青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
雄琴まで来たところで、雄琴に関係する面白い新聞記事をご紹介したいと思います。1962(昭和37)年10月14日付朝日新聞滋賀版↓

.S37.10.14A 雄琴 きたないことば追放b

関西弁、江州弁どころか、「雄琴弁」です。

「そち」(きみ、あなた)
「きらる」(来る)
「わんら」(きみたち、あなたたち)
「おとろしい」(恐ろしい)
「となだ」(戸棚)
「ようよう」(ありがとう)
[雄琴弁?]の続きを読む
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昨年、旧大津市内線の特集を初めた時からちょうどまる1年経ちました。早いものです。
今年は皆さまにとってどんな1年でしたでしょうか?

私はこのブログに関わることで言うと、よく車内アナウンスの「録音」をしました。
京阪バス各営業所で、ロケーションシステムの導入が進み、徐々に、あの評判の悪い大嫌いなレシップ製の合成音声にすげ替えられていく有様を見て、これは大津もそろそろ危ない、と思って少しずつ録りためました。

アナウンスに運転手さん自身のアナウンスが被ってしまったり、学生が多くて賑やかでとても録音どころでなかったり、いろいろうまくいかないこともありましたが、中には事情を知って協力して下さる運転手さんもいて、本当に助かりました。

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従来、音声を残すということにそれほど重きを置いていませんでしたが、音というのは紙や写真ほどに安定した情報ではなく、一度失われると再現はほぼ不可能、しかもあの質の悪い合成音声になるのだと思うと怠け者の私も必死になりました。今思えば、唐崎、坂本などの北部路線など録っておけばよかったなと後悔しています。もうデータは残っていないそうです。

現在の音声を聞かれるなら、今のうちではないかと思います。
年に1、2回しか帰省されない方だと、この正月に帰省されて、次にGWや夏に帰省された時には、もう「ツゥギウィハ」(次は)なんて泣きそうなトレモロの入ったアナウンスや、明治時代かと思うような「イシヤマステイシオン」なんて英語にびっくりすることになるかもしれません。
整理するのに時間がかかりますが、いつかYouTubeででもご紹介できればと思います。



ブログ以外のことで言いますと、4月1日に消費税が8%に改定されて、どこからということもなく徐々に生活が苦しくなり、クレジットの請求を見ては資金ショートしやしないかと流行語じゃないけど、「ダメよ~ダメダメ」と、ドキドキハラハラの日々でした。

「日本エレキテル連合」が大ブレークする直前、いつもそんなもの見ないのに、奇抜なメイクが気になってYouTubeで見て、「納豆トースト」みたいに気持ち悪いのに変に癖になるなあと思っていたら、どんどん有名になりだして、ああやっぱりなあ…と思ったものです。

[理論と実践]の続きを読む

さよならのときの 静かな胸
 ゼロになるからだが 耳をすませる
 生きている不思議 死んでいく不思議
 花も風も街も みんなおなじ

「いつも何度でも」(『千と千尋の神隠し』より)作詞/覚 和歌子 作曲/木村 弓



こないだ新聞の折り込み広告を見ていた時、「比叡山延暦寺大霊園」のチラシが目に止まりました。

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(ああ、こないだ堅田に行った時、無料送迎バスが駅前に停まっていたなあ…)
と思って、写真を探したら、ありました↓

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毎週金曜深夜の湖西急行といえばこの車…と思って調べましたが、カラーリングは同じでも、ナンバープレートの違う車があるようで、画像検索して湖西急行としてヒットしたのは別の車でした。この車両はほぼ専用で使われているのでしょうか?

↓普通「締切」じゃないかと思うんですが…。
[お盆を前に]の続きを読む
(今日は交通関係の話題はありませんので、ご興味のない方はスルーして下さい)

散髪屋さんで漫才のテレビやラジオは勘弁してほしい、と思うのは私だけでしょうか。顔を剃ってもらうのに、笑いそうになるのを堪えるのが大変!聴かないでおこうとすればするほど、面白さのツボにはまる。

…いったいこれは誰の漫才だろう?懐かしいだみ声、京都弁ではないけれど、柔らかい関西弁。ああそうか、いとし・こいし師匠の追悼特番だ。それともDVD?
やっぱりおもろいですね。機関銃のようにしゃべくるわけではないけど、日常会話の「おかしみ」を見事に表していました。

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一昨年1月24日付朝日新聞の、桂米朝師匠のコメント

いとこいさんの漫才には品がありましたな。一切お客さんをいらわずに、2人の会話だけで進めて行く。呼称は常に「君」と「僕」。決して「おまえ」、「どついたろか」といったドぎつい言葉は使いません。今の漫才さんの
中に、このスタイルを受け継いでくれる人がおるかしらん。



[散髪屋さんで聴く漫才]の続きを読む
久しぶりに、交通に関係のない記事です。記事内容の都合上、あまり画像もなく、随想的になりますので、ご興味のない方は申し訳ありませんが、また別の記事をお待ち下さい。

2月16日から3月15日まで約1か月にわたって、大津アレックスシネマで「滋賀ご当地映画祭」というちょっとしたイベントが開かれておりました。

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反射していて見にくいと思いますが、第1作目から順に、

『雨月物語』(溝口健二監督 1958 大映)
『幻の湖』(橋本忍監督 1982 東宝)
『青い山脈』(西川克己監督 1963 日活) 
『男はつらいよ 拝啓車寅次郎様』(山田洋次監督 1994 松竹)

の4作を1週ずつ交代で上映するという形です。
2作目の「幻の湖」が上映されているときは、どうしても都合が合わなくて行けなかったのですが、普段映画を見る習慣がない私としては珍しく、残り3作全てを見ました。前にもどこかで書いた気がしますが、昔の日本人が何を考えながら、どんな景色を見て、どんなふうに生きていたのか、ということに興味があったので、いい機会だと思ったのです。

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[ご当地映画祭]の続きを読む

墓地には、ひがん花が、赤いきれのようにさき続いていました。と、村の方から、カーン、カーンと、そう式の出る合図です。
やがて、白い着物を着たそう列の者たちがやってくるのが、ちらちら見え始めました。話し声も近くなりました。そう列は、墓地へ入ってきました。人々が通ったあとには、ひがん花がふみ折られていました。

新美南吉「ごんぎつね」より



彼岸花の季節は過ぎてしまいましたが、秋を告げるこの花を見ると、私は決まって、ごんぎつねの話を思い出します。小学校の確か4年生だったと思いますが、国語の教科書に取り上げられていて、私のクラスでも、みんないろいろな意見を出し合って、侃侃諤諤の大議論だったことを今も思い出します。

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一方で彼岸花は、ここでも墓地に咲いていることになっていますが、毒があることもあってか、縁起のよくない花とされ、「死人花」などの別称すらあります。

最近、堅田に行ったとき『堅田時報』という、今でいう「広報」に当たるものがあることを知りました。大津市立の各図書館のうち、和邇(わに)にあるものは貸出可とのことでしたので、参考になる情報があるかもしれない、と思い、取り寄せて借りたところ、こんな記事がありました。
ちょうど今から70年前の今日、1942(昭和17)年11月30日付の記事です↓
[彼岸花]の続きを読む
(今回は交通関係の話題ではなく、また、これといった写真がありませんので、テキストだけでエッセイ風になります)

私は、生でテレビを見ることはあまりなくて、ずっと前の番組を、ブログの資料を整理したり、洋服を畳んだりしながら見るのですが、今日は、2月26日放送のNHK『世界遺産への招待状』第67回「永遠の故郷 最後の瞬間(とき) ~丹霞地形~」を見て、「世界遺産」て何なのだろう?と考えさせられました。

この世界遺産に指定された地域にある、中国・老虎際村という村に、600年に渡って代々住み続けているひとびとの暮らしがこの回のテーマだったのですが、観光開発のため、村を立ち退かなければならなくなりました。村は老人ばかりたった5人、20年前には100人いたそうですが、みんな都会に出てしまったそうです。日本も、「過疎」を通り越して「限界集落」が問題になっていますが、こんなに急速に人口が減ったところも、そうはないのではないでしょうか。

1月22日放送、シリアの「ボスラ」のように、場所によっては世界遺産の指定を受けた場所、それどころか遺跡の中で暮らしている、などという例もあるので、何も立ち退かなくても、と思ったのですが、開発業者と交渉している村のリーダーいわく、
[トラクターで来はったらどうどすか?]の続きを読む
震災から1カ月が経過しました。何とも言えず、ジリジリ長い1カ月だったと思います。原発は、そしてそこで働いている方たちの体は、どうなってしまうんだろう?近くに住んでいた人たちは帰れるんだろうか? また、どうしてこんなにも被災地に食料やガソリンや灯油がなかなか届かないんだろう?私は何をしたらいいんだろう?と思いながら、家族全員行方不明の小学生が、たった1人、近所のひとに面倒を見てもらいながら、涙もこぼさず、毎日避難所を回って家族を探している、なんていう新聞記事を読んで、こっちが思わず泣いてしまったり…。

関東方面の友人、知人に聞くと、関西では想像がつかないほど、生活上いろいろ困難があるようで、最近は「地震酔い」するひとも多いそうです。震度2、3程度の余震がしょっちゅう来るので、いつも揺れているような感じがするのだとか。長距離を車で移動した後、降りてもまだ揺れているような感じが続くことがありますが、軽い場合はあれと似ているようです。もともと目まいの持病があるひとは、更にそれがひどく感じるようです。私も、目まいや頭痛が起きやすい体質なので、あの嫌な感じは分かります。

西日本では、おおむね普通に生活できているのが何だか申し訳ないくらいですが、不必要に買い溜めしたりしない程度に、そこそこはお金を使って、経済を活性化させるというのも大事かなとは思っております。
もっとも、私に使えるお金があんまりないんですけど(汗

しかし、大きなものになると、材料や製品の輸送がままならなかったり、もはや生産拠点が失われてしまっているなんていうこともあるようです。

西日本への思いがけない影響として、最近取りざたされたのは、電車の保守備品が調達できないことによる、JRの減便でしょうか。
減便1週間くらい前になると、山科駅にも、具体的にどの電車が運休するのか、という案内が掲示されましたが、数日後の6日には「お詫びとお礼」という張り紙に差し替えられました↓

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「湖西線が減便」との情報を受けて、先日、慌てて近江今津まで京阪バスの京都今津線の「取材」に出掛けて、あとで「取材漏れ」が分かってガックリした、なんていうこともありました。減便されないなら、慌てなくてもよかったかな、と思うのですが、まずは一安心です。

もちろん、被災者の方や、計画停電で毎日不便な思いをしている首都圏の方を思えば、こんなことは何でもないと思わないといけませんが、減便の前に、6両も8両もガラガラの車両を走らせるのでなく、2、3両に編成を短くするとかできないのかな、と思ったりします。
平成22年3月のダイヤ改正で、平日の日中の堅田往復はなくなりましたが、なくさなくても、トイレなしの207系や321系2両編成で、ワンマン運転すればいいのに、と思われてなりません。本数を減らすと、利用者がますます減る悪循環に陥ることは、国鉄時代からの経験で分かっているでしょうに。

もっとも、クハ、クモハといった「運転台のある車両」は当然絶対数が少ないので、編成を短くというのも、私のような素人が思うほどすぐに簡単にできることではないのかもしれません。


話が全く違うんですが、最近you tubeで見つけてはまっている、「空も飛べるはず」の合唱版↓

[空も飛べるはず]の続きを読む
ポテトチップスが好きで、味の違うのを10種類くらい並べて、少しずつつつきながらDVD見たり、ゴロゴロしながら本を読んだりするのが至福の時だったりしますw
(最近、太ったんじゃないか?高脂血症とかになるぞ、と友だちに注意されたばっかり…汗)

しかし、ふと気がつけば、いつの間にかカルビーのポテトチップスの「フレンチサラダ味」がなくなっているんですね。あれ、大好きだったのに!何なら定番のうす塩より好きなのに。
ネットで調べると、他にも同じように思っているひとが……。

子どもの頃の大切な思い出の写真を無くしてしまったように寂しく思っていたそんなある日、あるスーパーマーケットで、見つけました!フレンチサラダ味!カルビーの公式HPのニュースリリースによると、最初の発売は1982(昭和57)年と意外に古いですが、去年からリニューアル新発売だそうです。気がつかなかったなあ。

フレンチサラダ味

昔は確か、クリーム色のような白っぽい色をベースにしたパッケージだったと思いますが、今はグリーン基調です。主婦層がターゲットなのだとか。いや、ぼくは子どものころから好きやけどな。

爽やかな、酸っぱすぎない嫌みのない酸味が、ポテチ特有の脂っこさを打ち消して(いるような錯覚だけ?)、一度に1袋でも2袋でもいける!(なんて書いたら、カルビーさんが1箱くらい送ってくれる……わけがないな……)

これにワインでもあった日には最高ですね!(と後輩に言ったら、え?あれにワインですか?と変な顔をされたorz)

カルビーと言えば、2月1日付日経新聞夕刊によると、来月東証に上場予定だそうです。今まで上場していなかったのが逆に意外ですね。サントリー、朝日新聞みたいに、超有名でも上場していないところはありますし、ポーラや大塚HDみたいに、やはり有名ですがつい最近まで上場していなかったところもあります。

京阪バスは京阪電鉄が100%株を所有していて、上場していませんが、京阪電鉄が上場していますので、京阪バスと京阪電車が乗り降り自由の(「大津フリークルット」ではなくて)「株主優待券」が欲しくて、いくら京阪電鉄の株を買えばいいんだろう、と思って計算しましたが、天文学的な数字だったので、諦めましたorz
私はテレビを生で見ることがほとんどなくて、いつも撮りためたビデオを見ています。

最近は、正月に撮りためた漫才を聞いています。若手は若手でいいのですが、私は、「宮川大助・花子」「今いくよ・くるよ」、ちょっと下品な時もあるけど「オール阪神・巨人」や「トミーズ」、などなど、ベテランが安心して見ていられるというか、なんだかんだ言っても伝統的なしゃべくりで、やっぱりおもろいな、と思います。

しゃべくり漫才、というとちょっと違うんでしょうし、「お前いくつやねん?」といわれるかもしれませんけど、今年は正司敏江・玲児の漫才が聴けないのが残念…。もう玲児さんが亡くなって1カ月過ぎたんですね。

相方で、「元妻」の敏江さんは、舞台に出て来るともうそれだけで笑けるんですよ。登場するだけで顔がほころぶ、そんなひとはそういません。ド派手な衣装で、本当に文字通り、転がり出てくる、という感じが好きです。天性の漫才師、という印象を受けますが、実はそれも玲児さんの厳しい稽古とフォローによって、磨かれたようです。誰のコメントか忘れましたが、ネタ合わせする時の彼女は、玲児さんに怒られてばかりのかわいそうなおばさんにしか見えない、と聞いたことがあります。

サンスポの記事↓によると、
http://www.sanspo.com/geino/news/101214/gnf1012141048001-n2.htm

「台本の覚えが悪い敏江に、玲児さんが本気でキレたことで生まれた“どつき漫才”。一世を風靡した芸は永久に封印する」

そうか……封印しはるんや、ちょっとさびしい、と思いましたが、

「『これからは穏やかな感じでいきたい。一人でしゃべれるネタがある。玲児さんが一人でやっていける根性つけてくれた』。天国の玲児さんに見守られ、ピン芸人として舞台に立ち続ける」



なるほど…。この新たな挑戦と、静かな自信に、一ファンとして、心からのエールを送るとともに、玲児さんのご冥福をお祈りします。