青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
以前知人に見せてもらった、1973(昭和48)年の江若交通の路線図に、「来迎寺鐘化前」から山手に分かれる不思議な支線がありました。バス停は末端の「消防学校前」1つだけの盲腸線です。

滋賀県公式HP内の消防学校のページを見ると、「沿革」が載っていて、1963(昭和38)年6月1日に下阪本に開設され、1985(昭和60)年4月に能登川に移転するまで、そこにあったようです。滋賀県消防学校50周年記念誌には、江若鉄道があった当時の空撮写真が載っていて、確かに線路に沿っているのが分かりますし、中には食堂の窓から江若鉄道がよく見えて手を振った、という思い出を書き記しているひともいます。

しかし、バスのことはネットで検索してもやはり何も出てきませんでした。

昔の江若交通のことに詳しい方は、路線免許はあるものの、実質は貸切運行だったと仰っていましたが、一方で、別の方に見せて頂いたツーマン運転当時の乗車券にはちゃんと「消防学校」という記載があるものがあり↓、実に不思議です。

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現地に行ってみました。

↓新しい家が建ち並んだ隙間から、それこそ「真珠の小箱」の音楽でも聞こえてきそうな土塀

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「真珠の小箱」の音楽を覚えているなんて言うと、歳がバレそうだけど、枯れた脱力感に満ちたフルートの音が逆に鮮やかです。

↓来迎寺カネカバス停付近から「消防学校前」方面を望む。
[不思議な支線 「消防学校前」]の続きを読む
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1955(昭和30)年10月15日、江若バスの浜大津線が大津駅まで延伸して今日がちょうど60周年です。

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↓1955(昭和30)年10月10日付京都新聞滋賀版

S30.10.10KS 大津‐堅田間に江若バスb
[江若交通浜大津線 大津駅延長60年]の続きを読む
京都今津線の記事が大きな節目である堅田に到達しました。堅田を中心とする江若鉄道、江若交通の時刻表を収集して、ある程度まとまった数になりましたので、番外編として皆様にご覧頂こうと思います。

残念ながら、私の「専攻」である京阪バスについての記載はほとんどありませんが、時系列に並べましたので、その変化をご覧下さい。江若は専門ではないので、細かい解説はできません。逆にお気づきのことがある方、思い出のある方など、是非コメント頂ければと思います。

↓これは、1949(昭和24)年11月3日付『堅田時報』掲載の、堅田の各交通機関の時刻表です。

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この時点ではまだ京阪バスは走っていません。

↓一方、こちらはその1年半後、1951(昭和26)年4月20日付『堅田時報』に掲載されていた、堅田の各交通機関の時刻表
[堅田駅 バス時刻表の変遷 【京都今津線 番外】]の続きを読む
今からちょうど60年前、1955(昭和30)年3月16日付朝日新聞滋賀版より↓

S30.3.16A 救急車も兼ねる葛川村営バスb

今は大津市となっている、市最北端の葛川(かつらがわ)学区、この当時は滋賀郡葛川村という独立した村でした。
この年の4月1日に堅田町と合併するので、この時は村がなくなる直前です。しかし、合併に関わるようなことは何一つ書かれていません。
[葛川村営バス]の続きを読む
予定を変更して、先に江若交通の「日本天台三総本山」連絡バスを取り上げます。

江若交通の公式サイトに、今月4日から12月7日までの土日祝日に、「日本天台三総本山」連絡バスが運行される旨、記載されているのをご覧になった方もいらっしゃることでしょう。

三井寺、延暦寺、西教寺において、この秋通常は非公開の文化財が公開されるため、この三ケ寺(延暦寺はケーブル連絡)と延暦寺にゆかりのある日吉大社と、大津駅、比叡山坂本駅、大津京駅を結んでいます。

大津駅-比叡山坂本駅間の運行は2往復しかなく、三井寺-ケーブル坂本駅口(京阪バスの旧「坂本ケーブル乗場」に相当)間は停車しないという奇抜さですが、8年前に廃止された京阪バスの29号経路を彷彿とさせるものなので、運行初日、早速乗りに行ってきました。

↓10月4日、大津駅前には乗場案内の看板が。

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↓1日9本のうち2本が比叡山坂本駅行、残りは大津京駅行きです。
[「日本天台三総本山」連絡バス]の続きを読む
今日、1952(昭和27)年9月8日は江若交通・仰木線(堅田-上仰木間)が開通して満60周年です。

黒字の路線は1つもないという江若交通(平成22年度大津市若手職員によるまちづくり委員会「第1節 路線バスの現状と課題」『公共交通についてみんなで考えてみませんか?』第4章「路線バスの維持活性化」P45 2010)。路線バスが全国的にどんどん廃止されていく中で、60年走り続けるというのは、並大抵のことではありません。同じ大津市内でも、仰木には何の縁もなく、下在地「江若バス史料館」~春の仰木②で書きました昨年のGWの散策の時が、まともに足を踏み入れた最初ですが、還暦に敬意を表し、簡単ですが取り上げたいと思います。

1952(昭和27)年9月7日付滋賀日日新聞↓

S27.9.7S 堅田‐仰木間にバスb

この頃は「仰木村」なんですね!
当時は、仰木道から堅田町内をひとめぐりする路線設定だったようです。京阪バス京都今津線の項で、詳細に取り上げる予定ですが、京都今津線も、江若交通浜大津線も、もともとは堅田町内を回っていました。だから未だに堅田町内線の正式路線名は、あくまでも「浜大津線」なのです。ウソだと思う方、江若交通公式サイトの時刻表をよくご覧下さい。

現在、仰木線の平日ダイヤは1日8往復、休日は3往復、驚いたことに、当時のダイヤは、今の休日ダイヤとそっくりで、始発はだいぶ時間がずれていますが、2本目、3本目はそれぞれ当時の5分前、2分後の発車です。もっとも、今の堅田駅は影も形もなく、当時は今の本堅田に当たる位置が堅田駅として起点だったのだと思われます。

60年前の今日は何と無料で多数運転とあることに驚かされます。

↓仰木の高台から見た、雄琴方面。遠く琵琶湖の向こうに近江富士が見えます。

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バス停は8カ所とのことですが、「仰木道」から数え始めると、どう考えても当時は絶対にない「仰木台東口」、「レークピア北口」を除けば、現在、「十王堂前」「下仰木」「平尾」「仰木小学校前」「辻」「札場」「上仰木」と、ちょうど8カ所ありますので、これらを指しているのかと思われます。
[江若バス 仰木線開通60周年]の続きを読む
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5月6日付拙稿下在地「江若バス史料館」~春の仰木①は生津を出たところで、話が終わっていたんですね。今回はその続きです。

「トマトあります」とな…。え?この橋を渡って買いに来いと…。

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こんな橋ですよ…。同行していた方が、「構造力学なんて何にも考えられていない」といいながらも「とりあえず渡るべきでしょう」というので…

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意気地なしと思われたくなくて、仕方なく渡る…。
て、トマトあらへんし!
いや、荷物になるだけやし、ホンマに買いたいとは思ってへんかったけど、とりあえずビニールハウスやし時期が早いけどもう実がなっているのかな?と思ったのに。今写真を見返すと、渡る前からないらしいことはよく見れば気付くはずなんですが、橋があまりに印象的すぎた(*_*) 多分、ハウスの中にあるのはイチゴの栽培に使う道具なんだろうな。

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渡ったら、戻らなしゃーない。いややな、十津川のつり橋より怖い(>_<)

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道は果てしない。「カントリー・ロード」でも流れてきそう。

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坂道も多く、結構疲れますが、やっと仰木が見えてきた時は、歩いてよかったと思いました。

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レンゲ畑の向こうに、近江富士(三上山)が見えます。滋賀県民なら誰でも知っている、俵藤太(たわらのとうた)の伝説を思い出します…。
瀬田の唐橋で俵藤太に切られたオオムカデの体が飛んで行って、近江富士にぶつかったので、山頂が欠けている、というあの…。でもこの距離だと、欠けているんだか何だか分かりません。

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行った時は田植えの真っ最中の時期でした。

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この馬蹄形の田んぼは結構有名だったと思います。全体をカメラで納めるのは難しいです。

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着く前に、地のひとに、一本桜があると聞いていたのですが、これがそれだとすぐ分かりました。花が咲いている時期はもちろん素晴らしいでしょうけど、葉桜になっても素晴らしい↓

[下在地「江若バス史料館」~春の仰木②]の続きを読む
少し肌寒いGWだった気がしますが、いかがお過ごしでしょうか?
私は、海外旅行……に行きたかったんですが、とりあえず、暑くも寒くもないいい時候を利用して、今は亡き京阪バス・京都今津線の「取材」に。3月に近江今津-安曇川間は見終わったので、3日は続きで安曇川-北小松、4日は北小松から蓬莱まで、それぞれほとんどの行程を歩いて南下し、バス停(及びその跡)を1カ所ずつ撮影しました。とても1回や2回で取り上げられる量ではありませんので、断続的な「連載」その他の形を取ろうと思っております。その節は宜しくお願いします。

    §              §

今日は、大津市伊香立下在地町(いかだちしもざいちちょう)から、峠を越えて、棚田で有名な仰木(おおぎ)まで歩きました。



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初めてフリーの地図ソフトを使ってみましたが、なんかイマイチうまくいきません(汗 もっと左の方にずらしてご覧下さい。みんなきれいにうまいことしてはるけど、何を使ってはるんやろう?私は基本、コンピュータ、技術、機械、電気関係等、全てチンプンカンプンの超アナログ人間なので、こういうとき本当に困ります。

リンクさせて頂いている - yume_cafe - (京都ひとり歩き)の、江若鉄道 ボンネットバス資料館 (滋賀県大津市)という記事で取り上げられている、「下在地」バス停(地図①)に前から行きたかったのです。

青空の堅田駅から乗るのは……かの有名な「途中」行き。

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私は見ていなかったのですが、2005(平成17)年1月19日放送の「トリビアの泉」で取り上げられ、ちょっとした話題になったようですね。
私は同じ大津市でも、軽く40キロほど離れた南の端に住んでいて、北の方のことは非常に疎いのですが、それでも「途中」という地名くらいはずっと前から知っているから、もはや一般名詞としての「途中」と、地名としての「途中」は、私の中では全く切り離されていて、「途中が終点!?」とか言われても、それがどうしたのかと思っていました。よその方から見ると不思議なんですね。

「家田道(いえだみち)」付近だったと思います↓のどかな風景…。

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「途中」もいずれ行きたいのですが、今回はもちろん「下在地」で下車。生まれて初めて、伊香立学区に足を踏み入れます。同じ大津市でも、石山や南郷、大石に住んでいるひとは、伊香立や仰木を一生見ることがなかったとしても不思議ではないと思われます。

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因みにその手前の「南庄道」「南庄」は、地図では「伊香立南庄町」、ルビは「いかだちみなみしょうちょう」なんですが、バスのアナウンスは「みなみしょみち」「みなみしょ」でした。地のひとの伝統的な発音は「しょ」で切るのでしょうか?
枚方市の「招提」が、公式には「しょうだい」であるところ、京阪バスのアナウンスでは「しょだい」と発音しているのを思い出しました。
同バス停の、堅田方面にある待合所。夕暮れなんかに来ても、いい雰囲気だろうな。江若バスは多雪地帯を走るせいか、こうした待合所が多くあります。

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待合所の入口上には、

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「江若鉄道バス史料館」!


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あまりここにたくさん写真を貼り付けると、今後行きたいと思われる方の楽しみを奪ってしまうかもしれませんので、この辺にしますが、素晴らしいですね!表の「史料館」は、ちょっと大げさな気もしますが(笑)、地元の方の熱心な気持ちが伝わってきます。バスが好きというよりは、恐らく地元の方が何かの折に撮った写真や絵が展示されているのでしょう。どなたの撮影なのかなどは何も分かりませんでした。

江若バスについては、私が知る限り、特に専門的なサイトもなく、江若鉄道も含めて、資料館のようなものが全くないので、江若鉄道 近江今津駅跡とこの下在地バス停とが、ちょっとしたセンターになると多くの方が訪れそうですね。私に資力と、展示できるほどの資料があったらいいのですが…。


「下在地」では、同じ江若バスの「生津(なまづ)」行きが分岐しますので、その道に沿って歩きます。
[下在地「江若バス史料館」~春の仰木①]の続きを読む