青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。

古いアルバムをめくるときに、湧きあがってくるような感覚をこの本から味わっていただくとともにそこにみなさんの思い出を重ね合わせていただければ幸いです。
(大津市歴史博物館編『江若鉄道の思い出 ありし日の沿線風景』P3、2015)



先週末、大津市歴史博物館の「江若鉄道の思い出展」に行ってきました。

IMG_6700.jpg

2006(平成18)年の「ありし日の江若鉄道」展から、もう9年も経つんですね!早いなあ…。
「ありし日の江若鉄道」展の図録は、図録としては異例の売れ行きで、後に増刷されたと聞きました。

↓今回は図録というより、普通の本として出版されていて、Amazonなどから取り寄せができます。

江若鉄道の思い出: ありし日の沿線風景江若鉄道の思い出: ありし日の沿線風景
(2015/02/20)
大津市歴史博物館

商品詳細を見る


↓入館するとまず、三井寺下駅のジオラマがお出迎え
[江若鉄道の思い出展~bringing back me good memories]の続きを読む
スポンサーサイト
↓今からちょうど60年前の今日、1955(昭和30)年1月22日付京都新聞市民版に興味深い記事が載っていました。

S30.1.22KC 京阪六地蔵線計画b

京阪六地蔵線!

山科ではなく、四ノ宮で分岐して、山科盆地を縦断して六地蔵につなげるという計画です。山科で分岐しないと、今の地下鉄東西線同様、後々後悔する結果になりそうですが、やはり山科駅で分岐させるのは、工事の方法や用地の買収の面で難しいという、地下鉄東西線の工事と同じような問題があると判断されていたのでしょうか。
[京阪六地蔵線計画]の続きを読む
今からちょうど60年前、1954(昭和29)年1月12日付の滋賀日日新聞↓

S29.1.12S 国電を膳所まで延長b

実に興味深い記事です。
1956(昭和31)11月19日に、東海道本線 東京―神戸間の中で最後まで非電化で取り残されていた、米原―京都間が電化されたわけですが、その前に、膳所―京都間だけを暫定的に電化開業させようとしていたことなど、今誰が知っているでしょうか?

IMG_5384.jpg

膳所は今でも貨物の側線がありますが、以前は更に複雑な配線を持っていて、今コンクリート工場の下の駐車場になっている辺りにも側線が伸びていたのをはっきり覚えています。
それだけ広い構内を持っていて、しかももともとスイッチバックをしていたような駅ですから、特別に構造を変えなくても、当時はちゃんと折り返すことができたのかもしれません。

実現していたら、「普通・膳所行き」が存在したことになり、ひょっとすると緩行電車(各駅停車)の標準的な運転区間は、現在の京都・高槻-西明石・新三田間でなく、膳所-西明石間となっていて、列車の運転体系が大きく変わっていたかもしれません。膳所が緩急接続の拠点となり、車両基地が設けられたりして、石山駅や大津駅より、大きく発展していた、などという可能性もあります。

しかし、これが実現した形跡は全くありません。

駅の石山寄りには、下りは内側線から外側線に転線できる渡り線が、上りは逆に外側線から内側線に転線できる渡り線がありますが、ここ10年以上ほとんど毎日のように京都まで通っている私も、ダイヤが乱れた時に外側を走っていた草津行きの新快速が内側に移った1回しかここを通った覚えがありません。

まして、折り返しができるような線路など存在しません。

今、膳所駅は全ての歴史を飲み込んで、生まれ変わろうとしています。

IMG_0943.jpg

京阪石山坂本線が1913(大正2)年3月1日に大津(現・浜大津)-膳所間で運行を開始して、今日で丸100年経ちました。100年前がもう大正だということに驚かされます。その後順次延伸し、現在の形になったのは10数年経過した1927(昭和2)年9月10日です。

京阪電車に詳しくない私が、100周年を取り上げるのもおこがましいのですが、いつもお世話になっているT.F.様から頂戴した貴重な写真がありますので、この機会にUPさせて頂きたいと思います。新しい方から順に、時代を遡ります。

↓1981(昭和56)年1月23日

PICT0049.jpg

PICT0055.jpg

[京阪石山坂本線100周年]の続きを読む
ssIMG_6424.jpg

(山科駅で撮影 数少ない207系の堅田行き)

1974(昭和49)年7月20日 国鉄湖西線が開通します。これは、駅1カ所しかなくて、通過するだけという印象の強い新幹線の開通より、ある意味では滋賀県民にとっては重要で、注目を集めたできごとだったのではなかろうかと思われます。

その影で、忘れてはいけない歴史があることを、最近堅田駅で知りました。

IMG_6251.jpg
[湖西線開通 38周年]の続きを読む
IMG_5144.jpg

最近JR各駅で見かける「トブ・クローズ」…トム・クルーズを意識しているとしか思えないネーミング……、私はまた「鷹の爪」の後釜の、何かのキャラクターかと思ったら、JR西日本公式HP内広報だより トレナビによると、JR西日本オリジナルなんですね。

同ページにも、戸袋の隙間に手を引きこまれるという事故が、特に子どもに多いと書かれていますが、確かに子どもは手が小さいから引きこまれやすいんでしょうね。扉で手を挟むのも怖いですが、戸袋はより大きなけがに結び付きそうです。

IMG_5144 (2)

「父(イギリス人)・母(日本人)」…何ですぐ白人を持ち出すんだろう?それも日本人と一番関わりが多いアメリカ人ではないというのが不思議。
でも、ドクターの表情、微妙でいい感じ…。
[トブ・クローズ]の続きを読む
40年前の今日、1972(昭和47)年4月1日、京阪自動車株式会社の社名が、京阪バス株式会社に改称されました。

しかし、本ブログをお読みの方ならお気づきの通り、そのずっと前から、「京阪バス」という通称が使われおりました。逆に、そういう通称がよく通っていたから、そちらを社名にしてしまったのでしょう。

日本人は、排他的なところがある一方で、新しいものが嫌いということはないので、人間はともかく、「モノ」は割とすっと受け入れるところがあり、発音も2音節でしやすいので、たくさんの人間が乗り合う自動車は「バス」と呼ぶのだとすっと入ってしまったのだろうと思います。

この件については残念ながら、これと言ってUPできる写真や資料がありませんので、次の話題に…(何という書き方…(汗 )

4月1日というのはいろいろなことが動く日ですが、JRが発足したのも25年前、1987(昭和62)年の今日でした。

発足直後のJRの車両写真をまんたろう様がたくさん提供して下さったので、その中から何枚かご紹介したいと思います。撮影日は写真のファイル名に含めております。

↓有名どころですが、湖西線の撮影名所。もうこの風景も見られませんね。今なら、同じ場所に行ったら225系が撮りたいかな…。

H1.6.4和邇‐蓬莱4

↓まんたろうさん、東京まで足を運んでいらっしゃいました。池袋止まりの山手線、205系。
[京阪バス社名変更40周年&JR発足25周年]の続きを読む
3月5日付拙稿比較交通地理学???の続きです。今回は主として「札幌市交通資料館」の地下鉄車両と館内展示を取り上げます。

↓今は亡き、札幌市バスです。

IMG_0874.jpg

↓バスの運賃表。車内のものでしょうか?こういうタイプは見たことがありません。デジタルや幕より古いのでしょうか?

IMG_0932.jpg

↓幕式ですが、あまり区間数が多くないのか、2段目を小児運賃枠にしています。

IMG_0930.jpg

↓アナウンステープ。いいですね~

[比較交通地理学? ②]の続きを読む
前回に続き、美濃赤坂です。

↓終端部です。向かって左に分かれている線路は、機回し線だと思われます。架線がないので、電気機関車が牽引する列車があるとしたら、押してバックして行くしかありません。SLでも、この配線では転車台がないと、バックで走っていくしかありません。

DSC_1051.jpg

IMG_3588.jpg


北に進路を取り、赤坂宿の方に向かいます。
↓旧家の壁。一体木の横棒のようなものが規則的に並んでいるのは一体何なのでしょう?

DSC_1060.jpg

赤坂宿は中山道六十九次の56番目の宿場です。東海道にも「赤坂宿」(愛知県豊川市)がありますが、全く別物です。

DSC_1062.jpg

↓バス停名(赤坂港跡)にもなっている、河港跡など、いろいろと面白いものがあるようですが、時間の都合でかなり割愛してしまいました。

[美濃赤坂②]の続きを読む
「撮り鉄」派でも「乗り鉄」派でも、必ず知っていて、どうしても気になる終点・美濃赤坂(みのあかさか)↓

IMG_4190.jpg

石山から1,620円。石山駅の自動券売機は、特別に更に高額の名古屋までの乗車券が買えるようになっていますが、普通の自動券売機で買える乗車券は100キロ以内ということで、1,620円区間が最高額です。



行こうと思えばいつでも行けるので、出不精な私はなかなか重い腰が上がりませんでしたが、昨年秋、名古屋に用事があったので、ついでに立ち寄りました。

なぜこんな支線ができたのか、何を調べてもよく分かりませんでしたが、付近は石灰石の産地で、西濃鉄道という貨物専門の鉄道に接続していて、貨物がメインであることはいろいろなサイトさんで分かりました。

私の手元にある、「国鉄全駅ものしりガイド 西日本編」(小学館 1983)によると、

「五駅ある東海道本線の終点の中では、唯一の終端駅となっている」

とのことです。

「東海道本線 終点」をキーワードに検索すると、一様に「神戸」と書かれていますが、本当はそれでは不十分ということになります。
東京は「起点」なので、残り3つはどこなのか?ということになりますが、戸籍上は貨物線を含んでいたり、信号所だったりすることもあるので、私にも調べきれませんでした。ご存知の方がいらっしゃったら教えて下さい。

↓発車するのは大垣駅の切り欠きホーム3番線です。

[美濃赤坂①]の続きを読む