青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
今からちょうど60年前、1956(昭和31)年5月30日付読売新聞滋賀版↓

S31.5.30Y 石山駅と宇治川ラインを結ぶ回遊コースb

南郷に住んでいると、「もう少し南に京阪電車が伸びていたら…」というような話を聞いたものです。しかし、そういうことが正式に要望されていたというのは、この記事で初めて知りました。それも石山寺の副住職の要望だったとは……。

瀬田川の東岸を走ることが想定されているんですね。今の目で見ると、石山寺駅からそのまま西岸を簡単に南進できそうですが、当時の西岸は、今遊歩道や駐車場になっている旧道しかありません。川を埋め立てるという発想もなかったでしょうから、確かに電車をそのまま延伸しようとすると、さてどこを通すのか?という問題になったのだと思います。

[宇治川ラインの回遊]の続きを読む
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宇治車庫 うじしゃこ
所在地:宇治市莵道荒槙
開設年月日:1963(昭和37)年7月11日?
改称年月日:1968(昭和43)年3月29日 (「三室戸車庫前」を改称)
付近:京阪宇治バス宇治営業所 京都翔英高校 源氏物語ミュージアム
キロ程:京阪宇治から0.3キロ


終点、宇治車庫に着きました。



もともと京阪宇治が通過型のターミナルで、ゆっくりバスを留置できるようなスペースがないというのが京阪宇治行きというバスが比較的少なかった大きな理由かと思ったりします。また、久御山方面と太陽が丘など、駅を挟んで両端が住宅街や郊外の公園という路線が多いのも京阪宇治交通の特徴だと思います。

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宇治車庫の雰囲気は昔からあまり変わりません。建物も、ここに車庫が移った1962(昭和37)年7月11日から同じもののようです。

ここで終点となるバスは、バス停で降車扱いせず、営業所の建物の前で客扱いし、乗車は起点となるバスもそうでないバスも、全て下の写真に写っているバス停で扱います。
[宇治車庫【宇交石山線53】/京阪宇治交通石山線廃止5年]の続きを読む
宇治橋西詰 うじばしにしづめ
所在地:(京阪宇治方面)宇治市宇治蓮華
    (維中前方面)宇治市宇治妙楽
開設年月日:1960(昭和35)年3月17日
廃止年月日:2005(平成17)年8月1日
付近:宇治橋
キロ程:県神社前から0.5キロ(石山駅から維中前旧道回り28.6キロ 外畑回り26.1キロ)




吉田金彦は「宇治」の地名について、私が以前京阪宇治駅 【宇治川ライン線生誕35周年企画9】の項で書いた、「憂し」が「うじ」に転じたと書いた説より寧ろ、「通るのに好都合な道」という意味ではなかろうか、と書いています(『京都の地名を歩く』P150-151)。

頷くときに「うん」と言うと、「はいと言いなさい」と怒られた方もいらっしゃると思いますが、中国語の「拝」に起源がある「はい」より、実は「うん」の方がはるかに日本語らしい、はるかに歴史の古いことばで、7世紀くらいまでの日本人は、「よい」と言いたい時「う」と言っていました。
「う」は「頷く」の「ウ」で、「頷く」は「うなじ」をよく見せるというところからきていて、承諾の「諾(うべな)う」とも結びつきます。
宇治は、「よい道」即ち「諾道(うなみち)」からきていて、奈良から北陸や東海に向かう、あるいはその逆にも好都合だったのでは、というのが吉田の説で、なかなか面白いです。

その交通の要となっているのは、何と言っても宇治橋でしょう。

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下の写真は今年の9月に撮ったので、台風の影響がまだ残っていて、すごい勢いの濁流です。

紫式部は静かに読み物でしょうか?
[宇治橋西詰【宇交石山線51】]の続きを読む
京阪宇治 けいはんうじ
所在地:宇治市宇治乙方
開設年月日:1952(昭和27)年2月1日(京阪バスとして)
廃止年月日:?(京阪シティバス・京阪宇治バスにて存続)
付近:京阪宇治駅 宇治橋 朝日山平等院 橋寺放生院 宇治市源氏物語ミュージアム 興聖寺 関西電力宇治発電所 宇治神社 宇治上神社 宇治カトリック教会 三室戸保育園



2012(平成24)年11月23日付拙稿京阪宇治駅 【宇治川ライン線生誕35周年企画9】を以て本記事に読み替えますので、お手数ですがご参照のほどお願い致します。

次は、宇治車庫 終点です。
県神社前 あがたじんじゃまえ
所在地:(京阪宇治方面)宇治市宇治蓮華
    (維中前方面)宇治市宇治妙楽
開設年月日:1960(昭和35)年3月17日
廃止年月日:2005(平成17)年8月1日
付近:縣神社 宇治市立善法保育所 善法寺 善法寺集会所
キロ程:平等院前から0.4キロ(石山駅から維中前旧道回り28.1キロ 外畑回り25.6キロ)


久しぶりに宇治バス宇治川線・石山線に戻ります。

縣神社は特に大きい神社ではありませんが、世界遺産となっている「宇治神社」「宇治上神社」と並んで、宇治の有名な神社の1つです。特に6月の「県祭」がよく知られています。
平等院の鎮守と言われていますが、一方で三井寺との関係も深かったようです。



↓鳥居
 
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[県神社前【宇交石山線50】]の続きを読む
生長の家 せいちょうのいえ
所在地:宇治市宇治塔川
開設年月日:1973(昭和48)年8月1日
廃止年月日:2005(平成17)年8月1日
付近:生長の家宇治別格本山 ホテル静山荘 
キロ程:白川口から0.5キロ(石山駅から維中前旧道回り27.3キロ 外畑回り24.8キロ)




「生長の家」は1930年(昭和5年)に谷口雅春により創設された宗教団体です。
その「別格本山」が宇治におかれており、その最寄りバス停だったのが、その名もずばり「生長の家」バス停です。
「生長の家」の教化部は全国各地にあるのに、この停留所がずばり「生長の家」であることも、「別格本山」があるからだと考えれば納得です。ただ、バス停の歴史は意外に浅く、今年の8月1日が開設40周年でした。
開設の日と廃止の日が同じとは何とも皮肉です。

↓1953(昭和28)年2月14日付朝日新聞京都版に、宇治に本山を作るという記事が載っていました。

S28.2.14AK 宇治に生長の家本山b

我ながらよくこんな記事を見つけられたものだな、と感心するやら呆れるやら。

因みに、今年2月14日付拙稿なつかしいバレンタインで同じ日の京都版の他の記事も取り上げておりますので、宜しければご覧下さい。

[生長の家【宇交石山線48】]の続きを読む
平等院前 びょうどういんまえ
所在地:宇治市宇治塔川
開設年月日:不明
廃止年月日:2005(平成17)年8月1日
付近:平等院(朝日山平等院) 宇治市立莵道(とどう)小学校 京都府立宇治公園 宇治市観光センター
キロ程:生長の家から0.4キロ(石山駅から維中前旧道回り27.7キロ、外畑回り25.2キロ)


2012(平成24)年10月20日付拙稿平等院前 【宇治川ライン線生誕35周年企画8】を以て本記事に読み替えますので、ご参照のほどお願い致します。

次は、県神社前です。

※お知らせ

シリーズの途中ですが、編集の都合で一時石山線の記事を中断し、次回10月1日から暫くなぎさ公園線を取り上げ、10月の下旬または11月に石山線の特集を再開します。勝手で申し訳ありませんが、ご了承のほどお願い申し上げます。
白川口 しらかわぐち
所在地:(宇治方面)宇治市白川打割 (宇治田原・石山方面)宇治市宇治山王
開設年月日:不明
廃止年月日:2005(平成15)年8月1日
付近:
キロ程:靖国寺より0.8キロ(石山駅から旧道維中前回り26.8キロ 外畑回り24.3キロ)




その名の通り、白川の集落の入口にある白川口バス停。バス停の前にある民家はほんのわずかですが、ここから山手に入っていくと、意外なほど住宅がたくさんあります。

宇治方面のバス停があったのは、「さわらび橋」という何とも優しい名前の橋のたもとだったようです。
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↓先ほど「バス停の前にある民家はほんのわずか」と書きましたが、写っているお宅はそのほんのわずかのうちの1つです。

[白川口【宇交石山線47】]の続きを読む
靖国寺 やすくにでら
所在地:宇治市宇治金井戸
開設年月日:不明
廃止年月日:2005(平成17)年8月1日
付近:曹洞宗鳳翔山靖國寺
キロ程:天ヶ瀬ダム/ガーデンズ天ヶ瀬から0.4キロ(石山駅から旧道維中前回り26.0キロ 外畑回り23.5キロ)


天ヶ瀬ダムからほどなく、靖国寺に着きます。



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[靖国寺【宇交石山線46】]の続きを読む
ガーデンズ天ヶ瀬(天ヶ瀬ダム) がーでんずあまがせ(あまがせだむ)
所在地:宇治市宇治金井戸
開設年月日:不明
廃止年月日:2005(平成17)年8月1日
付近:天ヶ瀬ダム 関西電力天ヶ瀬発電所 宇治市斎場 天ヶ瀬墓地公園 ガーデンズ天ヶ瀬(廃業)
キロ程:桜谷から1.7キロ(石山駅から旧道維中前回り25.6キロ 外畑回り23.1キロ)




「天ヶ瀬ダム」バス停としての内容は、2012(平成24)年9月23日付拙稿天ヶ瀬ダム 【宇治川ライン線生誕35周年企画7】に記載しており、内容が重なる部分がありますが、併せてご覧下さい。

1997(平成9)年7月26日の「ガーデンズ天ヶ瀬」開業と、これに伴う大規模なダイヤ改正で、このバス停は「ガーデンズ天ヶ瀬」と名を改めました。その後2002年に廃業になるまでこのバス停名が続いたのか、そのあたりの詳細はよく分かりません。

吉田金彦は『京都の地名を歩く』で、「天ケ瀬」の地名のもとになったことばは「アマカシ」だとしています。

最近はあまり使わないことばですが、「米を研ぐ」というのを「米を浙(か)す」とも言って、地名で「カス」「カセ」「カシ」などの音が出てくるときは、たいてい水が岩を洗うような流れの急な場所、ということのようです。そういえば大石の辺りの瀬田川も古くは「米カシ」と言っています。江戸時代の絵図では、今の宵待橋付近にも「米カシ」という記載があるそうです。天ケ瀬ダムの辺りは「甘樫浜」と書かれていて、それが「天ケ瀬」のもとではなかろうか、ということです(P156-157)

↓こちらがバス停跡。向かって左のガードレールが途切れている辺りが、宵待橋、石山方面、手前が宇治方面です。

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↓宇治方面のバス停跡全景。
[ガーデンズ天ヶ瀬 【宇交石山線45】]の続きを読む