている、俵藤太(たわらのとうた)の伝説を思い出します…。
瀬田の唐橋で俵藤太に切られたオオムカデの体が飛んで行って、近江富士にぶつかったので、山頂が欠けている、というあの…。でもこの距離だと、欠けているんだか何だか分かりません。

IMG_5046.jpg

行った時は田植えの真っ最中の時期でした。

IMG_5061.jpg

この馬蹄形の田んぼは結構有名だったと思います。全体をカメラで納めるのは難しいです。

IMG_5054.jpg

着く前に、地のひとに、一本桜があると聞いていたのですが、これがそれだとすぐ分かりました。花が咲いている時期はもちろん素晴らしいでしょうけど、葉桜になっても素晴らしい↓

[下在地「江若バス史料館」~春の仰木②]の続きを読む
4月8日付拙稿「南郷中学校系統開通24周年」に、現在の地図(Yahoo!地図)を引用した時、「南郷上山町」という見慣れない町名があることに気付きました。



都市地図というのは、地元の人間が見ていると、「は?」と思うような間違いがちょこちょこあって、「石山外畑町」「石山内畑町」と書くべきところ、「大石外畑町」「大石内畑町」なんて書いてあったり、といったミスは珍しくないので、今回も「なに間違うてんにゃろうな」と思って、深く気に留めもしなかったのですが、どこの地図にも載っているんです。おかしいなと思って、「”南郷上山町”」をキーワードに入れて検索したら、3万件以上ヒットしました。

その結果、住宅開発が進んで、一昨年2009(平成21)年9月に住居表示を施行する都合で、「石山南郷町」「南郷三丁目」「南郷四丁目」のそれぞれ一部から分離してできた新町名だということが分かりました。「南郷上山町」と書いて「なんごうかみやまちょう」と読みます。

それぞれ1989年版と2011年版の昭文社の地図です↓違いがはっきりしています。

南郷3

ssScan1871 (2)

郵便番号は520-0871。外畑が0868、内畑が0869、0870は欠番で、他に0870番台はないので、石山方面では一番大きい番号なのでしょう。
隣り合っている「南郷四丁目」や「三丁目」を拡大して含めなかったのが不思議です。
現在の南郷学区で新しい行政上の町名ができたのは初めて、石山学区からの分離(1979年)以前を含めると、1976(昭和51)年7月1日の住居表示制施行で、「石山南郷町」や「石山千町」などのうち、住宅密集地がそれぞれ「南郷」「千町」に分離するなどして、現在の町名・町域になって以来、33年ぶりの新町名ということになります。

因みに、家がなくても町名があれば、普通は郵便番号は必ず存在するのですが、「石山南郷町」には郵便番号が存在しないことも分かりました。(石山寺辺町、石山千町はある)

開発が始まった頃、いったい何をするつもりだろう?と思って写真を撮影した記憶があるのですが、見つからず、困っていたところ、みながわのフォトギャラリー様に、開発直前の2005(平成17)年12月10日に関西電力宇治導水路上の橋の上から撮影された写真がありました。転載を認めて頂きましたので、以下にUPします。

IMGP1703[1]

↓は私が今月撮った写真です。晴嵐台の向かって右手に見えていた雑木林がごっそりなくなっているのが分かります。

IMG_5149 (2)

近づくと何もなかったただの雑木林だった場所に、驚きの風景!

[大津市南郷上山町?]の続きを読む
いつもお世話になっているT.F.様からまた新しい資料写真を頂戴しました。大阪は専門外ですが、貴重なものですので、ここにUPさせて頂きます↓

ssPICT0032.jpg

1978(昭和53)年5月14日、京阪守口市駅前で撮影されたそうです。5月21日、つまり33年前の今日から、守口市駅-上新庄駅間で京阪バスが運転を開始したということです。

現在の9A号経路(守口市駅-JR吹田)の祖先です。

↓今日が33歳の誕生日であることを知らずに???現在の守口市駅で佇む9A号経路 N-3195

IMG_5668.jpg

そういえば、現在「9A」と、「A」の枝符号がつくのに、「9」だけという経路番号は存在しません。
もともとは、吹田へ行く便はあくまで例外だったのが、やがて吹田行きばかりになり、ただの「9号経路」はなくなってしまった、ということなのでしょうか。

↓因みにこちらが、現在のダイヤとバス停。内容は貼りかえられてはいるものの、この時刻表そのものは、当時からあるものなのでしょうか。運転間隔は今の方が長いですが「49分発」に不思議な伝統があります。

IMG_5666.jpg

1981(昭和56)年の『京阪時刻表』では、既に路線は吹田まで伸びていて、上新庄駅前への乗り入れはなくなっています。また、開通当初のこの掲示では、バス停名が現在とかなり異なっていますが、1981年の段階では既に現在と同じになっています。

(余談ですが、同じ「だいどう」という読みでも、この辺りには「大道」と書く「だいどう」と、「大桐」と書く「だいどう」が隣接していて、現在のバス停は「大桐」の方が用いられています。更に余談ですが、もしかしたら、と思って地下鉄今里筋線の「だいどう豊里駅」について調べたら、やはりこの、2つの「だいどう」があるために、わざと平仮名書きにしたようです)

主要ターミナルの時刻表も載るようになる、翌1982(昭和57)年の『京阪時刻表』によれば、ダイヤは既に現在と同じ40分間隔になっており、もちろん、経路番号も「9」は既になく「9A」だけです。
開通から1981年までの僅か3年の間に、上新庄駅への乗り入れがなくなり、本数も減らされたのでしょう。

IMG_5663.jpg

[1978(昭和53)年5月21日 守口上新庄線 開通]の続きを読む
今から49年前の今日、1962(昭和37)年5月19日、それ以前からあった、京都駅-白鬚駅間の路線を延長する、という形で、京都駅-近江今津駅(江若鉄道)間に京阪バス・京都今津線が開通します。

関西でJRを利用される方は、「近江今津」の地名を何となくご存知だと思いますが、一応、滋賀県全体の中での位置を地図で…。



かなり北です。京都からJRで58.7キロ、大阪から101.5キロ、琵琶湖線なら南彦根、彦根くらいに相当します。

これに先立つ4月9日付の読売新聞滋賀版によると、

京阪自動車会社は七日、高島郡今津町に「京都駅-浜大津-今津駅間に急行バスを運行するから協力してほしい」と申し入れた。(中略)現在、浜大津-白髪(高島町)しか路線をもっていないが、今月初め認可がおりたので下旬から朝夕四往復させるという。



「白髪」は新聞記事そのままです。「白鬚(しらひげ)」の誤植でしょう。「しらが」て…(笑)。

これは、『京阪バス五十年史』(京阪バス 1972)の年表に書かれていることと一致します。
因みに京都駅から江若鉄道・旧白鬚駅(白鬚神社前)までの路線は、1951(昭和26)7月8日に運転を開始しており、それもまた驚きです。60年前なんて、どんなところだったんでしょう―――。また、江若鉄道が京阪系列になるのは1961(昭和36)年のことなので、それ以前に、江若が幅を利かせている湖西に、赤の他人の京阪バスが入り込めたというのも不思議です。

白鬚神社は、湖中の大鳥居で有名な神社で、関西の方なら、行かれた方も多いのではないかと思います。

この路線は江若バス(京都三条-今津間)国鉄バス(浜大津-今津間)が走っているが、この急行バスでぐっと便利になる(後略)

しかし、開通は結局いろいろあったのか、5月19日にずれ込みます。

開通直前、5月16日付朝日新聞にはダイヤも掲載されています。(いろいろやってみたんですが、どうしてもきっちり縦が合いません。ご了承願います)


京都駅発 710   850  1330  1500
堅田   819   959  1439  1609
南小松   846  1026  1506   1636
高島   904   1044  1524   1654
今津着  933   1113   1553   1723

今津発  1000   1130   1630   1730
高島    1029   1159   1659   1809
南小松   1047   1217   1717   1827
堅田     1116   1246   1746   1856
京都駅着 1223  1353   1853   2003



「南小松」は今も近江舞子付近を指す大津市(旧志賀町)の行政地名として存在するので、だいたいあの付近にあったバス停なのだろうと思います。

所要時間2時間23分、運賃270円。現在は新快速で約50分、普通なら1時間強、運賃は950円です。
後で同日付の読売新聞には、もっとたくさんのバス停の時刻が書かれていることに気づきましたが、五条バイパスの開通はまだ約5年先なので、山科から三条京阪を経由していたようです。

開通翌日には、私が確認できた限り、京都、読売、滋賀日日の3紙で写真付きで、19日9:45から江若鉄道今津駅前で催された開通式の模様を取り上げており、いかに画期的だったのかが伝わってきます。
今の近江今津の様子を見てきましたので、取り上げたいと思います。

[1962(昭和37)年5月19日 京都今津線開通]の続きを読む
前回の続きです。極楽橋までやってきました。もう一度地図をUPします。

Scan1806 H20.11-

ちょうど向こうからバスが来ました。一方向循環なので、ここに来るバスは現在すべて大石小学校行きです。

IMG_5165.jpg

何ならここが「桜谷中央」でもいいくらいに見えますが、近くにある、信楽川を渡る小さな橋↓の名前を使っているところが、安易に「東西南北」や「中央」「上中下」をつけて区別するような駅やバス停と違って好きです。

IMG_5171.jpg

IMG_5172.jpg

橋の名前が書かれているのと反対のたもとには「竣工 昭和五十八年十月」の文字。28年前、開発が始まってすぐくらいでしょうか?それほど古い橋でないのに、「極楽」という渋めの名前は、どういう由来なのでしょう?

IMG_5173.jpg

極楽橋を渡ると、「人と自然と文化の街」…ありがちなコピーが。瀬田川グリーンハイツ???それは南郷二丁目じゃないのか?と思うのですが、開発業者が同じなので、瀬田川沿いに開発した住宅地はみんな「瀬田川グリーンハイツ」としているのでしょうか。

この道は国道422号線、かつてJR(国鉄)バスが信楽との間を行き来していた他、少なくとも1972(昭和47)年の段階では、関ノ津峠(地図の上方に伸びる緑色の道)を越えた帝産バスが、ここを通って小田原まで走っていたこともはっきりしています。現在は信楽高原バスが、JRバスをトレースするような形で京阪石山寺-信楽駅間を走っています。

IMG_5174.jpg

写真は撮り損なって、持っていませんが、京阪バスには、なぜか「極楽橋」という行き先表示があるのが非常に気になります。私が知っている限り「極楽橋」止まりの定期便は存在しません。開業当初はあったのでしょうか?JRや東京の都営バスによくある、非常用の表示とも思えません。

ここには、桜谷の中で唯一のスーパーマーケット「スーパーフレンド大石店」があります。コンビニもないパークタウン内では貴重な店です。

IMG_5170.jpg

平和堂の小型店舗を「スーパーフレンド」と呼んでいて、南郷もこのタイプでしたが、最近、もう少しだけ大きめの「フレンドマート」に模様替えするところが多く、今も「スーパーフレンド」と呼んでいるのはここだけ。恐らく平和堂で最小規模の店だと思いますが、朝は平和堂一早く、9:00開店。平和堂の数ある店舗の中でも、ここの他、滋賀県で見る限り、彦根銀座や大津、中主くらいです。

桜公園↓が見えてくると、終点「桜公園東」。「桜公園」というバス停が他にあるわけでもないのに、わざわざ「東」とつけるのが不思議です。「桜公園」でもよさそうな気がします。

[佐久奈度 佐久那谷 桜谷]の続きを読む
15年前の今日、1996(平成8)年5月12日、京阪バス 4E号経路 大石小学校-桜公園東間が開通します。これに先立つ1993(平成5)年6月、大津営業所の移転に伴う大規模なダイヤ改正で、大石方面の路線の大半がフィーダー路線化(ゾーンバス化)されており、曽束の「D」のに続いて、「E」が割り振られました。他のゾーンバス同様緑色の表示、「桜谷パークタウン」と上に白抜きされているのが特徴です。

IMG_1360.jpg

S-1064 2010(平成22)年8月20日撮影

廃止代替だった他の路線と違って、この路線は大石のゾーンバスとして初めての新規開通でした。このため、運賃体系は他とは切り離されて、全区間が大津市内特殊区間制1区間に満たない「特区」として扱われました。現在もこれが引き継がれております。
大石のゾーンバスで、「特区」があるのは、桜谷の他、2008(平成20)年11月1日に新規開通した4G号経路(大石小学校-小田原)だけで、従来からの京阪バスの廃止代替路線との違いがくっきりしています。

IMG_4890.jpg
(ぼやけてしまってがっかりな写真ですが、意外と桜谷は撮っていなくて、すみません…)

車両面では、私はS車(小型ワンステ)が使われているのしか見たことがありませんが、桜谷パークタウン内の「大倉ホール」前で催された開通式典の模様をとらえた社史『世紀を越えて「この10年の歩み」』(京阪バス 2002)の写真には、ほぼマイクロバスといってよい、E-3091が写っています。この車両は、内畑-南郷中学校系統でも使われていました。後に山科に転属し、「くるり200」で活躍しました。同書にはその時の写真もあります。

この4E系統の運行距離は京阪バス全体の中でも、最も短い部類に属し、大石小学校のロータリーまでは「バスでは大げさで、歩くには遠い、自転車で十分」という中途半端な距離です。このため、華々しく開通した割に、利用はさほどではありません。

距離も歴史も短いながら、いざ書こうとすると、結構なボリュームになりますので、2回に分割します。大石のことは、私も知っているようで知らないので、勉強しながら???書いていきたいと思います。

開通から12年半ほど経った2008(平成20)11月1日、この路線に大きな転機が訪れます。京阪宇治バスの石山線廃止をきっかけとする4G号経路開通などに合わせ、4E号経路は、一方向循環になります。

この当時の車内掲示↓

IMG_4445.jpg

地図がないと分かりにくいので、引用しながら解説します(県別マップル25 滋賀県道路地図 昭文社 2011による)。なお、途中停留所の「極楽橋」が抜けていたので、私が書き込んでいます。

↓平成20年10月31日まで

[4E 大石小学校-桜谷パークタウン系統開通15周年]の続きを読む
今日はまず、オフコースの『ロンド』のインストゥルメンタル版をBGMにお読み下さい↓もちろん、好みはあると思いますが、親しみやすい情感あふれるメロディだと思います。



1977(昭和52)年11月に、日本テレビ系のドラマ主題歌として発表された曲で、どうしても小田和正が目立ちがちなオフコースにあって、この曲は鈴木康博唯一のA面の曲なのだそうです。

これを聴いて、「懐かしい」と思う方のは…

1.私より少々年配の方

そして、

2.私と同じ小学校の卒業生???

曲名の分からない音楽を探すのは本当に大変です。これについては、後日別途書きたいと思っていますが、あらゆる手を尽くして、いろいろな曲を探し当ててきた私も、小学校の下校放送で使われていた曲が、好きだったのにどうしても分からず、卒業から○○年経ってしまった最近も、困っておりました。

[「母はいつまでも子どもに追いつけない」 ]の続きを読む
少し肌寒いGWだった気がしますが、いかがお過ごしでしょうか?
私は、海外旅行……に行きたかったんですが、とりあえず、暑くも寒くもないいい時候を利用して、今は亡き京阪バス・京都今津線の「取材」に。3月に近江今津-安曇川間は見終わったので、3日は続きで安曇川-北小松、4日は北小松から蓬莱まで、それぞれほとんどの行程を歩いて南下し、バス停(及びその跡)を1カ所ずつ撮影しました。とても1回や2回で取り上げられる量ではありませんので、断続的な「連載」その他の形を取ろうと思っております。その節は宜しくお願いします。

    §              §

今日は、大津市伊香立下在地町(いかだちしもざいちちょう)から、峠を越えて、棚田で有名な仰木(おおぎ)まで歩きました。



powered by 地図Z


初めてフリーの地図ソフトを使ってみましたが、なんかイマイチうまくいきません(汗 もっと左の方にずらしてご覧下さい。みんなきれいにうまいことしてはるけど、何を使ってはるんやろう?私は基本、コンピュータ、技術、機械、電気関係等、全てチンプンカンプンの超アナログ人間なので、こういうとき本当に困ります。

リンクさせて頂いている - yume_cafe - (京都ひとり歩き)の、江若鉄道 ボンネットバス資料館 (滋賀県大津市)という記事で取り上げられている、「下在地」バス停(地図①)に前から行きたかったのです。

青空の堅田駅から乗るのは……かの有名な「途中」行き。

IMG_4956A.jpg


私は見ていなかったのですが、2005(平成17)年1月19日放送の「トリビアの泉」で取り上げられ、ちょっとした話題になったようですね。
私は同じ大津市でも、軽く40キロほど離れた南の端に住んでいて、北の方のことは非常に疎いのですが、それでも「途中」という地名くらいはずっと前から知っているから、もはや一般名詞としての「途中」と、地名としての「途中」は、私の中では全く切り離されていて、「途中が終点!?」とか言われても、それがどうしたのかと思っていました。よその方から見ると不思議なんですね。

「家田道(いえだみち)」付近だったと思います↓のどかな風景…。

IMG_4959.jpg

「途中」もいずれ行きたいのですが、今回はもちろん「下在地」で下車。生まれて初めて、伊香立学区に足を踏み入れます。同じ大津市でも、石山や南郷、大石に住んでいるひとは、伊香立や仰木を一生見ることがなかったとしても不思議ではないと思われます。

IMG_4960.jpg

因みにその手前の「南庄道」「南庄」は、地図では「伊香立南庄町」、ルビは「いかだちみなみしょうちょう」なんですが、バスのアナウンスは「みなみしょみち」「みなみしょ」でした。地のひとの伝統的な発音は「しょ」で切るのでしょうか?
枚方市の「招提」が、公式には「しょうだい」であるところ、京阪バスのアナウンスでは「しょだい」と発音しているのを思い出しました。
同バス停の、堅田方面にある待合所。夕暮れなんかに来ても、いい雰囲気だろうな。江若バスは多雪地帯を走るせいか、こうした待合所が多くあります。

IMG_4969.jpg

待合所の入口上には、

IMG_4970.jpg

「江若鉄道バス史料館」!


IMG_4965.jpg

IMG_4973.jpg


あまりここにたくさん写真を貼り付けると、今後行きたいと思われる方の楽しみを奪ってしまうかもしれませんので、この辺にしますが、素晴らしいですね!表の「史料館」は、ちょっと大げさな気もしますが(笑)、地元の方の熱心な気持ちが伝わってきます。バスが好きというよりは、恐らく地元の方が何かの折に撮った写真や絵が展示されているのでしょう。どなたの撮影なのかなどは何も分かりませんでした。

江若バスについては、私が知る限り、特に専門的なサイトもなく、江若鉄道も含めて、資料館のようなものが全くないので、江若鉄道 近江今津駅跡とこの下在地バス停とが、ちょっとしたセンターになると多くの方が訪れそうですね。私に資力と、展示できるほどの資料があったらいいのですが…。


「下在地」では、同じ江若バスの「生津(なまづ)」行きが分岐しますので、その道に沿って歩きます。
[下在地「江若バス史料館」~春の仰木①]の続きを読む
※今回、UPしてみるとボリュームが普段の倍くらいありそうなことに気付きましたが、今から分割するのもおかしいので、そのままにします。交通関係の話は、最初と最後に少しだけです。悪しからず……

いきなりですが、宜しければまず、J.S.バッハ(1685-1750)『我 汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ[Ich ruf dir,Herr Jesu Christ] 』BWV639のケンプ編曲版(もともとオルガンの曲をピアノ用にしたもの)をお聴き下さい。



30日に大盛況のうちに無事幕を閉じた、ラ・フォル・ジュルネびわ湖で、アンヌ・ケフェレック(Anne Queffélec)というフランス人ピアニストが、東日本大震災の犠牲者を追悼する意味を込めて、本来のプログラムにはなかったこの曲を、冒頭で特別に演奏しました。

残念ながら、You Tubeに彼女の演奏はありませんでしたが、ひたひたとひとの心に入り込むような重厚感です。

この曲が入っている、私のお気に入りのCD↓

Bach: ContemplationBach: Contemplation
(2009/01/13)
Anne Queffelec

商品詳細を見る


係員の事前説明で、「バッハのコラール」とだけ言われ、作品番号やタイトルがなかったので、どのコラールだろう?と思っていたのですが、彼女が弾き始めた瞬間、なるほどこの曲の静かな重みと、幽玄さは、犠牲者を悼むのにふさわしいものだと感じられました。一音一音の丁寧な打鍵に、短い曲ながら、ケフェレックの心遣いが滲み出ているように思われ、私も、思わず頭(こうべ)を垂れたくなるような気持ちになりました。

言っている間に震災から2カ月経ってしまいます。今日、震災当日、「避難して下さい」と防災無線で呼びかけ続けて、行方不明になっていた宮城県南三陸町の職員の死亡が確認された、というニュースが報じられました――――


     §                   §

IMG_4318.jpg

順番が後先になりました。29日も30日も、別にラ・フォル・ジュルネがあるから、というわけでもないでしょうけど、エラい渋滞で、石山・南郷方面のバスのダイヤは、大幅に乱れていました。29日なんて、W-3001が何と大石小学校行きになっていたんです(私が知っている4号経路の中型運用は、休日ダイヤ早朝と、平日19:39発だけ)。日中にそんな運用あったか?
こんなこともあろうかと早めに出て正解でした。危なく、13時からの公演に間に合わないところでした。

IMG_4314.jpg

大津駅前…相変わらずひと少なっ……。南草津駅に乗降客数追い越されて県下第4位に転落して、どのくらい経つんだろう?石山駅より順位が下がったのなんて10年や20年前ではきかないはずだし…。

IMG_4313.jpg

先述のアンヌ・ケフェレックの公演(プログラム↓)では、私は本当に運のいいことに、小ホールの最前列に座れました。開いたグランドピアノの大屋根(本体にかぶさっている方の大きな蓋)の裏が鏡のように輝いて、そこにダンパーや弦が、まるで屋根の方にあるかのように映り込んでいるのが分かります。撮影禁止なのでかないませんが、あの輝きを皆さんにもお見せしたかった!

ssScan1729 (2)

ssScan1731.jpg


ベートーヴェン(1770-1827)だけでなく、昨年12月27日付拙稿感動!バッハ・コレギウム・ジャパンの「メサイア」でも取り上げたヘンデル(1685-1759)の演奏もあったのがバロック好きの私としてはうれしい!

※自分の覚書というか、勉強も兼ねて生没年を記したんですが、活躍していた年で考えれば、100年近い差があって、それで音楽の形式や作りが全然違うことに改めて驚かされます。

プログラムによると……なになに、第1曲目は「ピアノ初心者が弾けることで人気が高い」とな!?確かに、そうむちゃくちゃ難しいとは思いませんでした。実は、そろそろ発表会の曲を探さないといけなくて困っているので(!)、候補に入れたいなw ………で、楽譜を見て腰抜かして、あっさりあきらめるんだろうな(汗

「エリーゼのために」は、プロのピアニストが弾くには易しすぎて、こういうコンサートで演奏されることは実は意外と少ないんですが、人口に膾炙する名曲だけに、こんな超有名人による生演奏は嬉しいです。「エリーゼ」が誰なのか、プログラムにもある通り、謎なんです。
「我こそはと思う方は名乗り出るべし」
ホンマに名乗り出られたらどうするねん!?


「バガテル」は知らなかったんですが、これも、私のような素人のイメージするベートーヴェンらしさが、いい意味であまりない、こじんまりとまとまった粋な小品。
でも、何といっても『月光』がすごかった!タイトルの由来となった物静かな第1楽章、可憐な第2楽章も好きですが、第3楽章が、初めて聴いた中学生の時から大好きですw

ベートーヴェンは、全体重をピアノに預けるようなタッチで弾かないと迫力が出ないので、割と男性向きといわれるのですが、彼女は、CDジャケットの写真でも分かるように、細身の体、か弱そうな腕なのに、力強く、スピーディな打鍵を繰り出し、最高の盛り上がりで演奏を終えました。

IMG_4261.jpg

よくピアニストの演奏について、「力強いタッチ」とか言いますが、単に腕を派手に振り下ろして鍵盤を叩きつけても、力強い音は出ません。出ても、きれいな強い音ではありません。ベートーヴェンなんかは、ある程度力でぐいぐい押して行くような部分も必要かもしれませんが、やっぱり一番効率よく弦が振動するポイントで、自分の腕の重み、ひいては体重を無理なく無駄なく鍵盤に載せることが大事なんだろうと思います。(て書くだけ書いてるけど、実はいつも先生に注意されていること…汗)

ピアニストはレパートリーに偏りがあることもあって、特にロマン派のピアニスティックな曲に流れるひとが多いせいか、ショパンの難しい曲は弾けても、「ピアノ」という楽器自体が存在しない時代で、音楽の構造自体全然違うバッハの曲は苦手ていうひともしばしば。しかし、彼女はショパンのような、きらびやかな音色も、今回のベートーヴェンみたいな重みのある音もOK、バッハも大得意、という超人です。

演奏の後はサイン会!ケフェレックのサイン欲しい~☆しかし、案の定の大行列、その上迫る次の公演…ということで諦めました(>_<)


続いては、苦手な交響曲…。

[はい、うろたえて~~ラ・フォル・ジュルネびわ湖2011]の続きを読む