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青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
前回に続き、円福寺の話題です。様々な出店が続く中を歩くと、この山門に至ります。お参りをするだけなら拝観料は要りませんでした。別料金を払ってお弁当を食べるひともいるようです。

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中では秘仏が公開され、その前では説話が行われていました。そんな場所で写真というのもどうかと思って撮影は控えました。
いわゆる観光寺院ではなく、普段はあくまでも修行の場であり、基本的に4月20日と10月20日の萬人講(まんにんこう)の時だけしか中には入れません。何曜日に当たろうとも、この2日間です。

帰りは別の出口から出ます↓

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「葷酒山門に入ることを許さず」

↓この門と、先ほど入った門との間の庭に立っているのがこのイチョウ、まだ色づくには早い時期です。これが恐らく、たくあん用の大根を冬の間干しておくイチョウだと思われます。
[円福寺臨時便で行く円福寺②]の続きを読む
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T.F.様が撮影された写真の中でも、特にターミナルの代表的なものについて、現在の様子を定点撮影するため、本当に久しぶりに樟葉に行きました。行く直前になってから、「取材」の段取りをしていたのがちょうど10月20日の円福寺の万人講の日だと分かり、せっかくなのでこれも「取材」しました。1年に2回しかない事なのになんとうまいタイミング。

↓ズラリ勢ぞろい。一人だけ緑色……。それが円福寺行きの臨時便です。

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T.F.様の写真の方でも書こうと思っていたことですが、まあ大阪ナンバーが少なくなりましたね。枚方単独の管轄は39号経路枚方市駅行きだけなんですから仕方ないですね。
普通は府県境を越えるバス路線は少なかったりして、最近はやりのバス旅の番組でも県境越えに苦労していますが、ここは例外です。というか、歩いてでも越えられる境目ですし、これほど市街地の中というのも珍しいと思います。

↓ワープしすぎかもしれませんが、円福寺到着です。
[円福寺臨時便で行く円福寺①]の続きを読む
今年3月18日付拙稿イオン松井山手線開通①で、「①」としたまま、②を書けていませんでした。忘れていたわけではないのですが、実際に乗車して松井山手に行った写真も載せたい、と思っているうちに日が過ぎてしまいました。

T.F.様の写真に写っている主要ターミナルの現在の様子を撮るついでで、久御山から、久しぶりの松井山手に行ってみました。

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↓逆便の表示
[イオン松井山手線開通②]の続きを読む
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湯屋谷に行ったその足でそのまま「まちの駅イオン久御山店前」と「中書島」に行きました。

「広報くみやま」平成30年3月1日号によると、初発のバスが発車する30分前の8:40から、久御山町と京都京阪バスの主催で記念式典が行われたようですが、私は湯屋谷を重んじたため、昼の閑散とした時間帯にやっと着きました。

↓乗り場の案内は、いかにも張り替えられましたというような張りぼて感がありません。新しく作ったのでしょう。

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↓「まちの駅クロスピア久御山」(というのが正式名称だと知った)に貼られていた路線図
[イオン松井山手線開通①]の続きを読む
JR、京阪電車その他全国各地でダイヤ改正や改正に合わせての駅名改称、新駅開業などが相次いだ3月17日、京阪バス・京都京阪バスでも新路線の開通がありました。

醍醐竹田線・醍醐中書島線の洛南営業所移管と、京都市営バス旧56・57系統以来約30年ぶりと思われる醍醐地区と京都駅八条口を直接結ぶ一般路線「6A号経路」の開設もなかなかのインパクトですし、会社としてはイオン松井山手線が一番のアピールポイントで長らく広告されていましたが、私が前々から一番注目していたのは、湯屋谷バス停の事実上の復活です。

ついこないだ下見に行った時は、まだ古いバス停が残っていました↓

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手元にある1978(昭和53)年10月18日改正の時刻表によると、85系統というのが湯屋谷発着で、平日ダイヤで宇治車庫15:03発と15:35発が湯屋谷行きで、これらは33分かけて湯屋谷まで走り、その後は両方とも岩山止まりとなって折り返します。

[湯屋谷 18年ぶりの定期一般路線バス]の続きを読む
運動会のシーズンです。
職場や地域の運動会もありますが、一般にイメージされやすいのは圧倒的に学校の運動会でしょう。最近、秋に行事が集中し過ぎる、熱中症を防止するといった事情で、春に運動会が行われるケースがしばしばあるようです。また、北海道など、秋が早くから寒くなってしまう地域や、稲刈りなどの農作業で親が忙しい地域は、もともと春に運動会が行われるのが普通なのだそうです。しかし、俳句においても「運動会」が秋の季語とされているように、今でも関東以西の多くの地域の日本人にとっては、やはり秋の行事という印象なのではないかと思います。

↓大阪環状線 福島駅から見えた運動会の準備が整ったグランド。あとで大阪市立上福島小学校だと分かりました。これも秋の光景です。

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「運動会」は日本や、日本が戦時中に占領していたことで影響を受けた韓国や台湾などに特有のもので、世界的にはあまりない行事のようです。地方に行けば行くほど、時代が古くなればなるほど、地域全体のイベントという色合いが濃くなり、気が付いたら大人の方が夢中、なんていうことも…。

しかし、臨時バスまで出すという話は聞いたことがありませんでした。

↓ちょうど65年前の今日、1952(昭和27)年10月14日付京都新聞山城版より
[中学校の運動会に臨時バス?~移転前の最後の運動会]の続きを読む
京阪宇治バスと京阪シティバスが合併して京都京阪バスになって早1年半、まだこの社名になじめません。
本当に何を考えてつけられたのかさっぱり分からない…と苦言を呈しつつ、古い新聞記事に目を通していたら、今からちょうど60年前の今日の京都新聞山城版に面白い記事が載っていましたのでご紹介致します。

↓1955(昭和30)年9月9日付京都新聞山城版の読者投稿記事。タイトルはずばり「宇治バスに苦言を呈す」

S30.9.9KY 宇治バスに苦言(投稿)b

2014(平成26)年2月21日付拙稿布施屋町【旧大津市内線10】でも似たようなことをご紹介しましたが、なかなか難しいです。
投稿された方は、宇治バスは宇治市内に他に競争相手がないから大きな顔をしているのだ、と言っています。

[宇治バスはサービスが良い?悪い?]の続きを読む
今回は、京阪宇治交通(宇治バス)の廃止された路線の写真をいくつか取り上げたいと思います。

まず、T.F.様からご提供頂いた、貴重な写真、39系統京都駅発天ヶ瀬ダム行き↓

京22か895

京22か895 横に市バスが写っていることや、背景から京都駅だろうと思われます。

ひとが乗っている気配がありません。昭和50年前後の撮影だと思われますが、この当時から既に苦戦でしょうか?
1970(昭和45)年3月24日に開通しました。

↓こちらはまんたろう様が提供して下さった、茶屋村の写真。
[懐かしの廃止路線【さようなら京阪宇治バス・京阪シティバス6】]の続きを読む
前回に続き、京阪シティバスを取り上げます。

↓短命に終わった4社共用の標柱。

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↓大下津の「京阪シティバス」表記も短命でした。12月からの3,4か月のためにわざわざきちんと用意されていました。

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今年3月31日までの間は京阪淀を別にすると、ここだけが淀長岡京線と淀山崎線の両方が停車するバス停でした。4月1日以降は、洛西浄化センターにも両路線が停車していますが、このように3社の標記が見られたのは3月いっぱいまでの大下津だけだったことになります。

↓シティ唯一のB車だったB-1899。
[さようなら京阪シティバス②【さようなら京阪宇治バス・京阪シティバス5】]の続きを読む
京阪宇治バスの話が続きましたので、ここで京阪シティバスも取り上げます。

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「京阪シティバス」と言っても、ある程度詳しい方でないとご存じないかもしれません。もしかすると、宇治や久御山で毎日乗っていた方でも、車体の色から、「京阪バス」だと思い込んでいたようなひとさえいるかもしれません。

1998(平成10)年に京阪バス洛南営業所の一般路線を分離する形で発足し、翌年から運行を開始しました。京阪バスの全額出資子会社で、京阪バス寝屋川支所の運行管理などの委託も受けていました。

京阪宇治バスや京都バスのようなほかの京阪系の会社と違って、自社の公式HPも持っておらず、ほとんどの路線が京阪宇治バスと重なっていて、独自性が低く、一般路線用車両も11台しかなくて影の薄い会社でした。

こうしたことも、京阪宇治バスのエリア内で運行を続ける存在の意味を問われる大きな原因となったことでしょう。

↓これが会社合併直前の段階での京阪シティバス路線の全てです。
[さようなら京阪シティバス①【さようなら京阪宇治バス・京阪シティバス4】]の続きを読む