青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
今回は、前回お知らせした通り、バス停としてのびわこ池田墓園を中心に取り上げます。

ダイヤ上、赤尾町から12分でびわこ池田墓園に到着します↓

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乗っているので、当然外から途中経過を撮ることはできませんが、南郷、大石方面の方ならご存知の通り、南郷中学校の下を過ぎると、ほとんど何もない山道です。一番標高が高いところは180m以上あって、比叡平線を別にすればもちろん大津管内で最も高い地点です。

2014(平成26)年10月4日付拙稿「石山平津町」の謎①で少し写真をUPしておりますので宜しければご覧下さい。

↓運賃表
[びわこ池田墓園【延伸後その2】]の続きを読む
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今回は、私としては珍しく新鮮な話題???びわこ池田墓園延伸後の様子をルポしました。

20日9:54大石小学校発の記念すべき始発はF-3032でした↓

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「曽束」経由なのですが、書いてもらえていません。というかスペース的に無理なんでしょうね。きっと土地を提供したりされたのだろうに、残念な扱いです。

[びわこ池田墓園【延伸後その1】]の続きを読む
びわこ池田墓園
所在地:大津市大石曽束町
開設年月日:2016(平成28)年5月20日(予定)
付近:びわこ池田記念墓地公園
キロ程:赤尾町から5.2キロ 内畑から2.5キロ 曽束口から1.4キロ




5月12日から大津管内各車両や、関係停留所に順次20日からのダイヤ改正の案内が掲示され、13日午後からは公式サイトにも案内のPDFファイルがアップされています。

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報じることそのものの意味が全く見いだせない某芸能人2人の不倫、離婚、復帰なんかより、先月2日の大津比叡平線の延長も色褪せてしまうような、驚愕の新路線開通が私にとってはとにかく重要です。

新設の「びわこ池田墓園」バス停は、2005(平成17)年12月12日の滋賀大学バス停以来10年以上ぶりの新しいバス停(山科営業所管内時代に設置された「比叡平口」を除く)です。夢にも思わない場所でした。

土休日の赤尾町からの路線延長は、案内にははっきりと書かれていませんが、要するに南郷中学校以南新浜まで、1日2往復の減便です。特に南中系統単独区間である、南郷中学校、南郷二丁目、南郷二丁目東への影響は大きいです。

どうしてもこの延伸が必要なら、車両運用が複雑になることは百も承知ですが、4号経路の延長で対応できなかったのだろうかと思われ、そこが残念です。

この55号経路の新設により、2009(平成21)年の年始以来バスが通ることがなかった桜峠を、定期的にバス路線が通ることになります。

↓歯が抜けたような南郷二丁目の新時刻表
[びわこ池田墓園【延伸前特別篇】]の続きを読む
年始のお休みを頂いておりましたが、本日から通常通りの編集を再開致しますので、また宜しくお願い致します。

元日からすごい雪でしたね。
スノボだのスキーだの、寒い時に寒いところに行く人間の気が知れんわ、なんて年寄みたいなことを思いながら(誰だ!年寄りじゃないのか?とか言ったのは!)、録りためたテレビを見ていたので、全然雪に気づきませんでした。

元日の18時時点で、京阪バスは寝屋川、門真辺り以外はほぼ全て止まっていたみたいですね。
翌2日は、大津は一応朝から通常通り、却って山科なんかが「通行止めと、放置車両による通行不能」で昼前くらいまで運休していたようですね。

で、寒い時に寒いところに行くなんて、と言いつついそいそカメラを持って出かけてしまいました。

↓南郷洗堰と遠く雪を頂く比良山系を背景にN-3261

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ナンバープレートが雪で見えません。

↓私はこれがN-1252だと思っていたのですが、だいぶ後になって、何とB-1230だということに気づきました。
[雪の南郷洗堰・立木観音]の続きを読む
中千町とその周辺の変化は、前回取り上げた土砂災害の復旧だけではありません。

今年の6月、中千町バス停南の千丈川に、歩行者用の橋が架けられていることに気づきました↓

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↓以前はここで歩道が途切れていて、中千町でバスを降りたり、ファミリーマートで買い物をして、赤尾町方面に帰る際に橋を渡る時は、橋の部分だけ車道に出る必要があり、歩行者にとっても車にとっても、嫌な場所でした。
[中千町バス停移転]の続きを読む
曽束 そつか
所在地:大津市大石曽束四丁目
開設年月日:1976(昭和51)年から1981(昭和56)年11月30日までの間
付近:曽束緑地
キロ程:曽束中から0.3キロ (大石小学校から5.2キロ 石山駅から14.0キロ)




終点、曽束は集落の西の外れで、ここが一番便利だという住民の方は比較的少なそうです。

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大津営業所管内の数ある終点の中でも、指折りの寂しい、しかし終点らしい終点だと私は思っています。

[曽束【大津市内総合線 曽束系統6】]の続きを読む
曽束中 そつかなか
所在地:大津市大石曽束四丁目
開設年月日:1964(昭和39)年8月7日?
改称年月日:(不明)曽束→曽束中
付近:貴船会館 帰命寺(きみょうじ) 貴船御霊神社
キロ程:曽束口から0.2キロ(石山駅から13.7キロ 大石小学校から4.9キロ)




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曽束系統が開通した当初は、ここが曽束終点だったようです。
これについては、2010(平成22)年9月11日付拙稿京阪バス最後のボンネットバス①や2011(平成23)年2月28日付拙稿【臨時】こちらこそ驚きました 曽束バス停の位置でも書かせて頂きましたが、簡単におさらいしたいと思います。

まず、先述の記事で使わせて頂いた、Railbus様の写真を再度UPさせて頂きます。

1132

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いずれも1976(昭和51)年6月27日の撮影です。もうカラー写真の方が普通の時代で、ボンネットバスも少数派ですから、モノクロでボンネットバスだと、昭和30年代のように見えます。

↓現在
[曽束中【大津市内総合線 曽束系統5】]の続きを読む
曽束口 そつかぐち
所在地:大津市大石曽束二丁目
開設年月日:1964(昭和39)年8月7日?
付近:曽束市民プール
キロ程:ゴルフ場前から2.1キロ(石山駅から13.5キロ 大石小学校から4.7キロ)




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曽束は大石の西の端、あと1キロ進むかどうかでもう京都との境、というところにある集落で文字通りその入り口にあたるのが、この「曽束口」のバス停です↓

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1つ前の「ゴルフ場前」から実に2.1キロもあります。これは、西大石淀町からゴルフ場前までの1.7キロを上回り、京阪バスの一般路線のバス停間距離としてはトップクラスの長さだと思われます。普通なら、間に3、4か所バス停があってもおかしくありません。これ程長い距離停車せずに(停車させるような住宅地や施設なしに)採算を合わせようとしたら、本当なら両端に相当の利用者がなければならないはずなのですが…。

付近には茶畑があります。
[曽束口【大津市内総合線 曽束系統4】]の続きを読む
この辺りをよく知る方からの情報を得て、ゴルフ場前-曽束間に、ゴルフ場が客の誘致のために費用を負担して道路を改良する前の旧道の跡が残っているところがあると聞き、再度「取材」しました。

↓不法投棄を防止する看板があって、中途半端に道が広がっているところがゴルフ場前から見て1か所目。

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↓家に帰ったら、はっきり思い出せなくなってしまい、ちょっと自信がありませんが、この辺だと思います。



ここよりもっと目立つのは、Yahoo!地図上にもはっきりとアーチ状の道路と、それをふさぐバリケードのような記号が二か所見えているここでしょうか↓
[ゴルフ場前【大津市内総合線 曽束系統3-2】]の続きを読む
ゴルフ場前 ごるふじょうまえ
所在地:大津市大石曽束(そつか)町
開設年月日:1973(昭和48)年から1976(昭和51)年の間?
付近:大津カントリークラブ東コース
キロ程:西大石淀町から1.6キロ(大石小学校から2.6キロ 石山駅から11.4キロ)




大津比叡平線の「展望台前」、今は亡き南滋賀の「郵便局前」、と並ぶ漠然としたバス停名の代表のようなバス停です。「枚方カントリー」みたいにちゃんとゴルフ場の名前そのものにすればよかったのに、と思いますが、バス停ができた当時はゴルフ場自体が珍しく、これで十分通ったのでしょうか。
因みに、京阪バスで他にゴルフ場の名前が使われているバス停には、「国際ゴルフ場前」(枚方市)があります。

1973(昭和48)年の路線図には記載がなく、1976(昭和51)年には記載があるため、この3年間に設置されたのではなかろうかと思われますが、詳しいことはよく分かりません。

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実は「ゴルフ場前」というバス停名は、山科に先例があるのですが、これについては機会を改めて書こうと思います。

さて、このゴルフ場、というのは「大津カントリークラブ」のうち「東コース」のことです↓

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ゴルフ場自体の住所は「大津市大石淀町800番地」という簡潔なものですが、バス停のあるところは曽束側に入ります。

『大石のあゆみ』(1970)によると、天ケ瀬ダム建設によって、大石淀町では40戸の農家が水田を失うことになり、農業以外で何で生計を立てるか悩み、県や農林水産省とも相談し、付近の山林を酪農地とすべく開墾したものの、「この世紀の事業を心よしとせぬ人」の声や、ダム建設のために始めたことなのに、結局またその工事に邪魔されて、完成できなかったということです。一時は日活の撮影場として提供したそうですが、奈良の事業家が滋賀県選出の国会議員を通じて、ゴルフ場建設を企画し、今の「大津カントリークラブ」の基礎ができたそうです(P88-89)。

天ヶ瀬ダムは昭和39年完成ですから、この話からすると、大津カントリークラブができたのはそれよりしばらく後のことと思われ、開通当初はなかったバス停かとも思われます。
[ゴルフ場前 【大津市内総合線 曽束系統3-1】]の続きを読む