青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
更新が遅くなり申し訳ないです。
前にも書きましたが、ちゃんと書こうとするといろいろ調べることや当たっておきたい文献も出たりして、なかなか思うに任せません。考えすぎかもしれませんが、自転車操業もきついですし、ある程度納得のいく記事にしたいので、少し休ませて頂きます。
8月10日をめどに再開予定です。

その節はまた宜しくお願い致します。
コメントやメールは都度お受けしております。
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書きためていた「連載」を小出しにするのが終わって、最近記事を書くのが「自転車操業」になりつつあり、ネタが切れないかハラハラしたり、でもまとまったものを書こうとすると結構それなりに下調べが要ったりで、なかなか悩ましいのですが、無理がない程度に暫く細く長くいこうと思いますので、宜しくお願いします。

東レの専用線について書いたのが、驚いたことにもう6年以上も前なんですね!
完全撤去間近?東レ滋賀事業場専用線

「この線路はいつ使うのだろう?」と思うようなめったに使われないレールが昔から好きなのですが、この専用線は私の中では極めつけの聖地でした。

2週間くらい前でしょうか、橋上駅化目前だった膳所駅の南側に2本残されている貨物線に、チキ…いわゆる長物車が止まっていました。

ああ、珍しいなと思いながら、通勤の時間帯で急いでいたので写真も撮れずじまいでした。

ふと「錆びたレール」への関心が再び呼び覚まされ、正に自分の中の錆びたレールに再び列車が走り出したような感覚で、YouTubeをいろいろ検索したら、何と時期はもっと前のようですが、膳所駅のチキの入れ替え作業を撮影されている方がいました↓



いいですね…。今は車籍がない保守機械が止まっています。
ちゃんと使われている、ちゃんと通ることができる線路なのだと分かると一応私の中で納得なんです。

分かってもらえないでしょうね…。この感覚。でも『ブラタモリ』でタモリが車体そのものより実は線路が好きな「線路マニア」を自称していたので、そういうひとには何となく分かってもらえるかもしれない、と思うのです。

↓石山駅のスイッチャーも出てきました。
[錆びた線路]の続きを読む
最近、外畑にちょっとした変化が起きているのを見つけましたので、取り上げたいと思います。

↓ご覧下さい。舗装がきれいになっていて見違えるようです。

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因みに2013(平成25)年11月7日付拙稿外畑/大平【石山外畑線23】にUPした写真はこんな感じでした↓
[外畑 小変化]の続きを読む

所要あつて、久しぶりに岩南線バスに乗つた。これは戦時中から戦争直後のころにかけて、とてもひどいがたがたバスだつた。そのころは、どこのバスもくたくたになつて、特にここのはお話にならないほどひどかつた。一コースの間でも、タイヤを修繕するとエンジンがとまり、エンジンをなほすとまたとまるといつた工合である。窓硝子も大抵欠け落ちて、セロハン紙や板ぎれで窓を塞いでゐた。(井伏鱒二「乗合自動車」1952)



早速「岩南線」を検索してみたというそこのあなた!残念でした(>_<)私もやってみましたが、この小説に関係しそうなことは何も出てきません。作者 井伏鱒二が広島出身であること、文中に「せきしゆうかいどう」と刻んだ石の道標が登場すること、「岩」という文字から、岩国付近を連想しましたが、かなりデフォルメされているようです。しかし、事実というよりは、60~70年前の現実と真実を、彼は淡々と、簡潔に描いています。

京津国道線の運転再開時に、滋賀県から貸与された2台のうちの1台も、やはり木炭車でした(「京阪バス五十年史」)が、この小説に出てくるバスも木炭車でした。エンジンの故障でバスが2時間ほども遅れてやってきて、来たと思ったら、エンジンがまた動かなくなってしまい、乗客みんなで後ろを押します。

[井伏鱒二「乗合自動車」]の続きを読む
滋賀県立図書館に、英語の絵本のコーナーがあるのでたまに見るのですが、日本の「はたらくのりもの」みたいなシリーズがないかとbus、 vehicleなど、思いつく単語を検索端末でキーワードに入れてもこれと言ったものがヒットしません。

しかし、書庫に"The wheels on the Bus"(1990)という本があるのが分かったので出してきてもらいました↓

The Wheels on the BusThe Wheels on the Bus
(1990/10/30)
Paul O. Zelinsky

商品詳細を見る


あとでWikipediaを見て分かったのですが、遅くとも1939年頃には既にアメリカに存在したと言われ、現在はイギリスに逆輸入されるなど他の英語圏諸国にも広がっている同名の童謡があり、それを基にした絵本のようです。

もともと仕掛け絵本なのですが、20数年の歳月を経て傷みがかなり目立ち、タイトルにもある肝心のrear wheel(後輪)が取れてしまっています↓

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アメリカでこの本の初版を見て育った子どもは30歳過ぎでしょうね。

だいだい標準的な歌詞というのがあるようですが、地域や時代による違いがある他、ある程度演奏者の自由に任されているようで、中には、ICカード対応の最新バージョンも!↓
[The Wheels on the Bus]の続きを読む
前回に続き、比叡山坂本駅です。

↓京阪坂本駅との間には、日吉大社の一の鳥居があり、バスもここを必ずくぐっていました。

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これは本当に最後の比叡山坂本駅行きだったはずです。

↓現在ここを通る定期一般路線は、ケーブル坂本線、日吉台線西教寺方面系統だけです。
[比叡山坂本駅【大津市内総合線 大津北地区以北他31-2】]の続きを読む
比叡山坂本駅 ひえいざんさかもとえき
所在地:大津市坂本三丁目
開設年月日:不明
廃止年月日:不明
付近:JR比叡山坂本駅 坂本石積みの郷公園 (現在ないもの)江若鉄道日吉駅
キロ程:京阪坂本駅から0.6キロ


終点、比叡山坂本駅に到着です。ここは、江若鉄道の日吉駅の跡地にほぼ相当します。ネットなどで見ることができる日吉駅の写真や動画を見ても、当時の俤(おもかげ)は遠く、本当に同じ場所なのかと首を傾げるほどです。



なお、本稿は大津市内総合線としての「叡山駅」及び「比叡山坂本駅」を前提に書かせて頂きます。「京都今津線」の支線の「江若日吉駅」としては別項をご覧下さい。

JR比叡山坂本駅は、まだ多くの方がご記憶されている通り、もともと「叡山駅」でした。1994(平成6)年9月3日、現在の「比叡山坂本」に改称されます。「叡山」では観光客にアピールできないという理由でした。「叡山」の方が引き締まっていて、幽邃(ゆうすい)な霊山を思い起こさせるにふさわしいと思われますが、改称から20年経って、すっかり定着してしまいました。

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[比叡山坂本駅【大津市内総合線 大津北地区以北他31-1】]の続きを読む
坂本ケーブル乗場 さかもとけーぶるのりば
所在地:大津市坂本四丁目
開設年月日:1970(昭和45)年から1976(昭和51)年の間
廃止年月日:2006(平成18)年7月1日
付近:延暦寺学園比叡山高等学校・比叡山幼稚園 比叡山鉄道ケーブル坂本駅 叡山学院・叡山学院寮 比叡山文化研究所 天台宗務庁(天台宗典編纂所) 比叡山高校山家寮 琵琶湖病院精神衛生研究所
キロ程:琵琶湖病院前から0.3キロ




ケーブル坂本駅の真ん前にある、「ケーブル坂本駅」バス停とは別にその入口に当たるところにこのバス停がありました。

↓ここも匿名希望様の写真がありました。

坂本ケーブル乗場

これは京阪坂本方面のバス停です。

↓できるだけ同じアングルになるように撮影しました。

[坂本ケーブル乗場【大津市内総合線 大津北地区以北28】]の続きを読む
日吉大社前 ひよしたいしゃまえ
所在地:(東行き)大津市坂本五丁目
    (西行き)大津市坂本四丁目
開設年月日:不明
廃止年月日:(京阪バスとして)2006(平成18)年7月1日
付近:日吉大社(山王総本宮日吉大社) 延暦寺学園比叡山中学校 旧竹林院
キロ程:坂本ケーブル乗場から


日吉大社前 【京都今津線 支線5-1】及び、日吉大社前 【京都今津線 支線5-2】を以て本記事に読み替えますので、ご参照願います。

次は、京阪坂本駅前です。
京阪坂本駅前 けいはんさかもとえきまえ
所在地:(東行き)大津市坂本六丁目
    (西行き)大津市坂本四丁目
開設年月日:不明
廃止年月日:2006(平成18)年7月1日
付近:京阪坂本駅 坂本市民センター(大津市役所坂本支所・大津市立坂本公民館) 大津市立坂本幼稚園 生源寺 金臺院 大津市立坂本小学校 大津坂本本町郵便局
キロ程:


京阪坂本駅前 【京都今津線 支線4‐1】及び、京阪坂本駅前 【京都今津線 支線4-2】を以て本記事に読み替えますのでご参照下さい。

次は、比叡山坂本駅(叡山駅) 終点【大津市内総合線】/江若日吉駅【京都今津線】です。

※本シリーズとしては、次回は比叡山坂本駅(叡山駅)に進みます。