青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
大津市立図書館で、こんな本を見つけました。

"Don't Let the Pigeon Drive the Bus" 直訳すると、「ハトにバスを運転させないで」ですが、日本語タイトルは、なるべく短くすっきりさせるために、「バスを」を略して、「ハトにうんてんさせないで」となっています。

Don\'t Let the Pigeon Drive the BusDon\'t Let the Pigeon Drive the Bus
(2004/07/05)
Mo Willems

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ハトにうんてんさせないで。 (にいるぶっくす)ハトにうんてんさせないで。 (にいるぶっくす)
(2005/09)
モー ウィレムズ

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なぜハトなのか、そして彼は(日本語訳のしゃべり方からして恐らくオス)何故にそれほどバスが運転したいのかは一切語られないまま、とにかく彼の、バスが運転してみたいという熱い思いが語られ続けるシュールな絵本です。

↓かなりの意訳だな…
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わかいといわれ ジーパンはいた
かがみのまえで (ハッスルハッスル)
バスていまえで (ハッスルハッスル)
あかいくつはいて ハッスルハッスル

「ハッスルばあちゃん」 歌 のこいのこ  作詞 高田ひろお  作曲 佐瀬寿一 (1976)





これが懐かしいなんて言うと、歳がバレそうですが、1976(昭和51)年という、私が影も形もない時代から「ひらけ!ポンキッキ」で流れていたのに、それでも懐かしいということは、オンエア期間はかなり長かったんだと思います。

きょうび、ハッスルなんてプロレスかよって感じで、それ以外ではこっぱずかしくていえませんが、この当時はカッコいいことばだったのでしょうか?

0:41辺りで映るタクシーの雰囲気も懐かしいです。あんなに引っ付いて縦列駐車して大丈夫なのか?と思いますが…。1:22辺りの「ママもうかれてハッスル ハッスル」の「ママ」は、こういう「ママ」のイメージなんだろうかと、画像を見て疑問でした…。

[バスていまえで ハッスルハッスル???]の続きを読む

陽子は神楽農協の前でバスに乗った。旭川に行くには、橋をひとつ渡らねばならなかった。バスがその橋の上をすぎるとき、陽子は生まれてはじめて「淋しい」ということを知った。今まで、一人で旭川に出たことはなかった。橋の下を流れる冬の川はくろかった。バスの窓に、ひたいを当てて陽子は外を見ていた。

三浦綾子『氷点』(上)朝日文庫 P236





三浦綾子記念館を見て、せっかく昔読んだ『氷点』なのに、筋立てがなかなか思い出せなくてもったいない、と思って、『氷点』を読み返して、この場面に行きあたりました。「神楽農協前」は、記念館に行く時に降りた、現在の「神楽4条8丁目」であり、辻口家の人々は、ここで何度もバスを乗り降りした、と展示にもあったので、写真を何枚か撮影しましたが、こんな場面があったことは、思い出せませんでした。この直前に、「母」夏枝に、物語のクライマックスの1つである恐ろしい思いをさせられた、小学校1年生の陽子――小説発表当時は、トウキビ畑がほとんどだったというこんなところで、小学校1年生の女の子が1人バスに乗る…どんなに寂しく、怖かったことでしょう。

写真に写る空は明るく碧くても、それを思いながら見返すと、私も寂しくなりました。

因みに、旧神楽町が旭川市と合併するのは、1968(昭和43)年3月1日のことなので、『氷点』の時代背景では、ここはまだ旭川市ではなかったため、「旭川に出たことはない」と、よそのような書き方がなされています。

また、お気づきのように、驚いたことに今も、農協(JA)関係の建物がちゃんとバス停前にあります↓

DSC_0541.jpg

バス停の名前が変わってしまっているので、中には、三浦綾子記念文学館に行こうとして、
『神楽農協前』というアナウンスが流れなかったから、乗り過ごしてしまった」
なんていうひともいるそうです。

陽子をはじめ、辻口一家は、何度このバス停で、バスを乗り降りしたのだろう?と思いながら、私も、旭川駅方面のバスを待ちました。
……世界にはシャーロック・ホームズは実在の人物だった、と考えているひとたち(シャーロキアン)がいますが、私も、辻口一家が実在した人間であるかのような錯覚を覚えました。

[神楽農協前-氷点Ⅲ]の続きを読む

高いストローブ松の梢が風に揺れていた。それは揺れているというよりも、幾本ものストローブ松が、ぐるりぐるりと小さく天をかきまわしているような感じだった。
三浦綾子『氷点』(上)P83



DSC_0497.jpg

9月29日付風は全くない-氷点Ⅰの続きです。

今回は、宜しければ1989(平成元)年4月放送の、テレビドラマ版『氷点』の主題歌、その名も『氷点』をお聴き下さい。歌は、最近ちょっとお騒がせもありましたが、私は結構好きな、玉置浩二です。
そう、彼も旭川出身なのです!



記念館には、三浦綾子の生い立ちや、各作品の年譜などが展示されている他、作品を集めた図書室もあります。

中でもデビュー作であり、地元・旭川が舞台の『氷点』は扱いが大きく、2階では、辻口啓三・夏枝夫婦を仲村トオル、飯島直子が、辻口陽子石原さとみが演じた2006(平成18)年放送のTVドラマ版が流されていました。あっさりサバサバしていて、物事を鋭く見抜く賢者のような独特な印象を与える、夏枝の親友で日本舞踊の師匠・辰子を演じる岸本加代子が、ものすごくぴったりで、主人公の辻口家一家以上に印象的でした。

また、見本林や、旭川の街で『氷点』を追体験する、という企画もあり、パンフレットが配られていました。
[天をかきまわすストローブ松-氷点Ⅱ]の続きを読む
知る人ぞ知るアニメ、『スケアクロウマン』
私は、タテタカコという好きなアーティストの、『あした、僕は』という曲を、辛い時(私だってそういう時もあります…)に聴くと妙に心にしみて、それがこのアニメのエンディングであることを知る、という普通と逆のルートでこのアニメを知り、最近DVDを取り寄せて見始めました。




スケアクロウマン SCARECROWMAN THE ANIMATION(1) [DVD]スケアクロウマン SCARECROWMAN THE ANIMATION(1) [DVD]
(2008/10/22)
野島裕史、荻野晴朗 他

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scarecrow…「カラスを驚かせる=かかし」 正にその名の通り、かかしであったスケアクロウマンが、20年目にふとしたことで命を与えられ、動くことができるようになって、器用な手先を生かして、ものを作ったり、修理したりしながら、さまざまなひとと出会うというストーリーです。
スケアクロウマンが、修理したピアノをリアカーで運ぶなんていう、何重にもツッコミどころのある、???な場面もしばしばありますが、全体的には心温まる話の数々です。

彼の朴訥とした「人柄」は、声優・野島裕史の声によく表れています。

第4話「遠い日のノクターン」には、路線バスが登場します。
[遠い日のノクターン]の続きを読む
このカテゴリは2回目ですね。前から温めていた「冬が来る前に」がぴったりな時期が来ましたので、取り上げようと思います。

「紙ふうせん」の名曲だということを知ったのはずいぶん後で、中学の時に合唱で歌ったことが印象に残っています。ピアノについては、若松正司編曲版と、海老沢篤編曲版、橋本祥路編曲版があり、原曲により近いのは後者2つのようですが、私は前者の方になじんでいます。

GOLDEN☆BEST/紙ふうせんGOLDEN☆BEST/紙ふうせん
(2004/08/04)
紙ふうせん

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冬が来る前に
もう一度あの人と めぐり逢いたい


という有名なサビで、ピアノの右手は16分音符の分散和音が続く、僕の腕では少々苦しい局面です。上手な友だちから、
「冬が来てしまいそう…」
と評されました(汗 
勢いで弾いていて、テンポが不自然に速いということのようです…。苦手なところは、テンポが落ちる場合もありますが、早く逃げきろうとして逆に速くなることもあるのです。

2番のサビの前は、

落ち葉つもる道は 夏の想い出道
今日もわたし一人 バスを待つの


歌ったり、ピアノ伴奏を弾いたりしながら、ここで「わたし」が待っているバスは、どんなバスなのかなとよく思います。エアロスターKあたりが一番似合う気がするのですが、歌が発表されたのが1977(昭和52)年なので、 モノコックボディのバスばっかりですね。まだいわゆる「ブルドッグ」(型式を知らない…)さえ登場していないし、かといってボンネットバスはもう珍しくなっているし、歌の雰囲気ともちょっと違うかな、と思うし。

…バスを待つ「わたし」は、冬が来る前に「あの人」とめぐり逢えたのでしょうか。どんな思いで、落ち葉を踏みながら走るバスに乗ったのでしょうか―――。

IMG_2626 (2)
 大津管内の京阪バス路線の歴史を扱うのがメインですが、より一般的に、バスが登場する小説や歌の中で、特に私の印象に残ったものも取り上げてみたいと思います。
 このシリーズ(と言えるほど続くか分かりませんが)の第1回目の今回は、川端康成です。『伊豆の踊子』や『雪国』が有名な川端ですが、私は122編の掌編小説を集めた『掌の小説』が好きです。その中でも比較的有名なのが、「有難う」です。タイトルの温かさに反して、母親が、15里離れた町へ娘を売りに行く、というとんでもないシチュエーションです。
「駄菓子を並べた待合所の二階から、紫の襟の黄色い服を着た運転手が下りて来る。表には大型の赤い定期乗合自動車が紫の旗を立てている」 
初出がいつなのかよく分かりませんでしたが、上原謙主演で映画化されたのが1936(昭和11)年ですから、それよりは前ですし、身売り、定期乗合自動車、といったことばでそのくらいの年代であることは想像に難くありません。車両は、もちろん、ボンネットバスでしょうね。「紫の襟の黄色い服」というのがどうしてもイメージできないのですが…。
 15里というと約60キロ、今は高速バス以外にそれほどの距離を走る路線はほとんどありませんが、この当時はそれほど珍しいことではなかったのでしょう。その長い道のりで、彼は馬車や大八車、人力車と行き違う度、「ありがとう」「ありがとう」と声を掛けるので、地元では「一番評判のいい運転手」とされていて、母親も、
「有難うさんに連れて行ってもらうんなら、この子もいい運にめぐり合えるじゃろ」
と言っています。娘を売るくせに、いい運にめぐり合えるなんて、よくもそんなことを言えたものだと呆れるのですが、町に着いてから、
「この子がお前さんを好きじゃとよ(中略)どうせ明日から見も知らない人様の慰み物になるんじゃもの」
と言って、彼に、娘と一夜を過ごしてやって欲しいと頼むのは、文庫のカバーの後ろに付されているこの小説の紹介文にもある通り、せめてもの母親としての情けだったのでしょうか。翌朝、結局、娘に泣かれ、運転手に叱られた母親は、娘を連れて帰ることになります。それでも春にはまた売るみたいなことを言ってはいますが…。

 ひとは、バスに乗る時、必ずしも楽しい気持ちや、うれしい気持ちで乗っているとは限りません。
 この小説の母親と娘のように何とも書きようのない複雑な思いを抱えながら乗っているひとは、今でもきっといることでしょう。ここまで複雑でなくても、「仕事行くの嫌だな」「今日は病院で嫌な検査を受けないといけない…」「彼女(彼)が最近冷たい」くらいは思っていておかしくないと思います。
 通常、運転手が乗客の人生に関われるのは、その乗客が乗っている間の数十分、夜行など長い路線でも数時間であり、この小説のように踏み込んで関わることはまれでしょう。でも、「ありがとう」という彼のさりげないことばが、次の局面を切り拓く力を持つ象徴的なことばとして扱われているような気がしてなりません。

 この運転手のことばが直接話法で出てくるのは、繰り返される「ありがとう」の他は、乗合自動車に乗る前に、
「お婆さん、一番前へ乗んなさいよ。前ほど揺れないんだ。道が遠いからね」
ということばだけです。寡黙な彼が、何と言って母親を説いたのか、それは分かりませんが、こういう彼にしか言えない何かを言ったのだろうな、と想像して、少し穏やかな気持ちになれたなら、それだけで、この小説を読んだ意味は十分あるのだろうなと思います。

掌の小説 (新潮文庫)掌の小説 (新潮文庫)
(1971/03)
川端 康成

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