青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
前回に続き、菩提寺です。

京都、大阪方面の乗り場が先になりましたので、今回は名古屋方面の乗り場↓

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↓滋賀交通の「ハイウェイサイドタウン」バス停の案内があります。
[菩提寺【八日市特急線補遺2-2】]の続きを読む
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菩提寺 ぼだいじ
所在地:湖南市(旧甲賀郡甲西町)菩提寺
開設年月日:不明
廃止年月日:不明
付近:名神高速道路菩提寺PA ハイウェイサイドタウン自治会館 フレンドマート菩提寺店
キロ程:不明


1973(昭和48)年現在の路線図には記載がなく、1976(昭和51)年の路線図には記載があることから、この間に設置されたのか、それともミスなのかは不明です。

なお、1966(昭和41)年3月1日付『広報 こうせい』には、

「将来名神高速道路にバスストップでも出来るようになれば、その距離(引用者注 京都方面への距離)も一段と短縮されることになるわけで(略)」


とあることから、この時点ではまだバス停は存在しなかったということでしょう。パーキングエリア自体は、開通当初から存在しました。



地名は、この地にある「少菩提寺」に由来するとのことですが、残念ながら戦国時代に織田信長軍と佐々木六角軍の戦乱により焼かれてしまい、その後再興することはなかったそうです。現在の栗東市金勝(こんぜ)にある金勝寺(こんしょうじ)を大菩提寺と呼ぶのに対して、「少菩提寺」なのだそうです。「少」は「小」の間違いでなく、本当にこのように書いたようです。

↓今も麓の菩提寺の旧集落にはこの少菩提寺跡の石仏や石塔が見られます。

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↓地蔵菩薩三体。中央と、脇侍2体とは時代が違うのではなかろうか、ということです。

[菩提寺【八日市特急線補遺2-1】]の続きを読む
妙法寺東口 みょうほうじひがしぐち
所在地:東近江市妙法寺町
開設年月日:不明
廃止年月日:不明
付近:八日市ロイヤルホテル 光林寺 妙法寺会館




もともと「妙法寺」という寺があったために、地名も「妙法寺」となったようですが、現在その寺は「光林寺」となっているということです(『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』P679)。光林寺はバス停の北にあるようです。

↓現在も、近江鉄道バス御園神崎線が1つ手前の奥山からわざわざこの旧道に入って、停車しています。
[妙法寺東口【八日市特急線補遺1】]の続きを読む
今からちょうど50年前、1964(昭和39)年10月8日「八日市特急線」(名神高速道路経由の京都八日市線)が開通します。これについては、既に特集しましたが、その後、1973(昭和48)年の路線図には記載のない、「妙法寺東口」「菩提寺」について、1976(昭和51)年の路線図には記載があることが判明しましたので、50周年のこの機に補足します。

更に、1964(昭和39)年1月現在の路線図において、八日市特急線開通以前の、国道8号線経由の京都八日市線についても、新たに「小篠原」に停車していることが分かりましたので、これも補足致します。

編集の都合上、小篠原から取り上げます。

小篠原 こしのはら
所在地:野洲市小篠原
開設年月日:不明
廃止年月日:不明
付近:野洲市立野洲中学校 野洲市営小篠原団地 稲荷神社 小篠原公園
キロ程:東草津から8.7キロ、大篠原まで3.1キロ




新たに発見した1964(昭和39)年1月6日現在の路線図で、停車していたことが判明したため、追記致します。

その路線図上のキロ程から計算して、ほぼ現在の近江鉄道バスの『野洲中学校前』バス停がこれに相当するものと考えられましたので、現地に行きました。

「小篠原」という恐らく国道8号線では比較的有名な交差点↓がすぐそばで、「大篠原」に対して、「小篠原」というバス停がありそうなのにありません。

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滋賀県立図書館所蔵の住宅地図を全て確認しても、バス停そのものの記載がないか、あっても「野洲中学校前」ばかりで「小篠原」というバス停は、どうしても見つかりません。
中学校が、町の中心から考えればかなり山手の方なので、生徒の増加で移転してきて、バス停名が変わったのだろうかと思ったのですが、1948(昭和23)年というかなり古い時期に既に現在地にあったので、バス停名が変わったのだとしても、住宅地図では確認ができない、1970年代以前のことなのだろうと思います。

因みに、中学校は国道の山手にあります↓
[小篠原【京都八日市線補遺】]の続きを読む
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名神大津 めいしんおおつ
所在地:大津市朝日ヶ丘二丁目
開設年月日:?
廃止年月日:(京都八日市線として)1984(昭和59)年10月24日 
   (大津市内総合線としては不明 90年代後半?)
付近:名神高速道路大津インターチェンジ 大津サービスエリア 滋賀短期大学 滋賀短期大学附属高校 大津市立打出中学校




琵琶湖の眺めがよいと絶賛され、1963(昭和38)年の開通当時も観光客が後を絶たなかったと言われる大津サービスエリアにあるのが、今回取り上げる「名神大津」バス停です。
今は、ウィキペディアでも「大津インターチェンジ」の項を見ると、「大津サービスエリアを併設している」と書かれていますが、実は逆で、「大津サービスエリアに併設されている大津インターチェンジ」というのが正確です。

[名神大津 【八日市特急線12】]の続きを読む
瀬田 せた
所在地:大津市神領三丁目
開設年月日:?
廃止年月日:
付近:名神高速道路瀬田西インターチェンジ 滋賀県立瀬田工業高等学校 滋賀県立瀬田高等学校(定時制工業科) 建部大社 新緑苑団地 瀬田南市民センター(大津市役所瀬田南支所・大津市立瀬田南公民館)




名神瀬田西インターチェンジに併設されているような形のバス停ですが、実際には、瀬田西インターチェンジの方がバス停よりずっと後(1980(昭和55)年1月8日)開設です。

『名神高速道路建設誌(各論)』(名神高速道路建設誌編さん委員会編 1967)に、

瀬田バスストップは、ドルシュ勧告によって、将来インターチェンジにできるよう、(中略)計画がなされ、その一部としてバスストップが作られたが、全体の用地も同時に取得されている。(P278)



という実に興味深い記述があります。

「ドルシュ勧告」というのが「シャウプ勧告」(GHQの要請で1949(昭和24)年とその翌年の2回に渡って発表されたカール・シャウプらによる日本の税制に関する報告書で、戦後の日本の税制に大きな影響を与えた)みたいなものかと思って調べましたが、特に有名な用語ということではないようでした。ただ、ドイツのアウトバーン建設に大きな役割を果たしたらしい、ヘクサル・ドルシュ博士という人物が日本道路公団の世界銀行からの借款に関係して来日しているので、このドルシュ博士の意見があったのだろうと思われます。

関西で車を運転するひとはよくご存知の通り、瀬田東インターチェンジとワンセットのハーフインターチェンジで、京都・大阪方面しか出入りできません。因みに、瀬田東は更に新しい(1988(昭和63)年8月29日)のが意外でした。

インターチェンジの事務所と、新幹線の間に細い通路がありますが、下の写真のように、閉じられております。

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左手の道路を撮ってみましたが、公団の事業用の道路のようで、これも閉鎖されていました。

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入口にはこんな看板も…↓

[瀬田 【八日市特急線11】]の続きを読む
草津 くさつ
所在地:草津市岡本町
開設年月日:?
廃止(休止)年月日:1984(昭和59)年10月24日
付近:草津市立志津小学校 草津市立志津幼稚園 小槻神社 若宮神社




草津駅から上桐生(かみきりゅう)行きの帝産バスで15分ほど、郊外の山手の方に名神草津バス停跡があります。

↓最寄りの「志津小前」のバス停と校舎。学校のすぐそばでこれだけ大きなため池は危ないですね。近隣住民、PTA、学校の教職員も安全に相当気を使っていることでしょう。

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↓古い地図を見ていると、かつてはここで「草津バスストップ」という名神草津に隣接するバス停に分岐する支線があったようなのですが、今はもちろんありません。
[草津 【八日市特急線10】]の続きを読む
栗東 りっとう
所在地:栗東市小野
開設年月日:?
廃止(休止)年月日:1984(昭和59)年10月24日
付近:名神高速道路栗東インターチェンジ 滋賀県高速道路交通機動隊 栗東バスターミナル 栗東郵便局 滋賀県立栗東高等学校 栗東市立図書館 栗東歴史民俗博物館 なごやかセンター 栗東市保健センター 治田東児童館




栗東。1954(昭和29)年に周辺4村が集まって町制を敷く時に、「太(くりた)郡の」ということで名付けられた新しい地名です。

1963(昭和38)年7月16日、日本初の高速道路として開通した名神高速道路の起点として大きなインパクトを与え、恐らくそれまでは無名の小さな町だったのが一躍有名になり、今も関西人や長距離トラックドライバーには広く知られる道路交通の一大拠点です。
競馬ファンにとっても「栗東トレーニングセンター」は「聖地」の1つで、栗東の名を知らぬ者はまずいないことでしょう。

『角川地名大辞典 25滋賀県』によると、1970(昭和45)年にトレーニングセンターができた時は、一気に3,500人の人口が増えたそうです。

『名神高速道路建設誌(各論)』(名神高速道路建設誌編さん委員会 1967)によると、栗東について、「おもな後背都市はなく」とあるように、発展していたからインターチェンジができたのではありません。同書によると、「国道1号および8号を通じ、その沿線地域にサービスするために設けられたものである」(P278)とのことで、逆にインターチェンジができた結果として発展したのだということが分かります。

↓バス停跡。料金所を出たところにあります。一旦外に出なければならないので、料金は都度精算していたのか、路線バスは特例があったのでしょうか?また、反対方面のバス停が見当たらないというのも不思議でした。

[栗東 【八日市特急線9】]の続きを読む
※設定を誤って、「竜王」を先にUPしてしまいましたが、八日市から見ると今回の「蒲生」が先になります。申し訳ありませんでした。

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蒲生 がもう
所在地:東近江市稲垂(いなたり)町 (2006年1月1日まで旧蒲生郡蒲生町稲垂)
開設年月日:?
廃止(休止)年月日:1984(昭和59)年10月24日
付近:あかね古墳公園 積水樹脂滋賀流通センター 名神電機滋賀工場 願成寺




「蒲生」というと、結構大阪の長堀鶴見緑地線の「蒲生」がイメージされるかと思いますが、滋賀県で「蒲生」と言えば旧蒲生郡蒲生町です。

名神高速と町道がクロスするところには、「あかね古墳公園」↓

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付近に民家はあまりありません。
[蒲生 【八日市特急線7】]の続きを読む
竜王 りゅうおう
所在地:蒲生郡竜王町山之上
開設年月日:?
廃止(休止)年月日:1984(昭和59)年10月24日
付近:




竜王…滋賀県に住んでいればもちろん、京都、大阪方面の方でも、よく車を運転する方なら道路交通情報などで耳にする地名だと思いますが、私は生まれて初めてまともに竜王町に足を踏み入れました。

もともと鏡山村と苗村という2つの村があったのですが、1955(昭和30)年の合併の時、両方の村に共通する「竜王山」から、「竜王町」と名付けられたそうです。共通するシンボルのようなものがあったりすると、無理な合成地名にしたりせず、すんなりと名前が決まるのでしょう。

竜王インターチェンジとは全く別の位置にあるバス停です。竜王インターチェンジは1981(昭和56)年設置と比較的新しいインターチェンジですが、バス停は名神高速道路開通当初からあるようです。
しかし、周囲は民家もほとんどない田んぼの真ん中です。だいたい高速バスのバス停はこういうところが多いですね。用地の買収に手間がかからず、都市間を短絡できるようにしようとすると、どうしても辺鄙な場所を通るため、バス停もこんな場所に設置するしかないのでしょうね。

↓周囲の風景

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[竜王 【八日市特急線8】]の続きを読む