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青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
前回に続き高槻支所です。今は60台弱在籍しているそれなりに大所帯の高槻支所ですが、1970‐80年代は、概ね30台から40台弱しかバスがなく、ずっと50台前後で推移し続けている大津よりも少ない台数で、写真も少ないため高槻支所の車両は今回でお終いです。

↓大阪22あ414 A-1208 1971(昭和46)年式MR470

大阪22あ414

最初は、ナンバープレートが400番台なのでこの車がT.F.様撮影の写真の中で一番古いのかと思ったら、この車は「大阪22あ」で、前回取り上げた車はみんな「大阪2あ」なんですね。「2」一けたですよ、信じられません。
ナンバープレートって、廃車になって何十年も経っていても、同じ番号を繰り返したらまずいのでしょうか。絶対に使い回しってしないですよね。で、希望ナンバー制で人気のある番号に集中しやすいので番号が足りない、だから平仮名のところをアルファベットにするとか、ご当地ナンバー^をさらに増やすとかとか言っているのが私には不思議で仕方ないです。ないならもう諦めるしかないでしょう。難しい地名のナンバー増やされても、ひき逃げや強盗を目撃した時、何と書いてあるのかも分かりません。

↓大阪22あ1377 A-1293 1974(昭和49)年式MR470

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本当は以前枚方営業所の第2回目で終わっているので、第3回目から始めるべきなのですが、枚方は在籍台数も多く、整理に時間がかかりそうなので、写真が少ない高槻支所を先に取り上げたいと思います。

T.F.様が撮影された写真の数こそ少ないですが、高槻は枚方高槻線という京阪バスの屋台骨ともいえる屈指のドル箱路線を抱える営業所です。バスロケーションシステムを何と1980(昭和55)年に導入するなど、先駆的な取り組みを行ってきた営業所でもあります。詳しくは2011(平成23)年3月28日付拙稿1980(昭和55)年3月28日 枚方高槻線バス接近表示システム導入をご覧下さい。

多少の派生系統はあるものの、ほとんど枚方高槻線と枚方茨木線だけの往復で(だから逆に新しいことを試験的に導入したりするのに適していたのかもしれません)、運転手さん飽きてしまわないのかな?と余計な心配をしてしまったりしますw ただ、最近は寝屋川茨木線などにも進出しています。

↓大阪2あ482 旧社番2370 1967(昭和42)年式MR470

大阪2あ482

阪急茨木市駅西口ロータリーのバス乗場から、今まさに出発したところの様子と思われます。
このロータリーと背後に写っている「茨木ショップタウン」(阪急茨木駅前センター)などの建物は大阪万博の当時に開発され、ほとんど雰囲気が変わっていないため、茨木近辺の方なら、すぐに分かるだろうと思います。

因みにT.F.様が撮影されてから数年後の1980(昭和55)年3月25日、ここに写っている三和銀行茨木支店で、女性行員が8,000万円もの巨額の横領をした「三和銀行オンライン詐欺事件」が発生しました。その後、三菱東京UFJ銀行になってからもこの場所で営業が続けられたようですが、最近東口に移転したようです。

↓できるだけ同じアングルになるように、私も現在の様子を撮ってみました。

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