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青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
本当は以前枚方営業所の第2回目で終わっているので、第3回目から始めるべきなのですが、枚方は在籍台数も多く、整理に時間がかかりそうなので、写真が少ない高槻支所を先に取り上げたいと思います。

T.F.様が撮影された写真の数こそ少ないですが、高槻は枚方高槻線という京阪バスの屋台骨ともいえる屈指のドル箱路線を抱える営業所です。バスロケーションシステムを何と1980(昭和55)年に導入するなど、先駆的な取り組みを行ってきた営業所でもあります。詳しくは2011(平成23)年3月28日付拙稿1980(昭和55)年3月28日 枚方高槻線バス接近表示システム導入をご覧下さい。

多少の派生系統はあるものの、ほとんど枚方高槻線と枚方茨木線だけの往復で(だから逆に新しいことを試験的に導入したりするのに適していたのかもしれません)、運転手さん飽きてしまわないのかな?と余計な心配をしてしまったりしますw ただ、最近は寝屋川茨木線などにも進出しています。

↓大阪2あ482 旧社番2370 1967(昭和42)年式MR470

大阪2あ482

阪急茨木市駅西口ロータリーのバス乗場から、今まさに出発したところの様子と思われます。
このロータリーと背後に写っている「茨木ショップタウン」(阪急茨木駅前センター)などの建物は大阪万博の当時に開発され、ほとんど雰囲気が変わっていないため、茨木近辺の方なら、すぐに分かるだろうと思います。

因みにT.F.様が撮影されてから数年後の1980(昭和55)年3月25日、ここに写っている三和銀行茨木支店で、女性行員が8,000万円もの巨額の横領をした「三和銀行オンライン詐欺事件」が発生しました。その後、三菱東京UFJ銀行になってからもこの場所で営業が続けられたようですが、最近東口に移転したようです。

↓できるだけ同じアングルになるように、私も現在の様子を撮ってみました。

[京阪バス《高槻》現在完了進行形①]の続きを読む
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予告通り、今回はT.F.様撮影の懐かしい写真を取り上げたいと思います。

↓滋22か441 1975(昭和50)年式MR470 B-1314

滋22か441

場所がどこなのか、特定するのが難しくて困ったのですが、背後に写っている「山田整形外科」が、撮影から40年近く経った現在も堅田駅前に存在し、大津比叡山線沿線で他に同名の整形外科もないことから、これは堅田駅前ということでほぼ間違いないことが分かりました。

↓同じく1975(昭和50)年式三菱MR470 滋22か440 B-1313
[堅田駅【【大津比叡山線60周年記念特集28-2】]の続きを読む
24日に配信されたこの事故、横断歩道と近接、死角生む危険なバス停 横浜で女児死亡怖いですね…。未来ある小学生の命が失われ、本当に残念なことです。
横断歩道の真上に止まらざるを得ない、というようなバス停は、京阪バスでは知りませんが、パッと思い出したのは中千町でしょうか。南行は直されましたが、北行は交差点から何mどころか交差点にある、と言っていい位置です。

ただ、歩行者も本当に注意が必要だと思います。赤川、南郷一丁目、南郷二丁目、赤尾町……道路を横断するバス利用者が危ないなと思ったこと、一度や二度ではありません。今あげたバス停に共通するのは、信号がない横断歩道が最寄だということです。バスに乗る時も焦っていて周りが見えなくなったり、私も気を付けないと、と自戒するのですが、降りてから後はゆとりがあるはずなのに、どうしてこのタイミングでわざわざ渡るかな?ほんの数秒待てばきれいさっぱり付近に車がない状態になるというのに。車の運転免許を持っていなくて車からどう見えるか(見えないのか)理解できないのかな?と思うひとが本当に多いです。
アナウンスも繰り返されると景色になりますが、恐らく1980年代には既に始まっていて、京阪バスでは伝統となっている、「バスの発車する、直前直後の横断は危険ですからやめましょう」は飾りではありません。


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堅田駅 かたたえき
所在地:大津市真野一丁目
開設年月日:1974(昭和49)年7月20日?
廃止年月日:
付近:JR堅田駅 アルプラザ堅田店(旧平和堂堅田店) 京都中央信用金庫堅田支店 江若交通ビル 大津北警察署堅田駅前交番
キロ程:




駅名は「堅田」ですが、所在地は「真野」です。「真野」というと、もっと北の方のイメージなので、違和感があります。

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というより、京都今津線について調べているうちに分かってきたのですが、この堅田駅自体が、本来の堅田よりだいぶ北なのです。
[堅田駅【大津比叡山線60周年記念特集28-1】]の続きを読む
本堅田 ほんかたた
所在地:(北行)大津市本堅田五丁目
    (南行)大津市本堅田三丁目
    ※但し旧江若鉄道堅田駅前、及びその跡地をバスターミナルとして使用していた時は大津市本堅田五丁目
開設年月日:不明
廃止年月日:1974(昭和49)年7月20日?
改称年月日:1969(昭和44)年11月1日? 堅田駅→堅田
        1974(昭和49)年7月20日? 堅田→本堅田
付近:ザ・コジャック(スポーツクラブ コジャック) 堅田病院 日本キリスト教団堅田教会 大津市立堅田小学校・幼稚園 堅田市民センター(大津市役所堅田支所・大津市立堅田公民館)
 (以下現在ないもの)旧江若鉄道堅田駅 旧江若交通堅田営業所・堅田整備工場 国鉄(JR)堅田アパート 旧堅田警察署 旧大津市信用金庫(現 京都信用金庫)堅田支店
キロ程:




本稿は、大津比叡山線(比叡山縦走線)の「本堅田」として記事を書きますので、京都今津線としての「堅田」(江若堅田駅)バス停、ないし、本堅田のバスターミナルが存在した頃のことについては、「堅田」の記事をお読み下さい。

江若鉄道が1969(昭和44)年に廃止され、国鉄湖西線が1974(昭和49)年に開通してから後も、長い間、江若交通系のスポーツクラブ「コジャック」などがある位置に、バス乗り場や整備工場などが置かれていました。

コジャックが1987(昭和62)年に開業しているので、少なくともそれ以降の大津比叡山線は、国道161号線沿いの「本堅田」バス停に停車していたのでしょう。
逆に、京都今津線があったような時代は、現在コジャックなどの敷地になっているところがバスターミナルだったので、通りには免許が存在せず、営業中の定期一般路線バスが通ることはなかったようです。

↓現在の「本堅田」バス停 北行き
[本堅田【大津比叡山線60周年記念特集27】]の続きを読む
雄琴駅 おごとえき
所在地:大津市雄琴北一丁目(旧雄琴三丁目)
開設年月日:
廃止年月日:(京阪バスとして)
付近:おごと温泉駅(旧雄琴駅)
 



意外に様子が変わってしまったらしいのがここです。

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まだ大津比叡山線が走っていた1983(昭和58)年当時の住宅地図を見ると、開業から10年近く経っているというのに、駅以外周囲にほとんど何もありません。この点、南草津とは大きな違いです。本当に誰が利用していたのだろう、どんな感じだったのだろう?と心配になるくらい、何もありません。
「仰木の里」開発の前だから仕方ないのでしょう。

また、バスターミナルは既に一応あったのですが、今と違って、大津京駅と同じように南側が抜けていて、県道大津雄琴線と直接出入りできる構造になっていました。

↓つまり、今フェンスで囲まれている、この南側が抜けていたことになります。
[雄琴駅【大津比叡山線60周年記念特集25(新線2)】]の続きを読む
北雄琴【京都今津線52】をもって本記事に読み替えますのでご参照願います。

次は、本堅田【大津比叡山線】/山ノ下【京都今津線他】雄琴温泉【京都今津線】です。
※本シリーズとしては次回は本堅田に進みます。
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辻ヶ下 つじがした
所在地:(雄琴駅・堅田駅方面)大津市仰木三丁目 (比叡山頂・大津駅方面)大津市仰木二丁目
開設年月日:1974(昭和49)年7月20日?
廃止年月日:
付近:
キロ程:


大津比叡山線(比叡山縦走線)が雄琴回りで運行されるようになって以後、奥比叡ドライブウェイを出て最初に停車するバス停はここ、「辻ヶ下」でした。



辻ヶ下は江戸期から続いた村名で、明治7年に仰木荘(おおぎのしょう)4村がまとまって仰木村となりました(『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』P474)。現在は公的な住所ではないものの、この辺りを指す通称となっています。

[辻ヶ下【大津比叡山線60周年記念特集24(新線1)】]の続きを読む
下仰木から歩いていくと、卵の自動販売機↓

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仰木は棚田が有名ですが、仰木の里で菓子工房の経営にも携わっている有名な養鶏場があり、卵の生産も盛んです。

なおも歩くと東光寺というお寺の前に来ます。

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↓東光寺の前にあるこの地蔵尊は「首切り地蔵」と呼ばれているそうです。
[十王堂前【大津比叡山線60周年記念特集23(旧線4)】]の続きを読む
下仰木 しもおうぎ
所在地:大津市仰木六丁目
開設年月日:不明
廃止年月日:(京阪バスとして)1974(昭和49)年7月20日?
付近:下仰木自治会館 三寶寺 東光寺
キロ程:




江若バス仰木線の終点、「上仰木」に対してこちらは「下仰木」です。単にバス停名だけでなく、地元での呼称も上仰木と下仰木を対照させるのが普通のようです。

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この辺のバス停のポールは、ほとんど片側しかないですね。
京阪バスも片側だけに設置していたのか、京都今津線同様、江若と共用していたのでしょうか。仰木のどこかのお宅のアルバムには、きっと何枚かは、バス停が写り込んでいる写真があるだろうと思うのですが。

心はまるく、田んぼは四角に↓
[下仰木【大津比叡山線60周年記念特集22(旧線3)】]の続きを読む
平尾 ひらお
所在地:大津市仰木五丁目
開設年月日:
廃止年月日:(京阪バスとして)
付近:平尾自治会館 正法寺 仰木配水池 佐治の手石碑




平尾は、現行の正式な行政地名ではありませんが、上仰木、下仰木、辻ヶ下とともに、仰木荘(おうぎのしょう)四村とされる村のうちの1つです。江戸時代は、幕府領で大津代官の支配地だったと書かれていて(『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』P600)、やはり少なからず大津との結びつきはあったことが窺えます。

平尾は、この沿道でも屈指の味のあるバス停です。

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上仰木行きのポールはなく、堅田側で兼ねています。
ここから比叡山へ、或いは乗り換えがないからと浜大津や大津駅まで乗車するようなひとはまあいなかっただろうと思いますが、もしあったとしたら、反対側で待っておけば停まってくれたのでしょう。
[平尾 【大津比叡山線60周年記念特集21(旧線2)】]の続きを読む