青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
今回は25年前の今日、1992(平成4)年8月21日に近鉄大阪線 長谷寺-榛原間でまんたろう様が撮影された写真をUPさせて頂きます。何のタイミングで出させて頂こうかと思っていたのですが、ちょうどいい節目ですので、25年前の夏休みを是非皆様もお楽しみ下さい。

近鉄電車に関する知識はほとんどないので、宜しければコメントやメールでフォローして頂ければと思います。

なお、もう25年も前のことで、現在も同じ場所で同じアングルで安全に撮影できるのかは分かりませんのでご注意下さい。

まず普通電車用の車両から…。

↓2400系 2429 

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昭和40年代に製作されたようですが、今も現役の車両のようで、原則として青山町以東の大阪線で走っているようです。電車の寿命は長いです。

[25年前の夏休み]の続きを読む
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書きためていた「連載」を小出しにするのが終わって、最近記事を書くのが「自転車操業」になりつつあり、ネタが切れないかハラハラしたり、でもまとまったものを書こうとすると結構それなりに下調べが要ったりで、なかなか悩ましいのですが、無理がない程度に暫く細く長くいこうと思いますので、宜しくお願いします。

東レの専用線について書いたのが、驚いたことにもう6年以上も前なんですね!
完全撤去間近?東レ滋賀事業場専用線

「この線路はいつ使うのだろう?」と思うようなめったに使われないレールが昔から好きなのですが、この専用線は私の中では極めつけの聖地でした。

2週間くらい前でしょうか、橋上駅化目前だった膳所駅の南側に2本残されている貨物線に、チキ…いわゆる長物車が止まっていました。

ああ、珍しいなと思いながら、通勤の時間帯で急いでいたので写真も撮れずじまいでした。

ふと「錆びたレール」への関心が再び呼び覚まされ、正に自分の中の錆びたレールに再び列車が走り出したような感覚で、YouTubeをいろいろ検索したら、何と時期はもっと前のようですが、膳所駅のチキの入れ替え作業を撮影されている方がいました↓



いいですね…。今は車籍がない保守機械が止まっています。
ちゃんと使われている、ちゃんと通ることができる線路なのだと分かると一応私の中で納得なんです。

分かってもらえないでしょうね…。この感覚。でも『ブラタモリ』でタモリが車体そのものより実は線路が好きな「線路マニア」を自称していたので、そういうひとには何となく分かってもらえるかもしれない、と思うのです。

↓石山駅のスイッチャーも出てきました。
[錆びた線路]の続きを読む

古いアルバムをめくるときに、湧きあがってくるような感覚をこの本から味わっていただくとともにそこにみなさんの思い出を重ね合わせていただければ幸いです。
(大津市歴史博物館編『江若鉄道の思い出 ありし日の沿線風景』P3、2015)



先週末、大津市歴史博物館の「江若鉄道の思い出展」に行ってきました。

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2006(平成18)年の「ありし日の江若鉄道」展から、もう9年も経つんですね!早いなあ…。
「ありし日の江若鉄道」展の図録は、図録としては異例の売れ行きで、後に増刷されたと聞きました。

↓今回は図録というより、普通の本として出版されていて、Amazonなどから取り寄せができます。

江若鉄道の思い出: ありし日の沿線風景江若鉄道の思い出: ありし日の沿線風景
(2015/02/20)
大津市歴史博物館

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↓入館するとまず、三井寺下駅のジオラマがお出迎え
[江若鉄道の思い出展~bringing back me good memories]の続きを読む
↓今からちょうど60年前の今日、1955(昭和30)年1月22日付京都新聞市民版に興味深い記事が載っていました。

S30.1.22KC 京阪六地蔵線計画b

京阪六地蔵線!

山科ではなく、四ノ宮で分岐して、山科盆地を縦断して六地蔵につなげるという計画です。山科で分岐しないと、今の地下鉄東西線同様、後々後悔する結果になりそうですが、やはり山科駅で分岐させるのは、工事の方法や用地の買収の面で難しいという、地下鉄東西線の工事と同じような問題があると判断されていたのでしょうか。
[京阪六地蔵線計画]の続きを読む
今からちょうど60年前、1954(昭和29)年1月12日付の滋賀日日新聞↓

S29.1.12S 国電を膳所まで延長b

実に興味深い記事です。
1956(昭和31)11月19日に、東海道本線 東京―神戸間の中で最後まで非電化で取り残されていた、米原―京都間が電化されたわけですが、その前に、膳所―京都間だけを暫定的に電化開業させようとしていたことなど、今誰が知っているでしょうか?

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膳所は今でも貨物の側線がありますが、以前は更に複雑な配線を持っていて、今コンクリート工場の下の駐車場になっている辺りにも側線が伸びていたのをはっきり覚えています。
それだけ広い構内を持っていて、しかももともとスイッチバックをしていたような駅ですから、特別に構造を変えなくても、当時はちゃんと折り返すことができたのかもしれません。

実現していたら、「普通・膳所行き」が存在したことになり、ひょっとすると緩行電車(各駅停車)の標準的な運転区間は、現在の京都・高槻-西明石・新三田間でなく、膳所-西明石間となっていて、列車の運転体系が大きく変わっていたかもしれません。膳所が緩急接続の拠点となり、車両基地が設けられたりして、石山駅や大津駅より、大きく発展していた、などという可能性もあります。

しかし、これが実現した形跡は全くありません。

駅の石山寄りには、下りは内側線から外側線に転線できる渡り線が、上りは逆に外側線から内側線に転線できる渡り線がありますが、ここ10年以上ほとんど毎日のように京都まで通っている私も、ダイヤが乱れた時に外側を走っていた草津行きの新快速が内側に移った1回しかここを通った覚えがありません。

まして、折り返しができるような線路など存在しません。

今、膳所駅は全ての歴史を飲み込んで、生まれ変わろうとしています。

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京阪石山坂本線が1913(大正2)年3月1日に大津(現・浜大津)-膳所間で運行を開始して、今日で丸100年経ちました。100年前がもう大正だということに驚かされます。その後順次延伸し、現在の形になったのは10数年経過した1927(昭和2)年9月10日です。

京阪電車に詳しくない私が、100周年を取り上げるのもおこがましいのですが、いつもお世話になっているT.F.様から頂戴した貴重な写真がありますので、この機会にUPさせて頂きたいと思います。新しい方から順に、時代を遡ります。

↓1981(昭和56)年1月23日

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[京阪石山坂本線100周年]の続きを読む
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(山科駅で撮影 数少ない207系の堅田行き)

1974(昭和49)年7月20日 国鉄湖西線が開通します。これは、駅1カ所しかなくて、通過するだけという印象の強い新幹線の開通より、ある意味では滋賀県民にとっては重要で、注目を集めたできごとだったのではなかろうかと思われます。

その影で、忘れてはいけない歴史があることを、最近堅田駅で知りました。

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[湖西線開通 38周年]の続きを読む
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最近JR各駅で見かける「トブ・クローズ」…トム・クルーズを意識しているとしか思えないネーミング……、私はまた「鷹の爪」の後釜の、何かのキャラクターかと思ったら、JR西日本公式HP内広報だより トレナビによると、JR西日本オリジナルなんですね。

同ページにも、戸袋の隙間に手を引きこまれるという事故が、特に子どもに多いと書かれていますが、確かに子どもは手が小さいから引きこまれやすいんでしょうね。扉で手を挟むのも怖いですが、戸袋はより大きなけがに結び付きそうです。

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「父(イギリス人)・母(日本人)」…何ですぐ白人を持ち出すんだろう?それも日本人と一番関わりが多いアメリカ人ではないというのが不思議。
でも、ドクターの表情、微妙でいい感じ…。
[トブ・クローズ]の続きを読む
40年前の今日、1972(昭和47)年4月1日、京阪自動車株式会社の社名が、京阪バス株式会社に改称されました。

しかし、本ブログをお読みの方ならお気づきの通り、そのずっと前から、「京阪バス」という通称が使われおりました。逆に、そういう通称がよく通っていたから、そちらを社名にしてしまったのでしょう。

日本人は、排他的なところがある一方で、新しいものが嫌いということはないので、人間はともかく、「モノ」は割とすっと受け入れるところがあり、発音も2音節でしやすいので、たくさんの人間が乗り合う自動車は「バス」と呼ぶのだとすっと入ってしまったのだろうと思います。

この件については残念ながら、これと言ってUPできる写真や資料がありませんので、次の話題に…(何という書き方…(汗 )

4月1日というのはいろいろなことが動く日ですが、JRが発足したのも25年前、1987(昭和62)年の今日でした。

発足直後のJRの車両写真をまんたろう様がたくさん提供して下さったので、その中から何枚かご紹介したいと思います。撮影日は写真のファイル名に含めております。

↓有名どころですが、湖西線の撮影名所。もうこの風景も見られませんね。今なら、同じ場所に行ったら225系が撮りたいかな…。

H1.6.4和邇‐蓬莱4

↓まんたろうさん、東京まで足を運んでいらっしゃいました。池袋止まりの山手線、205系。
[京阪バス社名変更40周年&JR発足25周年]の続きを読む
3月5日付拙稿比較交通地理学???の続きです。今回は主として「札幌市交通資料館」の地下鉄車両と館内展示を取り上げます。

↓今は亡き、札幌市バスです。

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↓バスの運賃表。車内のものでしょうか?こういうタイプは見たことがありません。デジタルや幕より古いのでしょうか?

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↓幕式ですが、あまり区間数が多くないのか、2段目を小児運賃枠にしています。

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↓アナウンステープ。いいですね~

[比較交通地理学? ②]の続きを読む