青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
石山団地最終回です。
僅かですが、撮りためた写真をお届けしたいと思います。

↓以前は朝に1回だけ走る南郷中学校行きに、決まってB車が使われていました。もう私も長いこと見ていないのですが、ここ最近は中型車のようです。

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一度だけ乗ったことがあるのですが、驚いたことにその時は乗客のほとんど(と言っても数人ですが)が越境通学する南郷中学校の生徒で、本来の学区である石山中学校がある平津で降りる中学生がいるだろうと思っていたのに、誰もいませんでした。以前に比べると越境通学に関する規制が緩やかになり、石山学区からでも、南郷に行きたいと思えば簡単に通えるようです。

しかし、原則として越境通学ができなかったであろう、南郷中学校分離開校当初の1987(昭和62)年から運行されていて、一体もともとの設定目的が何であったのかよく分からない路線です。
更にその前は「平津」行きでした。

↓今となっては懐かしい、B-1905
[石山団地【石山団地開発50周年記念特集6-2】]の続きを読む
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石山団地 いしやまだんち
所在地:(降り場)大津市大平二丁目 (石山駅方面)大津市大平一丁目 (折り返し場)大津市大平二丁目
開設年月日:不明
付近:滋賀県立大津清陵高等学校(旧滋賀県立湖南高等学校) UR都市機構(旧住宅・都市整備公団)石山団地 大津大平郵便局
キロ程:石山団地中央から0.4キロ


終点、石山団地です。



この停留所を構成する要素は「降り場」「乗り場(石山駅方面)」そして奥の団地西端にあるロータリーです。

国分団地や大石小学校と決定的に違うことは、ロータリーとバス停が一体になっていないことです。

↓降り場

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[石山団地【石山団地開発50周年特集6-1】]の続きを読む
石山団地中央 いしやまだんちちゅうおう
所在地:(石山団地方面)大津市大平二丁目 (石山駅方面)大津市大平一丁目
開設年月日:不明
改称年月日:(不明) 石山団地→石山団地中央
付近:石山県営住宅 雇用能力開発機構石山寺宿舎 市営石山第二団地 (現在ないもの)大津警察署大平駐在所
キロ程:石山団地口から0.3キロ




石山団地の、文字通り中心に当たる「石山団地中央」。のはずなのですが、石山団地向きのバス停は、団地のへりにあります。

↓石山団地方面のバス停は、カーブの途中にあり、石山駅方面は、このカーブを曲がりきらないと見えてきません。

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↓石山団地方面ポールを石山駅向きに撮影
[石山団地中央【石山団地開発50周年記念特集5】]の続きを読む
石山団地口 いしやまだんちぐち
所在地:(石山団地方面)大津市大平二丁目 (石山駅方面)大津市大平一丁目
開設年月日:1966(昭和41)年6月1日
付近:市営石山団地 滋賀銀行寺辺代理店
キロ程:樋ノ口から0.4キロ




文字通り、石山団地の入口です。石山団地に出入りするバスは、石山寺経由でも国分BP経由でも、必ずこの大平交差点を通過する必要があります↓

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交差点の形状が変則的で制御が難しいこともあるのかもしれませんが、青信号の時間のバランスが何かおかしい気がします。国分からの南行き、野々宮方面からの北向きの交通量が当然多いわけですが、その多い向きの青信号が短くてイライラします。国分方面からの南行きが青の時に、石山団地から下りてくる方の信号も青というのがまたややこしくて、石山寺経由の石山駅行きは、国分から南に向かう車の合間に入り込まないといけません。朝夕や、買い物などの外出が多い土日は、しょっちゅう渋滞しています。思い切って交差点自体の構造をごっそり変えられないものなのでしょうか。

↓近くにある案内板。
[石山団地口【石山団地開発50周年記念特集4】]の続きを読む
樋ノ口 ひのくち
所在地:(石山団地方面)大津市石山寺五丁目 (石山駅方面)大津市石山寺四丁目
開設年月日:1991(平成2)年4月1日?
付近:フレンドマート(平和堂)石山寺辺店 滋賀銀行石山研修所・滋賀銀行健康保険組合石山グランド 
キロ程:野々宮から0.3キロ


他の停留所と違い、開通当初はなかったバス停です。野々宮と石山団地口の間の距離が長く、周辺の宅地開発が進んだために設けられたようです。
昭和末期から平成初期の住宅地図や路線図を確認する限り、平成2年の開設ということでほぼ間違いないと思われます。



小字だと思われますが、『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』(1979)の「小字一覧」には記載がありません。石山寺辺町の範囲の小字は、「石山村寺辺」として「北田」「寺津」「別所」「伽藍山」「大平山」が上がっています。このうち別所は郵便局名などに今も広く用いられています。

2013(平成25)年4月29日付拙稿大浜【石山外畑線・宇交石山線7】にて、「大浜バス停以上に由来が分からないバス停名はない」と書きましたが、よく考えたらここも、何の文献にも出てきません。
古い地名がこういう形で残るのはいい面もありますが、反面、どうしてこういう誰も分からないものをバス停名にしてしまうのか不思議です。

尚、2011(平成23)年8月11日付の瀬田川畔のメン羊王国 石山寺辺町?もこの辺りを取り上げた記事ですので、初めてご訪問下さった方は是非ご覧下さい。
[樋ノ口【石山団地開発50周年記念特集3】]の続きを読む
野々宮 ののみや
所在地:大津市石山寺三丁目
開設年月日:1966(昭和41)年6月1日?
付近:京滋バイパス石山インターチェンジ 石山別所郵便局 石山南郷交番 市営住宅寺辺団地 生鮮マートかねまん (現在ないもの)大津市役所石山支所
キロ程:石山幼稚園前から0.3キロ




『大平山のあゆみ』に引用されている、「石山寺円乗院所蔵大地図所載地名表」には記載がありますが、その他の文献では全く見られない地名です。一体どこでどうやって調べてこんな地名をバス停名に採用したのか、基準が分かりません。

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[野々宮【石山団地開発50周年記念特集2】]の続きを読む
石山幼稚園前 いしやまようちえんまえ
所在地:大津市石山寺三丁目
開設年月日:1966(昭和41)年6月1日?
改称年月日:不明 (石山支所前→石山幼稚園前)
付近:大津市立石山幼稚園 大津市立石山小学校 石山市民センター(大津市役所石山支所・大津市立石山公民館)




上下両方向とも、少なくとも1985(昭和60)年頃からポール位置に変化はないようです。
ただ、ここと次の野々宮とは、石山支所や石山幼稚園の移転が絡み、調査が面倒臭かった難しかったため、ごく身近な停留所の割に、「取材」と記事執筆はかなり後まで手付かずになっていました。

1971(昭和46)年版の住宅地図においては、石山小学校前や野々宮のバス停は記載があるものの、このバス停は記載がありません。

『わが町いしやま 石山町・大津市合併60周年記念誌』(大津市石山学区自治連合会60周年記念事業実行委員会編 1993)などの年表によると、以下の通りです。

1949(昭和24)年4月 大津市立石山幼稚園 石山小学校の併設園として同校校舎の一部を使用して開園
1972(昭和47)年4月 独立園となる
1975(昭和50)年7月 現在の園舎に新築移転



但し1976(昭和51)年4月に「新園舎スタート」と書かれているので、本格的に現在の園舎↓の使用が開始されたのは4月の新年度からなのかもしれません。
[石山幼稚園前【石山団地開発50周年記念特集1】]の続きを読む
石山学区の皆様、長らくお待たせ致しました(?)。

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1993(平成5)年の大津営業所移転以降、4号経路(石山駅-大石小学校)に徐々に本数や運行時間帯の利便性の面で水をあけられつつも、今も同営業所を代表する路線の1つと言って間違いない1号経路(石山駅-石山団地)を取り上げる機会が本ブログ開設から6年目にして漸く巡って参りました。

1966(昭和41)年、当時の大津市の一大プロジェクトと言える、石山団地の開発が始まりました。
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滋賀大学 しがだいがく
所在地:大津市平津二丁目
開設年月日:2005(平成17)年12月12日
付近:滋賀大学平津キャンパス(教育学部・教育学研究科) 社会福祉法人湘南学園
キロ程:石山駅から4.5キロ




10年前の今日、石山駅のバスターミナルが現在の位置になったその日、滋賀大学教育学部キャンパス構内に「滋賀大学」バス停が設置され、滋賀大学直通便が運行を開始しました。
滋賀大直通便は、関西外大摂南大学などと並んで、経路番号の設定がない通学用の直通系統として誕生しました。表示の「直通 non-stop」は、大阪のものと共通仕様です。
滋賀大構内以外は全て免許がある区間ですが、既存系統の増発ということではないので番号が割り当てられなかったのでしょう。

今はどうか分かりませんが、少なくとも2010(平成22)年頃の段階では、7:05内畑発曽束経由大石小学校行きに使用される車両が、約1時間後にこの便になるという仕業です。発車時刻は当時も今も8:10で変わっていません。

教育学部しかなくて、私立の大規模大学と比べれば学生数が少ないので、1日1本しかありませんが、行列ができる人気ぶりで、1人乗るかどうかの静まり返った内畑とのギャップに圧倒されます。
[滋賀大学直通バス運行開始10周年]の続きを読む
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国分団地 こくぶだんち
所在地:大津市国分二丁目
開設年月日:1968(昭和43)年10月18日(免許日) 営業開始日不明
付近:滋賀県バスケットボール協会 国分二丁目自治会館
キロ程:幻住庵から0.4キロ




終点、国分団地に着きました。
「団地」と言っても石山団地の公団(UR)や県営・市営住宅のような集合住宅は、個人が建てたアパートを除いて存在せず、一戸建てばかりの団地です。

国土地理院の公式HPから見ることができる1967(昭和42)年5月15日撮影の空中写真MKK673X-C8-10を見ると、現在のこのバス停からほぼ真南に下ろした直線から西側、つまり奥側にだけ家が建っていて、東半分は更地です。
これが、翌年の5月24日撮影のMKK682-C10-4になると、東側の更地だったところにも家が建てこみ、前年からあった家と合わせて100軒ほどになっていて、既にバスロータリーの原形のようなものもあります。

バスが開通するのは、その約5か月後なので、開発当初からここをロータリーとしてバスを乗入れさせるつもりだったのでしょう。

1966(昭和41)年11月16日付滋賀日日新聞には、「国分団地分譲受付」の記事が掲載されています。

石山国分団地は市が三十九年度から開発している分譲住宅団地で、すでに三十九年度十戸、四十年度二十戸の分譲を終わり、四十二年度には五十戸を計画している。
(中略)
木造かわらぶき、平屋建て、ガス、水道、フロ、ステンレス流し台、水洗便所付き



大津市の下水道普及率は1969(昭和44)年時点で何とたった7.6%!それ以前は0%なのに、どう水洗便所を作ったのでしょうか?浄化槽など、この当時既にあったのでしょうか?

新聞の写真に写っている団地は、今の私たちの目で見ると、仮設住宅のようにしか見えませんが、当時としては画期的だったのでしょう。

住宅の増加を反映し、この前年、1967(昭和42)年4月1日付でそれまでの「石山国分町」が現在の「国分一丁目」になり、住居表示制が施行されます。

↓南側の高台から見た、現在の国分団地。
[国分団地【国分系統開通50周年記念特集9】]の続きを読む